恋する表参道♪ ③
――四人が再び、竹下通りを散策していると……。
「――あれ? さやかじゃん! それに愛美ちゃんも。こんなとこで何してんだ?」
やたらハイテンションな、若い男性の声がした。それも、珠莉と純也さんはともかく、あとの二人にはものすごく聞き覚えのある……。
「おっ……、お兄ちゃん!」
「治樹さん! お久しぶりです」
「ようよう、お二人さん! だから、なんでここにいるんだっての。――あれ? そのコは初めて見る顔だな。さやかの友達?」
声の主はやっぱり、さやかの兄・治樹だった。
(……そういえば治樹さんも、東京で一人暮らししてるって言ってたっけ)
愛美はふと思い出す。――それにしたって、何もこんなところで純也さんと鉢合わせしなくてもいいじゃない、と思った。
(……まあ、偶然なんだろうけど)
「まあ! さやかさんのお兄さまでいらっしゃいますの? 私はさやかさんと愛美さんの友人で、辺唐院珠莉と申します」
「へえ、君が珠莉ちゃんかぁ。さやかから話は聞いてるよ。……で? そのオッサンは誰?」
「あたしたちは今日、この珠莉の叔父さんに招待されて、東京に遊びに来たの。これからミュージカル観に行って、ショッピングするんだ」
さやかはそう言いながら、右手で純也さんを差した。
「……どうも。珠莉の叔父の、辺唐院純也です」
純也さんはなぜか、ブスッとしながら治樹さんに自己紹介した。〝オッサン〟呼ばわりされたことにカチンときているらしい。
「へえ……、珠莉ちゃんの叔父さん? 歳いくつっすか?」
「来月で三十だよ。つうか誰がオッサンだ」
(純也さん、それ言っちゃったら大人げないです……)
ムキになって治樹さんに食ってかかる純也さんに、愛美は心の中でこっそりツッコんだ。
そして、治樹さんは治樹さんで、愛美がチラチラ純也さんを見ていてピンときたらしい。愛美の好きな人が、一体誰なのか。
(お願いだから治樹さん、ここで言わないで!)
愛美の想いなどお構いなしに、治樹さんと純也さんはしばし
「……すんません」
「いや、こっちこそ大人げなかったね。すまない」
とりあえず、火花バチバチの事態はすぐに収まり、さやかがまた兄に同じ質問を繰り返す。
「だからさぁ、お兄ちゃんはなんでここにいんのよ? 住んでんのこの辺じゃなかったよね?」
「なんで、って。服買いに来たんだよ。この辺の古着屋ってさ、けっこういいのが揃ってんだ」
原宿といえば、古着店が多いことでも有名らしい。新しい服を買うよりは、古着の方が価格も安いしわりと掘り出し物があったりもして楽しのかもしれない。
「ああー、ナルホドね。だからお兄ちゃんの服、けっこう
「さやか、そこは個性的って言ってほしいな」
「でも、治樹さんにはよく似合ってると思います。わたしは」
「おおっ!? 愛美ちゃんは分かってくれるんだ? さすがはオレが惚れた女の子だぜ。お前とは大違いだな」
「はぁっ!? お兄ちゃん、まだ愛美に未練あんの? 冬に秒でフラれたくせにさぁ」
「うっさいわ」
街中で牧村兄妹の漫才が始まりかけたけれど、そこで終了の合図よろしく純也さんの咳払いが聞こえてきた。
「……取り込み中、申し訳ないんだけど。もうすぐ開演時刻だし、そろそろ行こうか」
「……あ、はーい……。とにかく! お兄ちゃん、もう愛美にちょっかい出さないでよねっ! 珠莉、愛美、行こっ」
「うん。治樹さん、じゃあまた」
「またね~、愛美ちゃん」
「治樹さん、またどこかでお会いしましょうね」
兄に対して冷たいさやか、あくまで礼儀正しい愛美、なぜか治樹さんに対して愛想のいい珠莉の三人娘は、純也さんに連れられてミュージカルが上演される劇場まで歩いて行った。
****
「――ゴメンねー、愛美。お兄ちゃん、まだ愛美のこと引きずってるみたいで……。みっともないよねー」
劇場のロビーで純也さんが受付を済ませている間に、さやかが愛美に謝った。
珠莉は受付カウンター横の売店で飲み物を買っているらしい。――ついでに気を利かせて、愛美たちの分も買ってきてくれるといいんだけれど。
