第10話:それは、徐々に

安陪さんがうちに住み始めて、早三週間が過ぎた。彼女を含めた生活にもさすがに慣れてきた。安陪さんも今のところ封印とかなんとか、そんな話はせずに普通に過ごしている。


日曜日の今日、俺は少し遅めに起床した後顔を洗いリビングへ入る。


「あら木霊君、ずいぶん遅いのね」

「ああ、ちょっと夜更かししてしまった」

「あまり体によくありませんよ、祐介さん」

「気を付けるよ」


そう言いながらソファに座る。しかしなんだか昨日から体が妙にだるい。風邪でも引いたか?


「・・・顔色悪いが、体調でも悪いのか?」

「う~ん、昨日の夜くらいから。風邪かなぁ」

「あらぁ、それは大変ねぇ・・・・お酒飲めば治るかもよぉ」

「治るか!!」


さっちゃんに突っ込みつつもソファにぐったりとする。今日は部屋でおとなしくしていた方がいいかもしれない。


「祐介さん、これを飲んだら今日は部屋でゆっくり休んでくださいね」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」


玉藻から暖かいお茶をもらい、飲み終えて部屋へと戻ると、ベットに横になり目を瞑った。




私は自室へと戻っていく木霊君を見送った後、スウたちへ問いかけた。


「ねぇ、気づいてる?今、木霊君の生命力が・・・」

「・・・うむ、無論だ。加えて言えば、我らの妖力が増していることも、な」

「「・・・・・・」」


そう、以前私が危惧した通りの事態になりつつある、ということなのだ。彼女たちの妖力が増している。それはつまり、私が手を出す前に、他の陰陽師に彼女たちの存在を悟られてしまうということなのだ。もしそうなれば、事態はさらに大事になる。ただ疑問なのは。


「どうして彼の生命力が減衰しているの?あなた達が吸い上げているとでも?」

「そこは分からぬ。直接小僧から貰っている、という感覚は一度も感じたことがないからな」

「はい、原因がわからないまま、力だけがどんどん膨れ上がっていくんです」

「まあ元々は、今とは比較にならないほどの力を持ってたからぁ、制御できないなんてことは無いんだけどぉ」

「でしょうね、けど他の陰陽師に知られたら、黙っていないでしょう」


そこまで話すと、スウたちは暗い表情を浮かべる。彼女たちにとって、木霊君はもう家族そのもの。まだ来てそれほど経っていない私だけど、それくらいはすぐに分かった。だから彼女たちは、自分たちが封印されることよりも、彼を巻き込んでしまうことを何より恐れているはず。


「・・・一応、方法はなくも無いわ。一時的に妖力を抑えることはできる。ただ私の力では・・・」

「皆まで言うな、わかっている・・・・・玉藻、さっちゃん」

「ええ、そうですね」

「わかってるわよぉ」

「・・・?なによ」

「友理奈、一つ頼みがある」


そしてスウからそれを聞かされた私は驚愕する。


「・・・・・・・確かにできるけど。ほんとに、それでいいのね」

「うむ、もとより我らはあの日、存在事消えていてもおかしくなかった身だ。今更そうなったところで、ほんの少し寂しいだけだろう」

「・・・玉藻もさっちゃんも?」

「はい、スウと同じです。まあ、祐介さんに思いを伝えられないのは、心残りになるかもしれませんが。でも、祐介さんと一緒に暮らせるという形に、変わりありませんから」

「私もよぉ。少しの間だったけれどぉ、坊やにはたくさん楽しい思い出もらってるしぃ。心配ないわぁ」

「・・・・・・・そう、わかったわ。その時が来たら、迷わずやるわ」

「・・・すまんな、イヤな役をやらせることになる」

「今更よ、私も元々、そのつもりだったんだしね」


そう言って私たちは笑いあった。・・・ああそうか、私、なんだかんだで、ここを気に入りつつあるんだな。


「さて、それでは私は祐介さんの様子を見てきますね」

「・・・どさくさに紛れて襲うなよ?」

「お、襲いません!!っもう!」


プリプリと怒ってリビングを出ていく玉藻。その様子を見てスウとさっちゃんは笑っていたのだった。




目が覚めると、もう日が暮れ始めていた。起き上がってみると、今朝ほどのだるさはなくなっていた。この分なら明日は大丈夫そうか。


そう思って立ち上がり、一応着替えてからリビングへと向かう。


「おや、起きたか。もう体は平気か?」

「ああうん、ひとまず大丈夫みたいだ」

「それならよかったわぁ」

「祐介さん、今夕食の準備をしてますが、食べられそうですか?」

「うん、大丈夫、いただくよ」

「わかりました、もう少しだけお待ちください」

「ああ」


玉藻はそう言い残してキッチンで夕飯の支度をする。さっちゃんは相変わらずお酒を飲んでいる。というか玉藻に注意されなかったのか、珍しい。


「ってあれ、安陪さんは?」

「ああ、今は部屋に居るぞ。何か用なら尋ねたらどうだ」

「ああいや、ただ気になっただけだよ」


そういうと、スウさんは少し真剣な顔になり、俺にこう聞いてきた。


「小僧・・・もし、もしもの話だが。もし我らがここを出ていくことになったら、貴様はどうする」

「・・・・え、出ていくって、どういう」

「もしもの話だ。で、どうする」

「うーん、どうするっていわれても・・・・引き止めたいところだけど、皆が決めたことなら、仕方ないの・・・かなぁ」

「なんだ、はっきりせんな」

「んなこと急に言われてもね。けどまあそれでめっきり会えなくなるってわけじゃないんだろ?」

「・・・・まあ、そうさな」

「それならまあ、いいんじゃないかなって思う。ちょっと寂しいけどね」


そう答えると、スウさんは「そうか」とだけいって、この話は終わりと言わんばかりに立ち上がる。


「さて、では食後のデザートでも選んでおこうかの」

「って、今の質問何だったんだよ」

「何でもないわ、気にするな」

「ええ~~・・・」


よくわからないが、いつものスウさんの気まぐれなのだろうと、この時の俺は思っていた。



けど心のどこかでは、感じてたんだ。



この生活はきっと、いつか近いうちに、終わりを告げるのだと。





自室にて、私はあることを準備していた。スウたちに頼まれたことを実行するための、ある術式を使用するために。


「・・・・・よし、これで完成ね。あとはいつでもできるようにだけしておいてっと」


準備を終えて、ふぅ・・・と息を吐く。


「しかし、おかしな話よね。封印しに来たはずの私が、こんなに心を締め付けられるなんて」


出来れば私もやりたくはない。けれど先ほど話した通り、他の陰陽師に知れ渡れば、それこそみんなが無事じゃすまない。ならやはり、私がやるほかないのだ。


「・・・木霊君には、やっぱり嫌われちゃうかもね」


自嘲気味にそう言うと、なんだか悲しくなってきた・・・・・・って、別に私が彼を好きとか、そういうんじゃないんだから!


「・・・・・・・って、誰に言ってるのよ、私」


もう一度息を吐いて、私はいい匂いが漂うリビングへと向かうのだった。

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