第5話:謎解明、赤い石と仏像と妖怪三人
三人の妖怪がうちに住むことになり、1ヵ月が経とうとしていた。
「もう1ヵ月経つのか・・・なんかあっという間だな」
「何があっという間なのぉ?」
俺が何ともなしに呟くと、さっちゃんが聞いてきた。
「ん、ああ。三人がうちに来て、もう1ヵ月経つんだなって」
「あぁ、そういうことぉ。確かに速いわねぇ」
「なんだ二人して黄昏おって。ほれ、取り込んだ洗濯物をさっさと畳め」
「はいはい、わかってるよ」
そんな話をしながら洗濯物を畳んでいると、ふとずっと聞きたかったことがあるのを思い出した。
「なあ、ちょっといくつか聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「む?なんだ?」
「今まで色々あって聞きそびれてたんだけど、みんなが封印されていた石の事とか、仏像の事とか、そもそもなんで封印されることになったのか。このあたりかな」
「・・・・・ああ、確かに、説明したことはなかったな」
少し暗い顔をしたスウさんとさっちゃん。もしかして聞いたら不味いことなんだろうか。
「あ~、いや、やっぱ話したくないことなら・・・」
「いや、そうではない。・・・そうさな、さっちゃん、玉藻を呼んできてくれ」
「はぁい」
返事をしたさっちゃんが立ち上がり、玉藻のもとへと向かう。
「・・・いいのか?」
「うむ、いずれ貴様にも関係してくるかもしれないからな。むしろしっかり聞いておけ」
「わかったよ」
やがて玉藻とさっちゃんがやってきて、スウさんは少し姿勢を正し、話し始める。
「さて、まずは小僧、貴様陰陽師を知っておるか」
「陰陽師?それって妖怪とかを退治していくような?」
「その認識で大体あっている。今の時代はどうかは知らぬが、昔、陰陽師は多く存在していた。小僧の言ったように、妖怪やそれ以外の物も含め、自分たちが悪と認識した存在を封印、あるいは退治していた。我らはやつらに目を付けられ、敢え無く封印された、ということだ」
「・・・目を付けられたって、なにしたの?」
聞くと、まず玉藻が口を開く。
「私はとあるお偉いさまの側女だと勘違いされてしまいまして。しかもさらに運の悪いことに、そのお偉いさまが病に掛かりまして、それが私のせいだと罪を押し付けられて、封印されることになりました」
おおよそ以前調べたときの伝承通りなのだが、決定的に違うのは・・・。
「それ、玉藻はやってないんだよな、側女っていうのも伝承とは違うみたいだが」
「はい、側女でもなければ、病に掛かる呪いなんかもかけていません。そもそも呪いなんて持ってませんが」
苦笑いしながら玉藻が言った。けどそうだとしたら、玉藻を犯人にしてしまった人たちに怒りが湧いてくる。玉藻はこんなに優しい人なのに、どうして・・・と。
そんな俺の心情を悟ったのか、玉藻は優しい顔をして言った。
「祐介さん、ありがとうございます。私のために怒ってくれて」
「え、あ、いや。・・・玉藻は、悔しくないのか」
「・・・無いと言えば嘘になりますが、今はもう気にしていません。だって、今はこうして、幸せに暮らせていますから」
「・・・・・そっか。ならまあ、よかったのかな」
「はい」
当の本人がこう言ってくれるなら、俺が怒りを抱き続けるのは違うよな、と思い、気持ちを切り替えることにした。
「じゃぁ次はウチねぇ。ウチはまぁ、町を半壊させたからかしらぁ」
「・・・・・・・・それって前に言ってたお酒の件?」
「いえ、それではないわねぇ。うーん、私のこれはぁ、スウの理由を聞いてからの方が良かったかしらぁ」
「ふむ、そうだな」
「・・・?」
よくわからない俺を他所に、今度はスウさんが話し始めた。
「我はある日、悪を裁くはずの陰陽師が、実は彼らこそが最も悪いことを企んでいるのではないかと気づき、それを調べていたのだ」
「陰陽師が?」
「うむ・・・当時、子供が次々と行方不明になっていくという事件が起こっていてな。我はさっちゃんを連れてその事件の影にいる、子供を連れ去った何者かを追っていた。その途中で、正体が陰陽師であることに気づいたのだ」
「どうして、陰陽師が子供を」
「そのものを捕らえ尋問したところ、どうやらとある儀式の生贄として利用していたらしい」
「・・・・・っ」
「儀式のことはどうでもよかったが、さすがに子供を勝手に連れ去り、贄として利用するなど許すはずもなく、我らは陰陽師の本拠地へと向かった。そしてやつらをなぎ倒していったのだが、最後の一人が悪あがきをしおってな。そこにいた子供を、贄として目の前で殺したのだ。儀式は結局失敗に終わったのだが、それを見たさっちゃんがキレてな。力を盛大に使い、町をまた半壊させたのだ」
「そういうことよぉ」
「・・・・・・」
そこまで聞いて、俺はようやく理解した。少なくともただの人間の俺にとって、話がとんでもなくデカくなっていることに。・・・・ほんとに聞いて大丈夫なの?
