金のバトルアクス、銀のバトルアクス

@jaywalk

第1話 剣の泉

 アルドがユニガンのセレナ海岸へ続く門を出て歩いていると異時層で森があった方を見つめるベネディトを見つけた。


「ん?ベネディトじゃないかこんなところで何してるんだ?」

「ああ、アルドか。実はこの森の奥の方から切りがいのある木がある気がしてきてな。しかし同時にただならぬ気配も感じて切りに行くべきか少々考えていたんだ。」

「切りがいのある木?」

「ああそうだ。俺はごくごく普通の木こりだが、だからこそ切りがいのある木というものが分かるのだ。」

「そ、そういうものなのか!?」

「うむ。そうだ、丁度いい。その木を切りに行くから少し手伝ってくれ。なに、妙な気配の正体が魔物だった時、一緒に戦ってくれればそれでいい。木を切るのは俺の仕事だからな!」

「まあ、そういうことなら手伝うよ。」

「話が早くて助かる。では行くぞ。」


 一目散に森に駆け込むベネディト。


「あ、おい待ってくれって。」


 ベネディトを追ってアルドも森に駆け込んでいった。


 二人は森の中をどんどん奥の方へと歩いていた。


「なあ、ベネディト。この森かなり複雑で迷路みたいだけど帰り道は分かっているのか?」

「案ずるな。帰り道は分からんが、迷ってしまった時の対処法は考えてある。」

「って、もう道が分からなくなったのか!?」

「だから迷った時の対処法は考えてあると言っただろう?もし帰り道を忘れてしまったなら全ての木を切り倒して視界を開き森を出る。どうだ、これでその点の心配はなくなっただろ?」

「いやそれは無理があるだろ!(帰り道は俺がしっかり覚えておこう…)」


 そうこうしている内に二人は少し開けた場所に出た。

 そこには澄んだ水を湛えているが何故か底の見えない小さな泉と、傍らに樹齢数百年はあろうかという巨木があった。


「これだ!この木に違いない!」


 ベネディトは木に近づき、手で軽く叩いて言った。


「へえ、これはまた随分と大きく立派な木だなぁ。」

 

 アルドもその大木の大きさに圧倒されていた。


「うむ。これはいい木だ!中もみっちり詰まっていてまっすぐ垂直に育っていってる。これだ、こういう木を切りたかったんだ。」


 ベネディトの歓喜ぶりとは裏腹にアルドは少し考えていた。


「なあ、ベネディト。この木を切ってしまっていいものなのか?」

「なぜだ?」

「ベネディトなら切るのはあっという間だろうけど、この木がここまで育つのにはすごい年月がかかっただろうし、それにこれほどの木を誰も切り倒してないところを見ると誰かが御神木かなにかとして大切にしてるんじゃないかなって。」


 アルドの話を聞いて少し考えるベネディトだったが、


「確かにそうかもしれん。しかし俺はきこりだ!ごくごく普通の木こりだ!木こりは木を切ることこそが使命なんだ。アルド、悪いが俺はこの木を切るぞ。」


 ベネディトは斧を取り出して構えた。

 しかしそれは普段戦闘で使うものと違っているのにアルドは気づいた。

 その斧はごくごく普通の木こりが木を切るのに使うような片刃の質素な斧ではなく、柄の長い巨大な両刃の斧で、刃には大きな戦う相手を威圧するような装飾があり、先端は刺股のように拘束しつつ相手を刺すことができる槍の穂先のような棘が付いていてどこからどうみてもバトルアクスのそれであった。


