閑話 ラナの英雄さん

私が生まれてすぐ、私のお父さんは病気で亡くなったらしい。


失意に落ち込むお母さんはそれでも必死に私を育てる為に昼夜を問わずに働いてくれていた。


そんな優しくて大好きなお母さんは、私が五歳の頃に別の人と再婚してからすぐに病気で息を引き取ってしまった。


残された私は義理のお父さんに面倒を見てもらっていたけど、血の繋がってない私をお父さんはとても大切にしてくれていた。


私も本当のお父さんを知らないので、義理のお父さんに凄く感謝して育ててもらっていた。


村の人達は、そんな私達を奇異の視線で見てきた。


彼らからしたら、血の繋がってない子供を育てるお父さんがさぞおかしな存在におもえたのかもしれない。


そして、そんなお父さんを慕う私もそう思われたのか、村の子供たちから何かとイジメられることもあった。


一度だけ、お父さんに私と血が繋がってないことに関して良いのかと聞いたこともあった。


そんな私にお父さんは優しく微笑んでから私の頭を撫でて言った。


『例え、血の繋がりがなくても、私はお前とお前のお母さんの事を心から愛してる。血の繋がりなんて関係ないくらいに私はお前のことを愛してるんだよ』


その言葉は凄く嬉しくて、私はお父さんの役に立ちたくて色んなことをお父さんから教わった。


特に、お父さんは料理人で料理が上手だったから色々と教えてもらった。


『いつか、好きな人に振る舞いなさい』


そんな事を言いながら教えてくれるお父さん。


村の人達は好きじゃないけど、この先も、お父さんとこうして過ごせると思っていたその頃に――それは起こってしまった。


『ラティーナ!逃げるんだ!』


朝、少し騒がしい中、私はお父さんに起こされる。


食材を取りに出かけていたはずのお父さんは慌てて戻ってくるなり、血相を変えてそんな事を言うとすぐに手早く準備を済ませて私を抱き抱えると静かに家を出た。


私たちの家は、村の中でも比較的奥まったところの隅の方にあるので、その景色はよく見えた。


村を襲ってきた盗賊たちが、村を蹂躙するその地獄絵図を。


村の金品や食料だけでなく、まるで遊びのような感覚で人の命を奪っていく盗賊たち。


凄く怖かった。


『ここの村の女子供はブサイクばっかだな』

『だな、皆殺してさっさと村を焼き払うか』


平然とそんな事を言う盗賊たちから身を隠して、お父さんは私と一緒に村から離れようとする。


『お父さん……』

『大丈夫だ、ラティーナ。お前だけは必ず守るから』


そう微笑むお父さんだけど、盗賊たちは予想以上に多かった。


隠れて進んでいた私達はすぐに見つかってしまい、お父さんは私を木陰に隠すと真剣な表情で言った。


『ラティーナ、お父さんが時間を稼ぐ。お前は逃げるんだ』

『そんな!お父さんも!』

『それは無理そうなんだ。だから……お前だけでも生きなさい』


