閑話 ソルテのご主人様

『いいかい、ソルテ。私とお母さんのようにきっと、君も素敵な人と巡り会えるよ。だから――』


その先の言葉をいつからか忘れてしまっていた。


小さな村に生まれて、幼い頃にお母さんは死んでしまって、私はお父さんに育てられた。


お父さんと私は他の人とは少し違った。


お父さんは純血のエルフ、私はエルフのお父さんと人間お母さんの間に生まれたハーフだ。


お父さんとお母さんは種族が違うけど、愛し合って家族の反対を押し切ってこの村に逃げてきたそうだ。


そんなお父さんやお母さんのことを、村の人達はある程度受け入れてはいたが……娘である私には奇異の視線を向けることが多かった。


『やーい!人間もどきー!』

『変な見た目ー!』

『なんか喋れよ!』


同年代の子供からは、そんなことを言われるのも1度や2度では無かった。


私の異なる容姿と未熟な人語がそれを助長させていたが、お父さんとお母さんのくれた物を馬鹿にされるのは悔しくてたまらなかった。


言葉は家ではお父さんがエルフ語をよく使うのでそちらの方が私には合ってるようでそちらがメインになり、人語は聞き取りと少し話すくらいが限界だった。


村にいた子供と仲良くすることなど出来るわけもなく、かといってお母さんが亡くなってから私を1人で育ててくれてるお父さんに心配をかけたくなくて、少しの嫌がらせには目をつぶった。