「ちょっと待てって…ん?その斧いつも戦いで使ってるのと違わなくないか?」

「そりゃそうだ、木こりの仕事用の斧だからな。でも木を切る時はいつもこれを使っていたと思うけどな。」

「そうだったかな?」

「まあ、なんでもいい。さて…。」


 そういうとベネディトは斧を大きく振りかぶった。


「あ!おい、もうちょっと考えてからでも…(あれ?そういえばベネディトは異様な気配がするって言ってたけど…)」

「よし、では切るぞ。へいへい…。」

「なあベネディト、そういえば異様な気配の話はどうした?」

「ん?それなら今は泉の方から…。」


 アルドに不意に別の話を振られたベネディトは思わず斧を持っていた方の手で泉を指さしてしまい、当然斧は手を離れそしてそのまま泉にどぼんと音を立て沈んでいった。


「あ。」


 二人は同時に言った。


「ごめんベネディト。俺が急に声をかけたせいだよな。今取ってくるから。」

「いや、俺の不注意が招いたことだし、それにあの斧は俺の斧だ。俺が拾おう。」


 二人がそういって泉に近づいたその時であった。

 泉が眩しく光り出したかと思うと、泉の中から大きなキノコの魔物が浮かび上がってきたのだった。


「ま、魔物!?」

「間違いない。こいつが気配の正体だ!」

「くそ!」


 アルドは剣を抜いた。


「しまった!斧は泉に…。」

「丸腰なんだ。ベネディトはさがっていてくれ。」

「すまん、アルド。」


 ベネディトはキノコの魔物から距離を取った。

 しかしその時、不思議な声が聴こえた。


「落ち着いてください。そしてどうか剣をお収めください。」


 突然聴こえてきた声に二人は驚いた。


「なんだ今の声は!?」

「まるで頭の中に直接語りかけてきたようだったぞ。」


 二人が驚いているとまた声が聴こえた。


「今、お二人の頭の中に私が直接語りかけています。今あなたたちの目の前にいるキノコの魔物の姿の者。それが私です。」


 アルドは驚きながらも構えを崩さず言った。


「ベネディト、まさかこの魔物が話しているのか!?」

「だろうな。なんとも不思議なこともあるものだな。」

「そんなに驚かないんだなベネディトは。」

「まあな。さっき異様な気配を感じると言ったが、あれは害をなそうとするもののではなく、ただ単に人とも魔物とも覚束ないまさしく異様な気配だったんだ。そして気配の正体がキノコで人語を話しかけてきたとしたらかえって納得できるというものだ。」

「でもさっき戦おうとしてなかったか?」

「…あれは見た目がキノコの魔物だから思わず反応しただけだ。」

「そ、そうだったのか…。それで結局敵意は無いってことでいいんだよな?」

「ああ、少なくとも俺にはそのキノコからは敵意めいたものは感じられん。」

「わかったよ。ベネディトを信じよう。」


 アルドは剣を収めた。


「それであんたは一体何者でどういった用が俺たちにあるんだ?」


 アルドはキノコの魔物に訊いた。


「そうですね。まず用があるのはそちらの斧使いの方の方ですが、それよりまずは私自身のことと、この泉についてお話いたしましょうか?」

「俺への用というのも気になるが、まずはそうしてくれ。」

「俺もまずはあんたのことを知りたい。色々理解が追い付かないからな…。」

「それではお話しさせていただきます。」


 そう前置きするとキノコの魔物は長々と語りだした。


「この泉は遥か昔よりこの地にあり続けました。そしてこの地は地理的に争いにおける重要拠点でもありました。ある時は泉を中心に陣が築かれ、人や魔獣、さまざまな種族の兵士や戦士たちが泉の水で喉を潤しました。またある時は戦の最前線となり、数多の血と泥に泉の水はどす黒く淀みました。戦が終わり生命の居ない焼け野原となった後は時の経過と共に再び泉は清らかになり、やがては人々が泉の周りに住まうようになりました。しかし、その平穏は長く続かず、すぐに泉を中心に栄えた村は戦火に焼かれ、また陣が敷かれ、最前線となり、焼け野原となり、儚く短い平和をもたらす。この泉は古よりそういった歴史を繰り返す人々の悲しみ、喜び、怒り、憎しみ、祈り、呪い、そういったものをただ静かに水底に堆積し続けてきたのです。そうしてある時突然きっかけがあったのか否かは分かりませんが私が誕生しました。そしてそれからこの泉はいかに血が流れ込もうと、泥が流れ込もうと一切汚れることも淀むことないまま、常に清らかに澄んだ水を静かに湛えるようになりました。そうしていつの日からかこの泉は人々から不思議がられ、その歴史から剣の泉と呼ばれるようになったのです。今では、そうですね、ミグランスの古い書物を漁れば少しくらいは情報が残ってるかもしれない程度の話ですが。」