「ううん、いいよ。わたしも、あんなフり方して申し訳ないなって思ってたの。あんなにいい人なのに」
「愛美……」
「もちろん、わたしが好きなのは純也さん一人だけだよ。治樹さんは、わたしにとってはお兄ちゃんみたいなものかな」
純也さんは幸い離れたところにいるので、聞こえる心配はないだろうけれど。愛美はさやかだけに聞こえる小さな声で言った。
「……そっかぁ。コレでお兄ちゃんが、キッパリ愛美のこと諦めてくれたらいいんだけどねー」
「うん……。――あ、戻ってきた」
愛美とさやかが顔を上げると、純也さんと珠莉が二人揃って戻ってきた。珠莉は自分の分だけではなく、ちゃんと人数分の飲み物を持って。
「お待たせ! もう中に入れるけど、どうする?」
「叔父さま、コレ飲んでからでも遅くないんじゃありません? ――はい、どうぞ。全部オレンジジュースにしましたけど」
「サンキュ。アンタもたまには気が利くじゃん?」
「ありがと、珠莉ちゃん」
「どういたしまして。ちょっと、さやかさん? 〝たまには〟ってどういうことですの?」
「まあまあ、珠莉。落ち着けって」
さやかに食ってかかった姪を、純也さんはなだめた。
――四人で仲良くオレンジジュースを飲みほした後、お目当ての演目が上演されるシアターに入り、座席に座った。
「この作品は、過去に何回も再演されてる人気作でね。なかなかチケットが買えないことでも有名なんだ」
「まさか純也さん、お金にもの言わせてチケット手に入れたんじゃ……?」
「さやかちゃん! 純也さんはそんなことする人じゃないよ。そういうこと、一番嫌う人なんだから。ね、純也さん?」
お金持ち特権を
「もちろん、そんなことするワケないさ。ちゃんと正規のルートで買ったともさ」
「ええ。叔父さまはウソがつけない人だもの、信じていいと思いますわ」
「……分かった。姪のアンタがそう言うんなら」
ブーツ ……。
「――あ、始まるよ」
愛美は初めて観るミュージカルにワクワクした。舞台上で繰り広げられるお芝居、歌、音楽。そして、キラキラした舞台装置……。
カーテンコールの時にはもう感動して、笑顔で大きな拍手を送っていた――。
****
「――さっきの舞台、スゴかったねー」
終演後、劇場の外に出た愛美は、一緒に歩いていたさやかとミュージカル鑑賞の感想を話していた。
珠莉はと言うと、愛美たちに聞こえないくらいのヒソヒソ声で、何やら叔父の純也さんと打ち合わせ中の様子。
「うん。あたし、あの作品の原作読んだことあるけど、ああいう解釈もあるんだなぁって思った。やっぱり、ナマの演技は迫力違うよね」
「原作あるんだ? わたし、読んだことないなぁ。この後買って帰ろうかな」
今日の舞台の原作は、偶然にも愛美が好きな作家の書いた長編小説らしい。――もしかしたら、純也さんはそれが理由でこの舞台に誘ったのかもしれない。
(……なんてね。そう考えるのはちょっと都合よすぎかな)
「――さて、お買いものタイムと参りましょうか」
いつの間にか、純也さんたちも二人に追いついていて、珠莉がやたら張り切って声を上げた。
お買いものといえば、毎回テンションが変わるのが彼女なのだ。お金に不自由していないせいか、根っからのショッピング狂のようである。
「ハイハ~イ☆ とりあえず、古着屋さん回ってみる?」
とはいえ、さやかもショッピングはキライじゃないので、愛美が
「うん! わたしもそろそろ、夏物の洋服とか靴が見たかったんだ。いいのが見つかるといいな」
古着店なら、たとえ流行遅れでもいいものが安く買える可能性が高い。愛美は流行とかは気にしない
「じゃあみなさん、参りますわよ!」
「おいおい。まさか珠莉、俺を荷物持ちでこき使うつもりじゃないだろうな?」
姪のあまりの張り切りように、この中で唯一の男性である純也さんがげんなりして訊ねる。
「あら、私がそんなこと、叔父さまにさせると思って? ――ちょっとお耳を拝借します」
珠莉が叔父に歩み寄り、何やらゴショゴショと耳打ちし始めた。純也さんも「うん、うん」としきりに頷いている。
(……? あの二人、何の相談してるんだろ?)