そう言ってから、そっと私の額に口付けをするといつものように微笑んでお父さんは言った。


『必ず生き延びなさい、ラティーナ――私の可愛い娘』


そこからは私は必死だった。


お父さんの悲鳴が、絶叫が後ろから聞こえてくる。


それを振り切るように必死に走る。


お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、お父さん。


心の中で、お父さんを思って涙を浮かべて必死に走る。


しかし、私の足で逃げ切るのは不可能だった。


追っ手の盗賊の男に捕まって、私は村に引き戻される。


手も足も、口も縛られて目だけは見えるそこで私は見た。


嫌いだった村人たちが苦しそうに息絶えているその姿を。


積み重なった死体の上で楽しげに酒を飲み、奪った金品を自慢する男たちは私には理解出来ない存在だった。


『ら、ラティーナ!?』


そして、そんな死体の中にお父さんは居た。


手足を折られて、顔も腫れるほどに殴られて、刺されたように血がお腹に滲んでおり、更に指を全て落とされたボロボロのお父さんは私を見てその表情を絶望に染める。


『逃げ切れると思ってたか?俺らからよ』


楽しげに笑う盗賊達。


『楽しいなぁ、こうして人を殺して奪うのは。俺らに楯突いたアホがどうなるか……お嬢ちゃんにも教えてやらねぇとなぁ』

『や、やめろ!』


そう言った瞬間に男は私を地面に下ろすと蹴り続けた。


何度も何度も……口から変な液体が出てきて、涙で視界が滲む。


どうしてこんな事になったんだろうと、薄れゆく意識の中思っていると、顔に水をかけられて無理矢理意識を覚醒させられる。


『ラティーナ……』

『お……とう……さん……』

『すまない……すまないラティーナ……』


お父さんは悪くないのに涙を浮かべてお父さんは私に謝る。


そんな私たち親子の様子を見世物にして盗賊たちは笑う。


『愉快だなこりゃあ。そっちのガキはそこそこ顔がマシだし、変態貴族様に売りゃあ、そこそこの値にはなるだろうな』

『ふざけるな!』

『ふざけてないさ。さて、俺は実は好きなものがあってな。この殺戮ショーのメイン……ガキが親を目の前で殺されて絶望する顔をみさせてもらうとしよう』

『このやろう……!』

『安心しな、ガキは俺らが責任もって変態貴族に届けるからよぅ……だから死ね』


そう言った瞬間に剣が大きく振り下ろされる。


お父さんの首が宙を舞う。


時が止まったように私は体感的に長い時間、お父さんの飛んだ頭を眺めていた。


永遠にも思われるそれは、地面に転がってこちらを見るお父さんと視線があって終わったことを知る。


『あ――あぁぁぁぁあぁああああああ!!!!!』


口の布が取れて、自分でも信じられないくらいの絶叫が出てくる。


男たちはそれを笑ってみていた。


お父さんが死んだ。


(嘘だ)


嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。


否定したくても、お父さんの転がった首が否定させないように私を見つめてくる。


絶望しかなかった。


このまま、私はこの悲しみを玩具にされた後で、この男たちにまた玩具にされて、殺されるのではないか。


暗い闇が私を包む。


『さぁってと。んじゃ、チャッチャと村を燃やして証拠隠滅――』

『させないさ』


ドサッと、何かが倒れる音がする。


『な、なんだテメェ!?』

『ただのボランティアだよ。かなり遅くなったけどね』


声がする。


どこか安心感を感じさせる声が。


視線を向けて、滲む視界にその人は写った。


輝く鎧と、温かい光を纏う剣を手にする、白馬に乗った騎士様。


さながら、物語の中に出てきそうな英雄さんがそこには居た。


『まさか別任務中にこんな事してる輩を見つけるとは……我ながらついてないなぁ……』


白馬を降りると優しくその顔を撫でてから、男たちの前に出るその人。


『さて、どうやらその子はこの村の本来の住人だね。他の人は?』

『全員殺したさ』

『だろうね。その子も殺すのかな?』

『いんや、変態貴族にでも売るさ』

『そうか……なら、それだけは止めないとね』

『止めるだと?1人でか?』


失笑する盗賊たちに、しかしてその人は気にした様子もなく答える。


『見かけた以上は見過ごせないさ。さて、手早く済まそう』

『はぁ?お前、この状況が見えないのか?』


数百人規模の盗賊たちが、私たちとその人を囲むと隙間なく包囲する。


そんな光景を目にしてもその人は顔色ひとつ変えずに言った。


『見えてるよ。だから言っておくよ』

『何をだ?』

『これだけじゃ――足りないってことさ』


瞬間、その人の姿とが消えると、私は何故かその人の腕の中に居た。


何が起きたのか分からない私に微笑んでから、その人は私を近くの樹の傍に下ろすと優しく撫でて言った。


『遅くなってすまない。後は任せて』


そう言うと、その人はまたしても消えて気がつけば私の傍にはお父さんの死体が優しく置かれていた。


あの人だ、多分、私の知り合いなのを分かったのかお父さんまで男たちから遠くの場所に移動させたのだろう。


そう思っていると、遠くでは先程の盗賊たちが一瞬のうちに倒れていく。


それは一方的な戦いのはずなのに、その人の動きはまるで綺麗な舞でもしてるように優雅だった。


強くて、美しいその人に一方的にやられていく盗賊たち。


気がつければその場に立っていたのは、その人だけだった。


『こ、殺したの……?』


震える声で私は近づいてくるその人に問いかける。


すると、その人は苦笑気味に答えた。


『いんや、一応生きてるよ。ただ、この先の人生で二度と同じことが出来ないようにはするけどね』

『それってどういう……』

『そんな事よりも……怪我をしてるね』


そう言うと、その人は私の頬に手を当てると一瞬にして怪我を治してしまう。


『ま、魔法……?』

『まあね。これで大丈夫だとは思うけど。どこか異変は?』

『ないけど……あの!お父さんを!』


魔法が使えるなら、もしかしたらお父さんも……そう思ってるの言葉にその人は本当に悔しそうに目を伏せた。


『すまない、今の状態だとそれをするのは難しくてね』

『そ、そんな……』

『本当にすまない。俺は元々、別の任務で近くまで来てたんだ。だから、こちらに気がつくのが遅くなってね』

『う、うぅぅぅ……おとうさぁん……』


お父さんの死体に縋り付く私にその人はせめてとお父さんの傷を治していく。


飛ばされた首さえも治してしまうけど、それでもお父さんは目を覚まさない。


本当に死んでしまった。


苦しくて、悲しくて、色んな苦い気持ちが胸の中で詰まっていく。


この人がもっと早くに来ていれば……というのはあまりなかった。


だって、見てしまったから。


その人に見える濃厚な疲れの色が。


目にできている隈をみても、ろくに寝てないのは間違いなくて、そんなに頑張っていた人に、見ず知らずの私たちの危機をすぐに察して来いなんて……とてもじゃないけど言えなかった。