 ふむふむとアルドはうなずいて言った。


「なるほど。ここは長らく戦争の歴史の中心にあったわけだな…。って結局、話の中だとあんたは突然現れた謎の存在だし、不思議な泉になった理由も正直よく分からないままだぞ!」


 キノコはふふふと笑った。


「あなたが分からないとは意外ですね。」

「どういうことだ?」

「だってあなたのその腰の大きな剣はまさに思いの集合体のようなものではありませんか?聴いているのでしょうそこの大剣さん?私に代わって説明してあげてくださいな。」

「そうか!オーガベインは…。」


 アルドがオーガベインに見るとオーガベインは小さく共振し言った。


「まったく愚かだなアルドよ。」

「そういうなよ。」

「剣に限らず武器というのは思いを蓄積するものだ。思いとは人格の欠片のようなもの。泉の底に堆積した武器たちに宿った思いの欠片の集合体。それがそこにいる者の正体であろう。まあ、ある意味我に近い存在だ。」

「なるほどな。だからお互いに何か通じるものがあるってことだな。(キノコである点は結局分からずじまいだけどこの際まあいいか…)」


 オーガベインがまた少し震えた。


「それにその泉の水底の血に錆びた武器たちから感じるこの感覚はお前も知っているものだぞ。」

「ん?どういうことだ?」

「次元の狭間にある大きな鏡、あれはここに沈んだ武器を材料に作られたものだろう。」

「あの鏡はここの武器たちでできていたのか!?」

「そういえば以前、東方より来た職人がユニガンの貴族向けにここの武器を溶かして鏡を作っていましたね。その者の作った鏡は何ものも映らなかったためひどい粗悪品を売りつけられたとして貴族の怒りを買い、どこかへ追放されたようですが…。」

