第37話 もやし

大豆とは偉大だ。


奴らは、加工さえ出来れば、何にでも化けられる。


畑の肉と言われるほどにタンパク質も豊富だ。


枝豆、もやし、豆腐に油揚げ、きな粉に納豆……そして、俺が密かに欲してる醤油や味噌も奴らの変化した姿なのだ。


ならばこそ、作るしかないだろ。


そう――もやしを! (キリッ)


……今、えぇーとか言ったやつ正座しなさい!


だってさ、冷静に考えてご覧。


醤油や味噌を手作りって、いくら暇な俺でも1から作ったらどれだけかかることやら……この世界に存在してるなら、探して買う方が後々も楽でいい。


きな粉は餠がないと意味無いし、納豆は醤油とご飯がないとね。


かつて流行った (俺の中で) NTKG納豆卵かけご飯という最強コンボへの道のりはまだまだ遠そうだ。


豆腐や油揚げ……うん、面倒そう。


そうなると、枝豆ともやしがベストなのだ。


枝豆は煮て塩をかけて食べればいい。


もやしだって、使い道は色々ある。


煮ても焼いても、栄養もあって美味しい。


調味料が充実すれば幅も広がるし、やはりもやしは最強だな。


「……シリウス様、それ食べるの?」

「調理したら美味しいよ」


もやしの成長を共に見守ったセシルは、もやしという食材に首を傾げていたが、もやしすらこの世界では栽培されてないのが現実なのだ。


まあ、食文化はそのうち発展すればいいさ。


俺が生きてるうちに日本のレベルまで行くことはないだろうが……食という文化がきとんと継承されれば後の人達の未来も明るいだろう。


「……見た目はあれ」

「でも、美味しいから。それによく見れば可愛くも見えるかも……」

「……見えるの?」

「……かもしれない」


育ったもやしのセシルの感想は辛辣だったが、実際に料理して食べさせればその感想は変わった。


「……うん、美味しい」

「本当は、もう少し色んな調味料欲しいんだけどね」

「……シリウス様はなんでこんなに食べ物に詳しいの?」


……考えてみれば何故だろう?


本来、最初の前世の俺は旅館のサービス担当だったはず。


なのに、朝は4時起きで、料理の仕込みを手伝い、従業員の賄いを作り、フロント業務をこなしてから、本来の仕事に戻る。


そこからも全ての部署を回って、料理に関してはほとんど仕込みや調理の手伝いをしていた。


やっと終わった……と思ったら、日付は大抵変わってる。


そして、俺の貴重な睡眠時間も、明日の準備やら、従業員達のワガママな賄いのリクエストのためのレシピの暗記とか、必要な勉強で消えていく。


……今思い出しても、これっておかしくね?


むしろ、これで死なない奴を俺は尊敬する。


ちなみに、他の従業員は定時で帰ります。


……おかしくね?


だって、あいつら、俺に仕事押し付けて帰るだぜ?


数百人分のコース料理の皿洗いとか、一人でやってて何度心折れそうになったことか……


特に酷かったのは、従業員全員に社長が『全員、後の仕事○○くんに任せて飲み会行くよー』と、アナウンスした時に躊躇なく後片付けもなく去っていた奴らの背中。


チミ達……と、黄昏てしまったのは致し方ないだろう。


うん、そりゃ早死するわな。


旅館の仕事はチームワークなんだ!……なんて、辞めた良い奴らが言ってたけど、辞めてく時の清々しい表情が実に羨ましかった。


ダメだ……過去を思い出すとブルーになる。


あれは過去の話。


前を向くんだ、シリウス。


「うーん、思いつきかな」

「……そう、シリウス様は天才」


苦い過去の経験なんて、可愛い婚約者に言えるわけもなく、俺はそう誤魔化すが、セシルは素直に納得していた。


嘘をついてるようで申し訳ないが……これは、俺と神様だけ知ってればいいから。


彼女らにこの業を背負わせたくはない。


そんな風に言えば、カッコイイかもだけど、異世界で社畜してましたなんて話、なかなか信じられないし、彼女達が信じてくれるとしても、この話をして心配はかけたくないのだ。


皆、優しいからね。


「……シリウス様、色々料理教えて」

「いいけど……どうして?」

「……向こうで、シリウス様に作るために」


なるほど、新妻お手製の料理ですか。


俺が思いつきで作るよりずっと美味しそうだ。


「……それに、フィリア様に遅れたくない」


フィリアも俺の指導の元料理を習ってる。


公爵夫人なので、そう作る機会はないだろうが、本人がやってみたいと言うので教えてる。


結果は、物凄く覚えがよくて、下手したら俺より料理上手になってるかもしれない。


可愛くて、色々出来る正妻……俺には勿体ないが、誰かに譲るつもりは微塵もない。


俺の大切な人だしね。


「分かった。じゃあ、まずはもやし料理からかな」

「……頑張る」


当然、こうしてもやしを作ったことを母様が知らないわけもなく、しばらくしてから、もやしの生産は本格的に始まるのだった。


自分から仕事を増やしていくスタイルは真似出来ないが、やりたい事をやってる母様は尊敬してます。


『まあ、そういう部分はシリウスが1番母上に似たのかもね』と、レグルス兄様は言ってたけど、あそこまでアグレッシブではない気がする。



















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