そうして、私はその日お父さんを失ってしまった。




その人は盗賊たちに何かをしてから、手足を縛って適当な森の中に放置していた。


生き残っても、彼らから色んなものを奪ったのでこの先の人生が地獄なのは確定と言っていたけど、報いを受けるなら良いかもしれない。


そして、その人は特殊な魔法か何かで分裂すると、一瞬で村人たちのお墓を作って埋葬して供養もしていた。


お父さんのお墓も作ってくれたけど、私はなかなかお父さんとお別れ出来ずにいた。


私の本当のお父さんを失った時のお母さんもこんな感じだったのだろうかと、先程のお父さんの姿がフラッシュバックしてしまう。


『お父さん……』


一生忘れられないそれを脳裏に浮かべて思わず唸ってしまうと、その人が私の頭を撫でて言った。


『すまなかった。もっと早くにきてれば、せめてお父さんだけでも助けられたのに』

『……いえ、助けてくれてありがとうございます』


本来なら、縁もゆかりも無いこの人が単身助けに来る理由はないのに、その人は心底悔しそうに、申し訳なさそうに謝ってくるので、私は素直な気持ちを言葉にする。


その言葉にその人は少し驚いてから、不器用に笑ってみせた。


まるで、いつもは出来る笑みが思わぬ言葉に少し難しくなったようなその人だったけど、私はふと気になることを聞いていた。


『あの……あなたは何者ですか?』


そう聞くと、その人は少し考えてから答えた。


『ただの通りすがりのお節介焼きだよ。まあ、英雄の真似事もさせられてるけど』

『英雄さん……』

『そう呼ばれるのは少し恥ずかしいかな』


そう微笑んでから、その人はその後の私の身の振り方をすぐに教えてくれた。


私に料理の腕があることや、学ぶ意思があると分かるとコネで近くの小国の学校に入れてくれて学費や生活費も出してくれた。


何でそこまでしてくれるのかは分からなかったけど、その人が言ったことは覚えている。


『君の燻製料理は美味しいね。また今度食べさせて欲しいかな』


それは、必要とされているようで凄く嬉しかったし、その後の私の生きる目標にもなった。


お父さんを失って、絶望しかなかった私を助けてくれただけでなく、その後も手紙などの間接的な手段ではあったけど、色々と教えてくれた英雄さんは、忙しいのかその後会うことは出来なかったけど、気がつけば私はその国の王都の人気料理店の店主にまでなっていた。


独身のままだったのだが、そこは出来れば英雄さんみたいな人が良いと思ってたからだろうけど……周囲からは仕事に生きてると思われていたようだ。


それでも、女性としては特殊すぎて反感も多かったけど、それでも英雄さんのために自身のスキルを磨いた。


そして、そんな英雄さんが死んだと聞いたのは私が26歳の時のこと。


英雄さんの情報を集めていた私は、彼が亡くなったことを知った。


英雄さんについては、情報規制があるのか知ることが出来ない情報も多かったけど、また会いたかった恩人の……憧れの人が死んだと聞いて私は凄く後悔した。


どうしたら良いのか、気持ちの整理がつかなくて、お店を人に任せて、自宅で考えていた時に、それは起こった。


『もし、生まれ変わって、英雄さんに会えるとしたら……あなたは生まれ変わりますか?』


優しい女性の声だった。


不思議な安心感のある声に、私は迷わず即答した。


『お願いします、私をもう一度……英雄さんと会わせてください』


そう言った途端に私の頭の中に情報が流れ込んできた。


英雄さんは転生したこと、違う世界に生まれ変われば会えること、そして――その時はきっと英雄さんの役に立てること。


納得して、受け入れて、即答すると私の意識は暗転して、気がつけば私は赤ちゃんになっていた。


知らない場所の、新しい人生。


ここに英雄さんが……あの人がいるはずと、私は新しい生活をしながらその人を探した。


途中、貴族の子息から縁談もあったけど、私には英雄さんしか居ないと思っているので勿論断った。


シスタシアという国の王都にお店を構えて、お父さんの手伝いをしながら英雄さんの情報を集めていると……あの人は前と変わらない姿でお店にやってきた。


私のスモークチーズも美味しそうに食べてくれて、それだけでは我慢できなくて声をかけてしまった。


忘れられてるかもしれない……そう思ったけど、英雄さんは優しく受け入れてくれて、言ってくれた。


『さっき食べたスモークチーズ、前世で食べさせてくれたのと同じだよね?また来た時には食べさせて欲しいんだ』


覚えてくれた、覚えていてくれた!


その事実が嬉しくて思わず大きく頷く。


英雄さん……今世ではシリウスさんかな?


シリウスさんは隣国のスレインド王国の第3王子で、そのうち爵位と領地を貰うって言ってたし、私も今世の私としてもっと英雄さんに近づきたい!


だから、前世の分まで私は英雄さんのために頑張るつもりだ。


大好きな英雄さんと、ゆくゆくはそういう関係にもなりたいけど……それは英雄さんが受け入れてくれたらだよね。


『頼りにしてるよ』


その言葉だけで、私はかつてないくらいにやる気になる。


今世こそ、英雄さんのために頑張ろう!


私を救ってくれた、大好きな英雄さんのために……そして、私の想いを英雄さんに届けるんだ!


前世のことは二人だけの秘密みたいだし、きっと届けられるはず。


そんなワクワクとドキドキを感じながら私はラティーナからラナとなって英雄さんのお傍に居ようと思ったのだった。






























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