「なるほど、世間は意外と狭いのかもなぁ。それで………そういえばあんたのことはなんて呼べばいいんだ?」

「私にまみえた人たちは、私のことを泉の精霊や剣の泉の精霊と呼んでいるようです。」

「そうか。なら泉の精霊。この泉の歴史とあんたのことは大体分かったけど、さっき言ってたベネディトに用ってなんなんだ?なあベネディト?」


 アルドが後ろを振り返ると木に凭れながら鼻提灯を出して寝ているベネディトが目に入った。


「っておい!ベネディト寝てる場合か!さっきから静かにしてると思ったらまったく…。」


 ベネディトはアルドの声で目を覚まし少し目をぱちくりさせた。


「ふぁ~、随分と長い話だったな。…そうだ!それで俺に用があるとか言ってたな。キノコよ、俺は泉に落とした斧を拾いたいんだ手短に頼むぞ。」

「キノコじゃなくて泉の精霊な。」

「泉の精霊?」

「まったく。話を聞かせてくれって言ってたのに寝ちゃうからだぞ。」


 そしてベネディトはしばし黙って泉の精霊を見ると言った。


「うむ、やっぱりどこからどう見てもキノコじゃないか。精霊だとかアルドもおかしなことを言うこともあるのだな。」

「…すまない泉の精霊。こちらはこちらで長くなりそうだから本題に入ってくれ。」

「いいのですよ、どうかお気になさらず。」

「一体なんだというんだ?」

「斧使いの方、ベネディトと申しましたね。あなたへの話とはあなたが泉に落とした斧のことについてです。」

「まさか拾ってきてくれるのか?それなら俺が直々に拾いに行くから心配は要らんぞ。」

「いえ、そうではありません。あなたへの用向きはいたってシンプルな剣の泉の精霊からの質問です。…さて、では問わせていただきましょう。」


 そして、泉の精霊は問うた。


「斧使いベネディトよ。あなたが落としたのはこちらの金のバトルアクスですか?それともそちらの銀のバトルアクスですか?」


 そういうと泉の中から金色に輝くバトルアクスと銀色に輝くバトルアクスが浮かび上がってきた。


「う、眩しい。」


 アルドは右腕で目への光を遮った。

 金と銀のバトルアクスはこれでもかというほどまばゆい光を放ち、泉の上を浮かんでいた。

 しかし、ベネディトは終始仏頂面で腕組みしていた。

 そして精霊の質問に不遜な態度で答えた。


「キノコよ、お前は俺を舐めているのか?俺が落としたのはどこにでもあるごくごく普通の斧だ!そんな宝飾品のような軟弱な斧などでは断じてないぞ!」

「ふふ、よく正直に答えてくれました。そんなあなたにはこの金と銀のアトルアクス、それにあなたの落としたこのバトルアクスも最高の切れ味にしてお返しいたしましょう。」


 泉の精霊がそういうと泉の中から新品のように研ぎ澄まされたベネディトの落とした斧が浮かび上がり、そして金銀のバトルアクスと共にベネディトの前にゆっくり置かれた。


「これが私、剣の泉の精霊の力で、務めです。泉に武器を落とした者に問いを投げかけてそれに正直に答えた者には高価な褒美と泉に落とした武器を顕現せしめて、嘘を吐いた者には罰として武器を没収する…。さて、皆さんを長らく引き留めてしまいましたね。私はまた泉にて眠りにつきましょう。」


 そして、泉の精霊の足元が光に包まれはじめた。


「…それとこれは一個人、というか一個精霊としてのお願いなのですが、そこの大木はどうか切らないでいただけますか?その木は神木でもないごくごく普通の木ですが…。ですがしかし、戦火が絶えず、あらゆる生命にとって不毛であったこの地がミグランスによって統治されてやっとそこまで成長できた木なのです。どうか見逃してあげてください。お願いしますね。それでは…。」


「ああ、色んな話が聞けて良かったよ。その木についても安心してくれ。さすがのベネディトももうその木を切るようなことはしないさ。だろ?ベネディト…。」


 アルドはベネディトの方を見た。

 しかし、ベネディトはただじっと3本の斧を見ていた。


「どうした?ベネディト。」


 ベネディトはアルドを問いを無視して突然大きな声を出した。


「これは違うぞ!!」


 アルドはベネディトの大声に驚き、泉の精霊も足元の光が消えて泉の中へ帰るのを中断していた。


「何だよベネディト。いきなり大きな声を出してびっくりしたじゃないか。それに違うって…一体何が違うんだ?」

「ああ、すまん。しかしなキノコに返してもらったこの斧な、俺のではないのだ!」


 この言葉には今まで落ち着き払っていた泉の精霊もやや感情的に反応しているようだった。


「そんなはずはありません。自分で言うのも何ですが、わたくし剣の泉の精霊は殊武器のことについては全知全能に匹敵する力を持っています。武器について嘘を吐かれれば完全確実に一切取り零すことなく見抜けますし、人を見れば相応しい武器が、武器を見れば相応しい人が分かります。そんな私が保証しましょう、それはあなたが落とした斧です。」


 しかしベネディトはなぜかひどく不思議だといった面持ちで反論した。


「何を言っている?お前が言ったのではないか。」

「?…。」

「覚えていないのか?お前はこの斧を『バトルアクス』と言って返しただろう?」

「ええ、そうですが…。」

「だからだ!」

「ええ…。」

「俺はごくごく普通の木こりだ。木こりが戦斧、つまりバトルアクスを使うはずがないだろう!きこりが使うのはごくごく普通の斧だ。キノコよ、いや剣の泉の精霊よ、俺はお前の言葉を信じているからこそこの斧が俺の斧ではないと断言できるのだ!…とても似ているとは思うが。」

