第72話 悪夢の部屋
「うむ……なるほどなぁ」
気がつけば、俺は思い出したくもない最初の前世の厨房に立っていた。
今世のシリウスさんの背丈ではなく、成人している最初の前世の姿そのままのようであった。
「おい!いつまでサボってんだ!早く仕込みを終わらせろ!」
ウンザリするほど、前世で聞いたその声に振り向くと、顔が残念な大柄の料理長が鬼のような形相でそこに居た。
「精神攻撃系のトラップだったかぁ……」
「あぁ!?訳分からんこと言ってないでさっさとしろ!」
ガツンと、思いっきり頬を殴られる。
ふむ、なるほど。
再現度が高すぎるけど、これこそ、古代の術式なのだろう。
効果としては、部屋に入った人間の深層心理にある暗い負の部分で精神を壊すというところかな?
俺の場合は、多分この最初の社畜な人生か、もしくは英雄の頃の鬼畜な人生のどちらかになるのだろうが、今回は前者のようだ。
とりあえず、嫌な気持ちになるし、さっさと夢から覚めないとね。
そう考えてから、俺は近くにあった包丁を握ると、自身の心臓にそれを突き立てる。
勿論、最初の前世のモヤシボディーで、その刃が届くかは難しいラインだが、これが夢の世界であると認識する俺はそれだけで覚醒に至るには十分であった。
やや、タイムラグを経てから、視界が変わっていく。
気づくと、俺は先程の遺跡のとある部屋の入口付近に立っていた。
どうやら、元の世界に戻れたらしい。
にしても、この手の罠は久しぶりに体感したが……心が沈むので入らなければ良かったかもしれない。
普通に入っていたら、多分他の人は夢の中に引きずり込まれて、精神を壊され、廃人にされるはずのその罠は、英雄の前世で何度も体感して、俺にとってはそう難しい罠ではなかった。
ただ、不快な気分になるので積極的に掛かりたいとは思わないけど。
とりあえず、遺跡の攻略終わったらフィリアに膝枕して貰って癒して貰うとしよう。
そう思ってから、ふとスフィアの方を見ると、どうやら俺より早く術を解いたようで、何やら苦々しい表情で座り込んでいた。
「おはよう。悪夢だった?」
「……おはよう。そっちもでしょ?」
互いに苦笑するが、俺より早くこの手の術を解ける人が居るのには地味に驚いていたりする。
世界は広いんだなぁ……
「ねぇ、シリウス。どんな夢だった?」
「大したことじゃないよ。昔の失敗談的な?」
「その割には、疲れてるね」
「そういうスフィアは?」
そう聞くと、スフィアは少しだけ視線を逸らしてからポツリと呟く。
「……妹を、殺した時の夢」
……思いの外重かった。
まあ、長く生きるエルフだし、そういうこともあるのかもしれない。
「ほら、これ飲んで落ち着きな」
「うん、ありがとう……」
白銀桃のジュースを渡すと、ちびちびと口にするスフィア。
「……シリウスさ、私がここに誘った時に聞いたよね?何か目的があるのかって」
「そうだったね」
「……ここにあるって記述があったんだ」
少し間を開けてから、スフィアはその言葉を口にする。
「死者と話せる魔道具があるって」
死者と話せるか……
ファンタジーの定番ではあるが、前世でも今世でも俺は実物は見たことがなかった。
まあ、あっても、俺の場合話をする相手が居ないのだが……
「それで妹さんと話を?」
「ううん、謝りたいだけ。分かってるんだ。死者と話せる魔道具なんて有り得ないって。でも、自己満足でも、それをしないと気が済まないの」
何かしら事情はあるのだろうと思ったが、予想以上に重かった。
それにしても、死者と話せる魔道具か……この遺跡のオーバーテクノロジーを見るに、眉唾とも言い難いが、貰った領地の側でそんなもの見つけたら俺の生活は一変しそうだなぁ……まあ、スフィアが満足する結果になったら秘匿か壊すとしよう。
「じゃあ、早めに見つけないとね」
「……うん、ありがとう」
自己満足か……まあ、死者に贖う方法なんてないのだから、何をしたって結局自己満足なのだろう。
でも、そうする事で前を見れる人も居るし、一概に悪いとは思わない。
2度死んでる俺が言うのもあれだけど、やっぱり自分で決めて自分でやりきるのが大切なのだろう。
流される生き方も人によってはありだろうけど、俺はもうゴメンだ。
大切な人達と、貴重な人生を共に。
今世は、自分の好きなように生きる。
自由には責任も伴うが、それは当たり前のこと。
だから、今世は思うように生きて、満足して女神様の元に行くとしよう。
そう思いながら、スフィアに手を貸して立ち上がって貰う。
それにしても、あれだね。
エルフって肌すごく白くて綺麗だね。
フィリアも負けず劣らず綺麗なんだけど、もしかしてフィリア先祖にエルフの血でも混ざってるのだろうか?
まあ、異世界なら何でもありなのかもね。
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