二学期~素敵なプレゼント☆ ③

 ――それからあっという間に二ヶ月半が過ぎ、十一月の終わり頃。


「よしっ! 書けたぁ!」


 夕食後の部屋で、愛美は達成感の中、原稿を書いていたペンを置いた。


 授業の合間や夜の自由時間、学校がお休みの日に少しずつ書き進めていたので、原稿用紙三十枚分の短編を書くのに二ヶ月もかかってしまった。

 でも、かかった時間と引き換えに「いい作品が書けた」という満足感が得られるなら、この時間も無駄ではなかったと思える。


『――ねえ。愛美は小説、パソコンで書かないの?』


 書き始めの頃、愛美はさやかからそう訊かれたことがある。


『うん。わたしは手書きで勝負したいんだ。今までもそうしてきたし』


 愛美はそう答えた。

 パソコンが使えないわけではない。施設の事務作業を手伝った時にはパソコンも使っていたし、就職先の候補として小さな会社の事務員が挙がっていたほど。

 この寮はWi-Fiワイファイ完備だし、安い中古のノートパソコンを買ってきて繫げれば、パソコンで執筆することもできたと思う。

 でも、愛美は自分の書く字の丁寧さに自信を持っているし、何より手書きの方が心が込もるはずだから、あえて手書きで勝負することにしたのだ。


 文芸部の短編小説コンテストの応募締め切りは十一月末なので、何とかギリギリ間に合ったようだ。


「さて。コンテストに出す前に、二人に一度読んでもらおうっと」


 愛美は書き上げたばかりの原稿を手に、隣りの二人部屋へと向かった。

 それが書き始める前の親友たちとの約束だったし、自分では満足のいく作品になったと思っているけれど、二人の客観的な意見も聞いてみたいと思ったのだ。

 小説とは、人の目に触れて初めて評価されるものだから。今回のことも、今後小説家を目指すうえでのいいトレーニングになる。


 コンコン、とドアをノックして――。


「さやかちゃん、珠莉ちゃん。愛美だけど。入っていい?」


「愛美? ――いいよ。入んなよ」


 さやかの声で返事があったので、愛美はドアを開けて二人の部屋に入った。


「どしたの?」


「あのね、小説できたから。まずは約束通り、二人に読んでもらいたくて。で、感想とか、アドバイスとかもらえたらなーって」


 そう言いながら、愛美はダブルクリップでじた原稿を、二人がくつろいでいるテーブルの上に置いた。


「そっか、書けたんだ。頑張ったね! 分かった。さっそく読ませてもらうね」


 原稿を取り上げたさやかは、テーブルの向かいにいた珠莉を手招き。


「珠莉もこっち来て。一緒に読もうよ」


「ええ、いいですわよ。愛美さん、私も僭越せんえつながら、読ませて頂くわ」


「うん。じゃあわたし、自分の部屋で待ってるから」


「えー? いいじゃん、ここにいなよ。ここにあるミルクティー、飲んでていいからさ。お菓子もあるし」


 一度部屋に戻りかけた愛美を、さやかが部屋に引き留める。

 愛美としては、誰かに自分の小説を読んでもらう時、その場にいると落ち着かないので離れていたいのだけれど……。


「……うん、分かった」


 自分がお願いしたことだし、こう手厚い待遇だと「イヤ」とも言いづらいので、この部屋に留まることにした。


(っていうか、この寮のルールでお菓子の持ち込みってどうなってたっけ?)


 原稿を読む二人をチラチラ気にしながら、テーブルの上のクッキーをつまんでいた愛美は小首を傾げた。

 多分、「お菓子の持ち込みはなるべくひかえましょう」くらいしか書いていなかったような気がする。もし見つかっても、人に迷惑さえかけなければ寮監の晴美さんも何も言わないだろう。


 ――小説は原稿用紙三十枚ほどの短編なので、読み終えるのに三十分もかからなかった。


「――ねえ、どう……だった?」


 さやかが原稿を置いたタイミングで、愛美はおそるおそる彼女に訊いてみた。

 本物の編集者とかなら、ここはもったいぶって間を作るところだけれど。さやかはド素人なので、すぐに感想を言った。


「いいじゃん! 面白いよ、コレ。コレならコンテストでもいいところまで狙えるんじゃない?」


「えっ、ホント!?」


「うん。あたし、難しいことはよく分かんないけどさ。愛美らしさが出てていいんじゃないかな。文章で大事なのって、他の人には書けない文章かどうかってことだと思うんだよね。個性……っていうのかな。この小説には、それがちゃんと出てる」


「そっか。ありがと。――このお話はね、子供の頃に、私が夏休みにお世話になった農園で過ごした頃の純也さんがモデルになってるの」


 愛美はそこまで言ってから、はたと気がついた。


(……あ、そういえば、珠莉ちゃんにはまだ話してなかったな。農園で純也さんの子供時代の話聞いたこと)