「ええ…。(なんということでしょう。この者は本気で心の底から自分の斧ではないと言っていますね…。嘘を吐いて困らせてやろうとかする気持ちもないようですし。これは困りましたね、どうやったらこのバトルアクスを受け取ってもらえるでしょうか…。)」


 泉の精霊はしばらく考え込んだ後、さらにベネディトに訊いた。


「あなたは私の言葉を信じてその斧がバトルアクスで自分の斧ではないと言いましたね?」

「ああ。」

「なら私の言葉を信じてその斧があなたの斧であると思っていただくことはできないでしょうか?」

「それは難しいな。これがバトルアクスであるという事実と俺の斧であるという事実は決して相容れることはない。」

「…困ったさんめ。」

「ん?何か言ったか?」

「いえ、何も…。」


 泉の精霊は更に考え込んで言葉を紡いだ。


「あのぅ、でしたらごくごく普通の斧の代わりといった形とかで受け取っていただくこともできませんか?戦闘から木を切ること、何から何に至るまで同じように使えて遜色ない優れものですよ。」

「できん!俺にも木こりとしての矜持があるのだ。ごくごく普通の斧を使うところをバトルアクスで代用なんて妥協は受け入れられん。」

「これは困りましたねぇ…。(さっきまでそれ使ってたんだけどなぁ…。)」


 さすがにやり取りを聞いていられなくなったアルドが割り込んだ。


「なあ、ベネディト。お前はその斧じゃどうしてもだめなのか?普段だって斧を戦闘で使ってるんだし、普通の斧よりバトルアクスの方がかえって都合がいいんじゃないか?」

「アルドよ。さっきも言ったが俺にだって木こりとしての矜持があるのだ。それに俺は戦闘に斧を振るっているのではない。木を切りに行く時に魔物が邪魔してくるからたまたま手元にある斧で対応しているにすぎん。目的の木まで雑草を切りながら獣道を行くようなものだ。」

「そ、そうか。わかったよ…。(うーん、正直俺にはベネディトがさっきまで使ってた斧がピカピカになって返ってきただけとしか思えないんだけどなぁ。)」


 アルドがすごすごと下がるとベネディトが徐に口を開いた。


「もういいだろう、俺は怒ったりしない。」


 泉の精霊もアルドも何のことか分からないと言った表情だ。

 そしてベネディトは衝撃の言葉を放った。


「キノコよ、いや剣の泉の精霊よ。俺の本当の斧、失くしてしまったんだろう?」

「ええ!?そんなことあるわけ………いやこれは寧ろ。」

「おい!いくらなんでも失礼すぎるぞベネディト!」


 ベネディトの発言にさしもの泉の精霊も怒りを通り越して驚いたが、すぐ別の考えにいたりアルドを制した。


「ありがとうアルドさん、でもよいのです。実はそうだったんです。恥ずかしながらベネディトさんが泉に落とした斧を失くしてしまっていたのです。しかし剣の泉の精霊ともあろう者が武器を紛失するなどあってはならないだろうと思い、とっさに似た斧を返してしまったのです。」

「あんたがそう言うなら…。(もしかして泉の精霊、ベネディトに対応するの面倒くさくなってないか?)」


 ベネディトは泉の精霊の言葉を聞いてうんうんと頷いて優しく言った。


「やはりそうだったか。なぁに誰にでも失敗はあるものだ。もちろん精霊にだってあることだろう。しかし嘘を吐いて誤魔化そうとしたのは感心しないな。正直さを問う剣の泉の精霊ならなおのこと自らが正直であるべきだと俺は思うぞ。」