そんな日々を過ごしていた私だったけど……そんな日常はある日何の前触れもなく消えてしまった。


ある日、1人で近くの森に入っていた時のこと。


物凄い音と悲鳴が村の方から聞こえてきて、私は急いで村に戻った。


すると、そこは地獄だった。


沢山の盗賊が、村の人を襲っていて、男の人は殺されて、泣き叫ぶ女性をいたぶる楽しげな盗賊の笑い声が心底気持ち悪かった。


私を馬鹿にしていた村の子供も、玩具のように痛めつけられていて、怖くて私はなんとか家まで走った。


途中では、金品を奪って家を焼いて騒ぐ盗賊と地獄のような村人への仕打ちが行われており、私はお父さんがとにかく心配で必死に家に入った。


『お父さん!』


ドアを開けて、叫んだ。


すると、そこには数人の盗賊と磔にされた血まみれのお父さんの姿が……


『お父さん!』

『おっと、奇妙な容姿にその変な言葉はエルフ……いや、ハーフエルフか?なら、この男の子供ってことか。悪いが今は楽しい遊びでな。邪魔はしないでおくことだ』


早口で聞き取れなかったが、そんなことを言って私は盗賊の1人に地面に押さえつけられた。


『ソルテ……逃げ……あがぁぁぁぁっあ!』

『お、喋る元気あるならもう少しいけるか?』

『お父さん!お父さん!』


それは本当に人生で最も辛い時間だった。


苦しむお父さんを少しづつ傷つけて、時に腕を落としたり目をくり抜いたりと、お父さんは動物のように解体されていく。


お父さんの悲鳴も、私の必死の叫びも、盗賊達にはただの見世物だったのだろう。


目の前でお父さんは殺されてしまった。


そんなことを思っていると、私は連れ出されて私の家も燃やされてしまった。


当然、お父さんの死体もそこにあったわけで……


『おとさ――っ!』

『黙れよガキ』


さっきまでは押さえつけるだけだった盗賊に蹴られて私は息が出来なくなった。


悔しくて、お父さんを奪われて悲しくて、色んな感情が渦巻く私に盗賊の男は決定事項のように告げた。


『ハーフエルフのガキは欲しがるマニアも居るだろうし、売りだな。廃棄してもバレないしバレても国も放置だろうしな』


そして、私はそこから奴隷のような扱いを受けることになった。


ご飯もろくに貰えず、いつ殴られたり蹴られたり、ナイフで少し斬られたり、傷を抉られたりするか分からない恐怖に晒されて長い時間を過ごすことになった。


ボロボロの衣服で、その見た目のようにいつしか心も折れそうになっていた。


お父さんを失って、色んな怖いが私を襲っていたが、いつも私を殴ってくる見張りの男は『あと少しで廃棄かな』と呟いてるのを聞いて、少しホッとしてしまった。


あぁ……やっと、この『怖い』と『苦しい』から解放される……


やっと……お父さんとお母さんに会えるんだ……


そんなことを思っていたのだが、ある日不思議なことが起きた。


いつもの様にお客さんの前に出されて、冷たい視線を受けていると、今まで買われなかったのに私を買う人が現れたのだ。


それは、更なる地獄へ私を誘ってるようで、その時が来るのをただ無力に待っていた私だったけど……牢屋で待っていると外が騒がしくなった。


そして、しばらくすると、私は不思議な温かい温もりに包まれていた。


最後に意識を失う前に見えたのは、ブラウンの髪の優しい光だった。





目が覚めると、私は見知らぬ場所にいた。


まるで貴族のような天蓋付きの大きいベッドに寝かされていたので、体を起こすと不意に違和感を覚えた。


なんだか、体が軽くなっていたのだ。


ふと見れば、見える範囲での生傷や痣が全て消えており、本当に死んだのではないかと思って周囲を見渡す。


貴族様や王族様のような豪華な部屋であるそこは、私が居た地下のような寒さもなく、ある可能性に気づいてしまう。


それは、私を買った人が貴族で、私はそこに連れられたのではないかと。


でも、そういう事をするにしても、誰も居ないのは何故だろうと思って見渡していると、ふと、入口に綺麗なブラウンの髪の男の子が居るのが見えた。


そっか……きっと、この子に私はこれから玩具にされるか……


そう思って俯いてしまう。


近づいてくるその一歩に反射的に怯えてしまうと、予想外に優しい声が聞こえてきた。


「えっと、体調はどうかな?」


下手なことを喋るのは不味いと思って首を縦に振っておく。


余計なことを言うとお仕置されるというイメージが消えてなかったからだろう。


「そっか、とりあえずこれ食べなよ」


そうして少年が差し出してきたのは温かな美味しそうなスープ。


食べていいのか確認するように視線を向けると、少年は微笑んで言った。


「いいんだよ。食べれる?」


頷くが、本当にいいのか分からなかった。


何年ぶりかに見た、スプーンを使うと怒られるのではないかと。


ずっと、餌やりのような食べ方しか許されてなかったからだ。


『お前は人間じゃないから、それで十分』と、地面に置かれて汚れたものを食べていた。


だから、どうしたらいいか迷っていると、またしても予期せぬ言葉をかけられた。


「スプーン使える?食べさせてあげようか?」


その言葉に思わず思いっきり、首を横に振ってしまう。


そんなことをさせるのは、不味いだろうと思ったからだ。