愛美は首を傾げる。思えばここ数週間、珠莉の様子がヘンだ。今日だってそう。何だかずっと、純也さんと二人でコソコソしている。
「愛美、どしたの? ほら行くよ」
「あ……、うん」
――かくして、四人は竹下通りから表参道までを巡り、ショッピングを楽しんだ。……いや、楽しんでいたのは女子三人だけで、純也さんはほとんど何も買っていなかったけれど。
「ふぅ……。いっぱい買っちゃったね―」
愛美も数軒の古着店を回り、夏物のワンピースやカットソー・スカートにデニムパンツ・スニーカーやサンダルなどを買いまくっていた。でもすべて中古品なので、新品を買うよりも格安で済んだ。
さやかも同じくらいの買いものをして、二人はすでに満足していたのだけれど……。
「まだまだよ! 次はあそこのセレクトショップへ参りますわよ」
それ以上にドッサリ買いまくって、もう両手にいっぱいの荷物を持ち、それでも間に合わないので純也さんにまで紙袋を持たせている珠莉が、まだ買う気でいる。
「「え゛~~~~~~~~っ!?」」
これには愛美とさやか、二人揃ってブーイングした。純也さんもウンザリ顔をしている。
「アンタ、まだ買うつもり!? いい加減にしなよぉ」
「そうだよ。もうやめとけって」
「わたしはいいよ。こんな高そうなお店、入る勇気ないし」
「いいえ! さやかさん、参りましょう!」
「え~~~~? あたし、ブランドものなんか興味ない――」
珠莉は迷惑がっているさやかをムリヤリ引っぱっていく。そしてなぜか、そのまま彼女にも耳打ちした。
「ふんふん。な~る☆ オッケー、そういうことなら協力しましょ」
(……? なに?)
事態がうまく呑み込めない愛美に、さやかがウィンクした。
「じゃあ、あたしたち二人だけで行ってくるから。愛美は純也さんと好きなとこ回っといでよ」
「純也叔父さま、愛美さんのことお願いしますね」
「……え!? え!? 二人とも、ちょっと待ってよ!」
「ああ、分かった」
(…………えっ? 純也さんまで!? どうなってるの!?)
ますますワケが分からなくなり、愛美は一人混乱している間に、純也さんと二人きりになった。
「…………あっ、あの……?」
珠莉ちゃんと何か打ち合わせした? 純也さんはどうして当たり前のように残った? ――彼に訊きたいことはいくつもあるけれど、二人きりになってしまうと緊張してうまく言葉が出てこない。
「さてと。愛美ちゃん、どこか行きたいところある?」
「え……? えっと」
そんな愛美の心を知ってか知らずか、純也さんがしれっと質問してきた。……何だか、うまくはぐらかされた気がしなくもないけれど。
それでもとりあえず一生懸命考えを巡らせて、つい数十分前に思いついたことを言ってみる。
「あ……、じゃあ……本屋さんに付き合ってもらえますか? 今日観てきたミュージカルの原作の小説があるらしいんで」
「オッケー。じゃ、行こうか」
「はいっ!」
二人はそのまま表参道を下り、東京メトロ表参道駅近くのビルの地下にある大型書店へ。
(なんか、こうしてると恋人同士みたいだな……)
愛美はこっそりそう思う。ただ、まだ本当の恋人同士ではないので、手を繋いでいるだけで心臓の鼓動が早くなっているけれど。
何はともあれ、愛美はお目当ての小説の単行本をゲットし、二人は近くのベンチで休憩することにした。
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