 さやかには夏休みが終わる前に話して聞かせたけれど、珠莉には話す機会がなかった。さやかから彼女の耳に入っているかな……とも思ったけれど、どうやらそれもないようで。 


「純也叔父さまが? ――そういえば、私もお父さまからそのお話聞いたことがありますわ。純也叔父さまは子供の頃、喘息持ちだったって」


「うん、そうらしいの。その頃はまだ農園じゃなくて、辺唐院家の別荘だったらしいんだけどね。そこのおかみさんが昔、辺唐院家の家政婦さんだったんだって」


 それで、純也が病気の療養のために長野に滞在するさい、彼女も同行していたのだと愛美は話した。


「へえ……、そうでしたの。その家政婦さん、多恵さんっておっしゃったかしら? 私が物心ついた頃にはもういらっしゃいませんでしたけど」


「なんかね、五十代でお仕事辞めて、ご夫婦で長野に移住されたらしいよ。せっかくあの家と土地を純也さんが譲って下さったから、って」


 千藤夫妻には子供がいない、と愛美は聞いた。我が子も同然の純也さんから譲り受けたあの広い土地を、早く有効活用したいと思った多恵さんの気持ちは、愛美にも分かる。


「確か純也さん、中学卒業まではよく多恵さんたちに会いに行ってたって聞いたよ。その頃にはもう、農業始めてたんじゃないかな」


 珠莉が生まれたのが十六年前。その頃にはもう辺唐院家あの家にいなかったということは、純也さんが中学生になった頃にはもう長野に移住していたことになる。


「……私、愛美さんが羨ましいですわ。私の知らない叔父さまのことをご存じなんだもの。……あっ、別に嫉妬しっとじゃありませんわよ!? ただ単に姪として羨ましいだけですわ!」


(珠莉ちゃん……、なんか可愛い)


 顔を真っ赤にして、ムキになって言い訳する彼女に、愛美は好感が持てた。

 いつもはツンとしていて澄ましているけれど、こういう姿を見ると「やっぱり彼女も一人の女の子なんだな」と思うから。


「――で、珠莉ちゃん。小説の感想は?」


「えっ? ええ、面白かったですわよ。私、あなたにこんな文才があったなんて驚きましたわ」


「あ……、ありがと。二人とも、読んでくれてありがと! わたし、さっそく明日の放課後、コレ文芸部に出してくるね!」


「そっか。あ、じゃああたしも付き合ったげるよ。一人じゃこころもとないっしょ?」


「いいの? さやかちゃん、ありがと!」


 頑張って書いた小説を、久しぶりにめてもらえた。しかも、親友二人に。

 愛美にはものすごく心強くて、「これなら本当にいけるかも!」と根拠のない自信が彼女の中にあふれてきていた。


****


 ――そして、翌日の放課後。


「じゃあ、さやかちゃん。ちょっと行ってきます!」


 文芸部の部室の前で、愛美は原稿が入った茶封筒を抱え、付き添ってくれたさやかに宣言した。


「うん、行っといで。あたしはここで待ってるから」


 さやかに背中を押され、部室のスライドドアを開けようとするけれど、ためらってしまう。


(うわぁ……、緊張するなあ。でも、頑張れわたし!)


 深呼吸して、もう一度スライドドアに手をかけた。


「……失礼しまーす」


「はい? ――あ、入部希望者?」


 出てきたのは、ポニーテールの落ち着いた感じの女の子。多分、三年生だと思われる。彼女の左腕には〝部長〟と刺しゅうが入った白い腕章がある。


「あ……、いえ。入部の予定はないんですけど。――あの、わたし、一年三組の相川愛美っていいます。コレ、短編小説のコンテストに出したいんですけど……」


 緊張でしどろもどろになりながら愛美は答え、抱えていた封筒を文芸部の部長に差し出す。


「ああ、コンテストの応募ね。ご苦労さま。確かに受け付けました」


 彼女は愛美から原稿を受け取ると、笑顔でそう言った。


「部外の人の応募って珍しいのよねー。応募要項には書いてあるんだけど、なかなかハードル高いみたいで。あなたの勇気、心から歓迎するわ。結果は一月に出るから、少し待っててね」


「はいっ! よろしくお願いしますっ! じゃ、失礼します」


 部室を出た愛美は、書き上げた時以上の達成感を感じながら、意気揚々ようようとさやかの元へ。


「おかえり。――ちゃんと渡せた?」


「うん! ちょっと緊張したけど、なんとか」


「そっか、お疲れ。よく頑張ったね、愛美! じゃあ帰ろ」


 実は、初めて上級生と話したのでものすごく勇気が要ったのだ。そんな愛美は、自分の頑張りをさやかがねぎらってくれたことがすごく嬉しかった。 


「結果は一月になるんだって」


 ――寮に帰る途中、愛美はさやかに文芸部の部長さんから聞いたことを伝えた。


「そっか。楽しみだねー」


「うん……。でもちょっと不安かな。だって、部外の人からの応募って珍しいらしいもん。いつも部活で書いてる人たちに比べたら、わたしなんか素人だよ」


 部長さんも言っていた。「部外の人からの応募はハードルが高いみたいだ」と。だから、結果が貼り出された時、その中に自分の名前があるという光景が想像できないでいるのだ。


「そんなことないよ。文芸部の部員っていったって、プロってワケじゃないっしょ? みんなアンタとおんなじ高校生なんだからさ。文章書くのが好きなのは変わんないじゃん。もっと自信持ちなって」


「……うん、そうだね」


 愛美は頷く。

 この高校に入れることになったのだって、〝あしながおじさん〟が自分の文才を認めてくれたからだった。それを、愛美自身が「自信がない」と言ってしまうと、彼に人を見る目がなかったということになってしまう。

 愛美が自分の文才に自信を持つということはつまり、「〝あしながおじさん〟の目は正しかったんだ」と肯定こうていすることになるわけで。


(こうして目をかけてもらった以上、ちゃんと認めてもらいたいもんね。おじさまだって、期待してくれてるワケだし)


 愛美だって、期待には応えたい。だからといって、その才能におごるつもりはない。もちろん、ずっと努力は続けていくつもりでいるけれど――。


「まあ、やれるだけのことはやったからね。あとは運任せってことかなー」


「そうなるね。あたしも、愛美が入選できるように一生懸命けんめい祈っとくよ。珠莉にも言っとくから」


「……うん、ありがと。そこまでしてくれなくてもいいけど、気持ちだけもらっとくね」


 ちなみに、さやかはクリスチャンでも何でもないらしい。珠莉はどうだか知らないけれど。    

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る