「はい返す言葉もございません。」

「まあその件に関してはもういいだろう。さっきも言った通り俺は怒っていないしな。しかしそれよりも今は失われてしまった俺の斧のことだ。失くしてしまったものは仕方ないとして、新たにごくごく普通の斧を顕現させてはくれないか?やはりこの斧、バトルアクスは使えんのでな。」


 と言ってベネディトは足元のバトルアクスを指さした。


「それなのですが、制約により私はこれ以上多くの褒美としての武器をあなたにあげることはできないのです。その点はどうかご了承ください。けれどご安心を。3振りほどごくごく普通の斧として質の良い斧の手に入る場所の情報なら差し上げられますので。(私は剣の泉の精霊。なんとしてもその斧をベネディトさんに受け取ってもらわねば!)」

「それはありがたい。してその斧はどこにあるんだ?」


 アルドはごくごく普通の斧として質がいいって一体どういう意味だろうと思っていたがもう黙っていることにした。

 そして、泉の精霊は神々しい輝きと共に浮かび上がると、仰々しく告げた。


「1つは月影の森に。池に浮かぶ月が三日月となる時、水面の月光と共に現れるでしょう。1つは暗黒大陸に。猛き魔獣の得物として振るわれていることでしょう。1つはルチャナ砂漠に。止まぬ砂嵐の奥に守られていることでしょう。」


 まさしく神託のようなお告げを終えると剣の泉の精霊はゆっくりと泉の水面に降り一言加えた。


「今告げた順番通りに探せば必ず良き斧と出会えるでしょう。」

「ふむ。月影の森に、暗黒大陸…これは魔獣城か?そして最後にルチャナ砂漠か。情報感謝する。早速向かわせてもらおう。」


 ベネディトがすぐに動こうとしたのでアルドはそれを呼び掛けて止めた。


「でもベネディト、そのままだと丸腰だしまずいんじゃないか?それにこの3本の斧だってここに置いて行って誰かが見つけたりしたら争いの元になりかねないし。」

「確かにそうだな。致し方あるまい、今は緊急措置としてごくごく普通の斧を手に入れるまでこのバトルアクスを使わせてもらおう。」


 ベネディトはそう言うと金と銀じゃないバトルアクスを拾い上げた。


「問題は残った金と銀のバトルアクスだな。これらはとても戦闘には使えないし、持ち運ぶには大きく重すぎる。キノコよ、これらをどうにかできないか?」

「それならばこういたしましょう。」


 泉の精霊がそういうと突然金と銀のバトルアクスが光りながら浮かび上がりそのままベネディトの手にしたバトルアクスの中に消えていった。

 さすがのベネディトも驚き思わず呟いた。


「今のは一体…。」

「今私は金と銀のバトルアクスを武器の力へと変え、あなたの持っている斧に吸収させました。銀の力はより武器に力を蓄え、金の力は武器の力を高めてくれます。これから戦いに向かうのであれば金と銀のバトルアクスもこのように携帯するのがよいでしょう。もし取り出したくなったらまた私に言ってください。ですがきっとそのバトルアクスは使えば使うほど元に戻したくなくなると思いますよ、ふふ。」


 それを聞いてベネディトはバトルアクスを軽く素振りした。


「ほお、なるほど確かにいい具合だ。すまんな、こんなことまでしてもらって。」

「いえ、あなたにちゃんと斧を返せなかったせめてものお詫びです。どうか存分に使ってください。」

「ああ、では行ってくるとする。アルドももう少し付き合ってくれ。」

「あ、ああ。もちろんいいけど。(なんかもう問題は解決してないか!?)」


 そしてベネディトは泉から勢いよく走り去った。

 来た道とは違う方へと。


「やっぱり帰り道を間違えたか!おーいベネディトそっちじゃないぞー!」


 そしてアルドもベネディトを急いで追っていき、泉には精霊が取り残されて浮かんでいた。


「…とても変わった人たちでしたね。ただ私はなんだか凄く疲れたので眠りにつきますね。」


 泉の精霊は大木の方を一瞥すると、光り輝き泉の中へと消えていった。

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