最後の確認のように視線を向ければ、


「いいんだよ、ほら、食べてみて」


そう優しく微笑まれてしまう。


私は久しぶりにスプーンを手に取ると、ゆっくりと温かいスープを口に入れる。


「……おいしい」

「なら、良かった」


ボソッと人語が出てしまったが、少年はそれを咎めることもなく笑みを浮かべて見守っていた。


零しながらも夢中でスープを食べ切ると、少年は私に尋ねてきた。


「それで、ええっと……人語は話せる?」

「……すこし、なら……」

「エルフ語は?」


その言葉にコクリと頷くと、少年はまたしても私を驚かせるように言葉を発した。


『じゃあ、これでいいかな?』


それは、長年聞いてなかったエルフ語だった。


お父さんとは少し違うけど、間違いなくエルフ語。


私は驚いつつもそれに答える。


『はい……あの、私のご主人様ですか?』


久しぶりに話したけど、やっぱりエルフ語の方がしっくりくる。


教育として人語を無理やり強要されても、こうまでちゃんと話せなかったからこそ、そう思ってしまうのだろう。


『少し違うかな?まあ、君を保護した者だよ。まずは名前を聞いてもいいかな?』

『ソルテといいます』

『ソルテか、歳はいくつかな?』

『10歳です』


とはいえ、この年齢はあくまで時間の年月的に推測でしか無かったが。


お父さんを殺されてから、私はその辺もおかしくなったし、少しあやふやではあった。


『ソルテは、どこの出身なのかな?』

『イドの村に住んでました』

『そっか、家族は?』


そこで、私は少し言葉に詰まる。


村の地獄と、お父さんの殺される悪夢のような時間がフラッシュバックしたのだ。


『母は私を産んでからすぐに亡くなりました。父は……私が5歳の頃に殺されました……』

『殺された?』

『盗賊に村が襲われて、女の人以外殺されました……』


私は、そこから何とか言葉を繋いでこれまでの事を少年に話すことにした。


どれもこれも夢であったならと思うようことだけど、お父さんが死んだのは紛れもなく事実だった。


この5年くらいの年月の私の日々も夢でないように深く心を抉っていた。


『言葉はお父さんに?』

『はい……人語の方は少し難しくて……』


何度も聞いて、きっと聞き取りは嫌という程発達したけど、喋るのはなかなか慣れない。


無意識に、覚えたら私はもっと壊れるという気がしたので、難しくなってるのかもしれない。


そして全てを話すと、少年は真剣な表情でそれを聞いてくれてから、私に聞いてきた。


『ソルテはこれからどうしたい?』

『どう……?』


分からなかった。


そもそも、私に選択する自由があるのだろうか?


答えられずにいると、少年は続けて言った。


『うーん、行く宛てがないなら、俺の所に居ない?』

『でも、私は……ハーフですよ?』


そう、私はハーフエルフ。


人間でもない、エルフでもない半端者だ。


どう考えても、少年と居るべきではないと思った。


『気にしなくていいよ。それに、俺はそういうの気にするような人間じゃないしね』


……にも関わらず、少年はあっさりとそんなことを口にする。


一体この少年は、何者なのだろうか……?


『あの、貴方は一体……?』

『名乗ってなかったね。俺はシリウス。シリウス・スレインド。スレインド王国の第3王子だよ』


驚いてしまう。


スレインド王国という名前は一応知ってはいたけど、第3王子という言葉で貴族よりも上の位に居る少年に私はどうすればいいか分からなくなった。


王族や貴族は、傲慢な人が多いと、私は聞いていたので、目の前の優しい少年が王子様なのに驚いてしまったのだろう。


『君がどこか行きたい場所ややりたい事があるなら、止めないけど、良かったら俺の元に来ない?側でお世話してくれる人が欲しくてさ』


王子様はそんなことを言ってくれる。


何処にも居場所のない私に、居場所をくれると言うのだ。


でも……


『……いいの、ですか?』

『ん?何が?』

『ハーフエルフの私が王子様の側に居て……』


そう聞くと、王子様は私に手を伸ばす。


殴られるのではと、無意識に怯えてしまったが、そんな私の頭に王子様は優しく手を置くとその太陽みたいな温もりのする手で優しく私の頭を撫でてくれた。


『よく頑張ったね。後は俺に全部委ねてくれないかな?』


その笑みと、温もりに私は安堵してしまった。


優しかったお父さんの手と同じ、優しく私を慈しむようなその手に抗えず、私は思わずこれまで我慢してきて涙を流してしまった。


そんな私を優しく見守る王子様……お母さんのような安らぎも感じしまうけど、私はこの人の側に居たいと思ってしまった。


この温かな手の届く範囲に居たいと……お父さんを失って、初めて求めてしまった。


それが、私がシリウス様に拾われた時のことで……きっと、私が生涯で唯一、ご主人様と認めるシリウス様との出会いの場面だったのだろうと後に思う。


そして、この時に私はお父さんの言ってた言葉の続きを思い出したのだった。


『――その人に巡り会えたら、幸せになりなさい、私達の可愛い愛娘』







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