第73話 魔獣

「ここ罠多すぎるよ……」


本日2度目の渋い顔をするスフィア。


悪夢を見せるタイプの精神系魔法の部屋からいくつかのめぼしい部屋を探索するが、貴重なものが多いせいか罠の方もかなり強力なものが多かった。


過去、英雄時に見慣れたタイプから、少し変わったものまで色々あったが、俺とスフィアの2人にはそこまで脅威ではなかった。


無駄に前世の2回を過ごした俺は元より、エルフとしてそこそこ長命でおまけに有能そうなスフィアはどっちもほぼ初見の罠への対処も容易いからだ。


そのスフィアが渋い顔をしてるのは、罠の多さもなのだが、先程の部屋で悪夢を見る部屋の逆……まあ、要するに幸せな夢を見る部屋に入ってしまったからだろう。


悪夢の方がヤバいんじゃね?とか、思う人も居るかもだが、幸せな夢の方がある意味タチが悪い。


何故なら、例え夢と分かってもその幸せから抜け出すのは難しいからだ。


死者と会える系の夢なんかだったら、多分永遠に眠り続けてそのまま死ぬパータンも有り得る。


まあ、逆に幸せな夢から悪夢に切り替えて、精神破壊も出来るし、その逆で悪夢から幸せな夢に切り替えて、何の疑問も持たせずにその夢に取り込むなんてものもあるから、精神系の魔法は面倒なのだ。