「えっと、それで他の陰陽師に目を付けられて?」
「うむ、我とさっちゃんが捕らえられ、そこに先ほど言った理由で捕まった玉藻も合流し、ともに封印された・・・というわけだ」
「な、なるほど」
なんとか理解はできた。俺にとってはやはり壮大な話だが。
「そっちの理由についてはわかったよ。じゃあ次だけど、あの仏像と赤い石は?今の話を聞く限り、その陰陽師の持ってたものかな」
「はい、まず仏像の方は陰陽師が作り上げたものだそうです。なんでもあれには術式が掛かっていて、そのせいで今まで誰にも見つからなかったんです」
「へぇ・・・・ん?待ってくれ、じゃああの仏像はずっと昔からあそこにあったってことか?」
「ええ、そうなりますね」
「まじか」
「まじよぉ」
「そして赤い石の方ですが、こちらはとある霊山の頂上にあった石だそうです。それなら妖怪を封印することも可能なのだとか」
「そんなものがあるんだな」
「もっとも、陰陽師含め、今の時代に存在するかは分らぬがな」
ここまで聞いて、少し頭の中を整理する。そうすると次の疑問が浮かび上がってくる。
「・・・俺に突然見えるようになったのは何でだ?」
「それはあの日、我らがわずかに使える力を使い、ほんの数分だけ姿を見せたからだ。といっても、それでも普通の人間には見えないはずだが」
「俺は?」
「普通の人間ではないのだろう」
「俺まで人外扱い・・・・」
何気にショックを受けてしまった。
「貴様の苗字はなんだ?」
「え、今更?・・・木霊だけど」
「それだ。木霊とは樹木に宿る精霊の事。貴様自身が精霊ということではないが、その名が精霊の木霊に由来することから、おそらく微弱だが貴様の体に霊力を宿しているのだろう」
「まじか」
「そして、我らの力が貴様にのみ反応し、見えるようになった、ということだ」
なんか今日だけで色々驚きの事実が発覚したな。けどどうして俺が来たタイミングで力を使ったのだろう。わずかにというくらいなのだから、かなり貴重だったはずだが。
「それは、すでに答えは言ってあるはずだぞ、小僧」
「俺の心の中読まないでくれる?・・・というか答えっていつだよ」
「ほらぁ、ウチらがここに来たばかりの時よぉ」
「そんな前に?・・・う~ん」
必死に思い返してみる。答えと言われても、それらしいことを言っていただろうか。
しばらく考えていると、ふと引っかかる言葉を思い出した。確かここだ。
『さて、小僧の質問じゃが、まず我らがなぜここにおるかじゃが、小僧貴様、仏像のそばにあった赤い石に触れただろう』
『・・・っ!? な、なんでそれを。見てたのか』
『見ておらん。・・・いや見ていたとも言えなくもないが。要するに、我らはあの赤い石の中に居ったのだ。それも長い年月な』
・・・・・・まさか。
「ずっと見ていたのか、俺の事。石の中にいる時から、ずっと」
「そういうことだ」
それはつまり。例えば去年。
「・・・俺が鼻歌歌って帰ってたところも」
「見ていたな」
例えば中学のころ。
「・・・俺が痛々しい中二病を患っていた時も」
「見てたわよぉ」
例えば小学生のころ。
「・・・俺が、自分でもわかるくらい、寂しい顔をしながら帰ってた時も」
「・・・はい、見ていました」
そっか、ずっと、見ていたんだ。まあ、たまたまその道を通りかかっていたからといのもあるんだろうが。
・・・・・・・・・・・・・・めちゃくちゃ恥ずかしい!!!!恥ずかしすぎてこの場で死にてぇ!!!!
俺が思わず顔を手で覆っていると、玉藻がまじめな様子で言った。
「祐介さんのことは、ずっと見ていました。小さいころからずっと。・・・毎日、寂しそうな顔をなされていました。どこかつまらなそうな顔をされていました。なのに私は、何かをできるわけでもなく、ただずっと見ていました。だから嬉しいんです。今こうして、直接お会いできることが、お世話をできることが」
「・・・玉藻」
「だから、これからもお世話をさせてください。それが今の私の望みなんです」
優しい声と表情で、彼女は俺にそう言ってくれた。・・・ああ、やっぱり今の俺は幸せ者なんだな。こんなに思ってくれる人がいるんだから。
「わかった、よろしく頼むよ、玉藻。さっちゃんに、スウさんも」
「はい!」
「えぇ」
「うむ」
この日俺たちはより一層仲が深まった気がした。
「・・・ところで、石から解放されたときに、俺の持つ情報が断片的に流れてきたって言ってたけど、もしかしてあれって」
「ああ、すまんな。あれは嘘だ、ほんとは石の中にいるときに、通りがかった人の話を聞いていたのだ」
「だから知識が偏ったり、断片的だったりしてたわけね」
納得がいった。ひとまずこれで疑問に思っていたことは全て解消したことになる。・・・なにか忘れてる気がしないでもないが、ひとまずはいいだろう。
そう思ったところで、ぐぅぅぅぅぅ~っとお腹が鳴り、空いていることを知らせた。
「ふふっ、そろそろ夕飯にしましょうか」
「そうだな、腹減ったよ」
「そういえば我も空いたな」
「お酒~」
「だから食後にしてください!」
「そういえば小僧、4年ほど前に面白いことを言っておったな」
「4年前?何のことだ」
「『我は邪神龍、この世界を滅ぼすものなり』・・・とかなんとか」
「―――――――――――」
「くくっ、あれは笑いを堪えるのに必死だったのだぞ?」
「忘れろ」
「くははっ、それは無理な相談だ。このねたでずっとからかってやると決めているのでな!」
「・・・・俺もこの家出てやる~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
「ああ! 待ってください祐介さ~ん!!」
「は~~~な~~~せ~~~!!!」
家を飛び出そうとする俺を、必死にしがみついて止める玉藻。それをお酒をちゃっかり飲みながら笑ってみているさっちゃん。さらにからかおうとするスウさん。
今日もうちは平和であった。
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