ちなみに、俺には幸せな夢タイプの罠は基本効果がない。


前世の時は、俺にとっての幸せを想像するだけの頭もなく、今世は今が幸せすぎるせいか夢を見るのが困難なのだろう。


だから、先程その罠にかかったスフィアが数秒で術を解いて苦々しい顔をしていたのは普通にびっくりした。


先程の話からして、妹さんが生きてる夢でも見たはずなのに、それに引き込まれずにすぐに術を解くメンタル。


やっぱり、スフィアは凄い人なのだろう。


「スフィア、少し止まって」


ふと、通路の奥に嫌な気配を感じて俺はスフィアにそう声をかける。


「何かいるね」

「うん、魔物だといいけど……」


2人で警戒しながら進むと、少し広い広間へと出る。

その場所自体は、ただ広いだけの空間だが下に描かれている魔法陣を見て、スフィアの表情がひきつる。


実は俺も、その魔法陣を見たことがあるのだが……


「えっと……魔獣かな?」

「多分……」


魔獣――それは魔物とは核の違う生き物のことを指す。


魔物とは、自然界に存在する魔力を持った生き物のことなのだが、魔獣は魔力が意志を持った存在。


通常、この世に生まれることがないそれは、魔界と呼ばれる特殊な場所でのみ生まれるそうだ。


その強さは圧倒的で、人の身で抗うのは中々に無謀と言えるのが現実であった。


「シリウス、逃げられると思う?」

「出来なくはないけど、突破する方が良さそうかな」


幸いなことに、侵入者である俺たち用に召喚される魔獣が強力な個体のせいか、召喚までのラグがそこそこある。


逃げることは容易いが、魔法陣の術式を見るに一度きりの、片道キップの召喚に思える。


要するに、俺たちが逃げてもその場に召喚されることは確定であり、そんなのが居るのでは俺の領地にも被害が出かねない。


領民が傷つくのは俺の本意ではないし、それにフィリア達が嫁いでくる大切な場所は俺が守らないとね。


多少は大変だが、ここはきちんと処理する方が早かろう。


そんなことを考えていると、今回唯一連れてきた頭の上にいるフェニックスのフレイアちゃんがやる気満々な様子で翼を広げていた。


留守番に残してきたペガサスのクイーンと、ユニコーンのナイトは俺が居ない間の皆のことを任せたのだが、フレイアちゃんだけは絶対に離れまいと俺の頭に居座っていたのだ。


その割には、先程までは俺の頭の上でうたた寝していたのだが……強力そうな魔獣の気配に起きて、久しぶりにやる気になったのだろう。


正直、フレイアちゃんにかかればどんな魔獣でも一撃だろうが……それは止めた方がいいだろう。


フレイアちゃんは、俺の頭の上に居る時はただの小鳥だが、フェニックスとして力を出すとなるとどれだけ力を抑えても地下の崩落は秒読みだからだ。


やる気満々なフレイアちゃんを宥めていると、召喚が済んだようで光が弾けたようにその場に一体の魔獣が姿を表していた。


「うわぁ……ケルベロスかぁ……」


皆さんご存知の地獄の番犬と呼ばれるそれは、3つの頭を持つ犬のような魔獣であった。


前に見た時は黒かった気がしたが、白黒で偉くカラフルに見える。


「少し小さい個体かな?」

「シリウス、前にも見たことあるの?」

「まあね」


今世ではないが、前世で2度ほど戦ったことがある。


まあ、あんまり戦いたいとは思わないけど……速いし硬いし、面倒なんだよね。


そんなことを思っていると、スフィアが少しだけ前に出る。


「領主様を死なせる訳にもいかないしね。ここは私が」


思ったよりも落ち着いてるように見えるが、魔獣の放つ独特のプレッシャーに少し冷や汗が出てるように見える。


まあ、そうだよね。


魔獣って、対面するだけで精神的な負担も大きいし、エルフで強くても、魔獣は怖いものだよね。


俺はそっと、スフィアの手を握るとゆっくりと問いかける。


「スフィア、ここの報酬の話。俺のものになるって本気?」

「……今それを聞くの?」

「だって、その前に無謀にケルベロスに突っ込んで死にそうに見えちゃってね」


召喚されたケルベロスは、術式の命令があるからか、俺たちが完全に領域に入るまでは見守る姿勢のようだ。


なので、俺は心置き無くスフィアに聞きたいことを聞くことにする。


「ここで、スフィアが無理してあの世に行っても妹さんはいい顔はしないとは思うよ。それは分かってるとは思うけど」


あまり過去を詮索はしたくないが、ヤケになって特攻する人を黙って見過ごすのは後味が悪い。


無論、その人の決めたことを否定したくはないが、自分から不幸な連鎖を作る人はどうしても放っておけないのだ。


「ソルテもスフィアともっと話したそうだったしね。だから、ここは俺に任せてスフィアは妹さんと話すための準備でもしててよ」

「……本当に、君って変わってるね」


くすりと笑うスフィア。


それを見てから、俺はゆっくりとケルベロスに近づいていく。


近づく度に、魔獣独特の威圧感……というか、プレッシャーみたいなものが大きくなるが、幾度となく味わったことのある俺はのんびりと近づいていく。


やがて、距離がだいたい半分になった時のこと――それは唐突におこった。


ほんの一瞬、刹那の時間、瞬きに合わせてケルベロスは俺に近づきその牙で俺を噛みちぎろうと俺の体に牙を突き立てる。


ガイン!


『ガラァァぁ!!!!』


まるで、金属にでも当たったような衝撃音。


その後には、口を血まみれにするケルベロスの姿があった。


ドサッ!という、鈍い音と共に落ちたのは大量の血と……そして、自慢であったであろうケルベロスの牙であった。


そして、食われたはずの俺は、特に怪我もなくその場にただ立っていた。


無論、何もしてない訳では無い。


ケルベロスの素早さを落とすために、初手は防御に徹したのだ。


防御系の魔法をいくつか組み合わせたオリジナルの守りの魔法、それはケルベロスの頑丈な牙にも負けずにむしろ、ケルベロスの牙を削ぐ形で力を発揮してくれたようだ。


痛みと憎悪の視線を向けてくるケルベロス。


「ごめんな、勝手に呼ばれて可哀想だけど……」


襲いかかる寸前のケルベロスに、俺は無数の氷の刃を突き立てて、動きを封じる。


鋭い雄叫びを上げるケルベロス。


その振動が伝わったように後ろでスフィアが竦んでいるのが分かった。


それは、ケルベロスの精一杯の虚勢。


落ちていく力をそれでも示そうとするその姿に敬意を表して、俺は最後の魔法を発動させる。


「『フリージオ』」


対ケルベロスの必殺の魔法。


『フリージオ』と、命名されたその魔法は、あらゆる魔獣を凍らせることができるのだ。


そして、この魔法の特徴はもう一つ。


ピシッ……ピキっ。


僅かなラグの後、凍らせたケルベロスは崩れるように雪の結晶を降らせて消えていく。


そうして、体感的にな長く、実際の時間では数分に満たない間にケルベロスとの戦闘は終わりを迎えたのであった。


























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