二学期~素敵なプレゼント☆ ②


 ――その二日後に無事珠莉がイタリアから帰国し、九月。二学期が始まった。


「――いやー、助かったぁ。愛美が宿題教えてくれたおかげで、あたしも恥かかずに済んだわ。ありがとね」


 三限目終了のチャイムが鳴るなり、さやかが愛美の席までやってきた。


「そう? 役に立ててよかった」


 始業式の日は授業がなく、ホームルームが終わるとあとは生徒たちの自由時間。寮にまっすぐ帰るもよし、街へショッピングに出るもよし。

 なので、さやかが愛美に放課後の予定を訊ねた。


「愛美、このあとどうする? 寮に帰る? それともどっかに買いもの行く?」


「う~ん。お買いものは行きたいけど、制服のまんまはちょっと……。一度寮に帰って着替えて、お昼ゴハンが済んでからにしようよ」


 他の同級生は、何の抵抗もなく制服のままで街にり出しているらしいけれど。愛美はそれに抵抗があるのか、まだ慣れないでいる。

 服を着替えることで、学校とそれ以外のスイッチを切り替えたいのかもしれない。


「あたしはどっちでもいいけど……。愛美がそうしたいんなら、あたしもそうするよ。ねえ、珠莉も行く?」


 さやかはいつの間にか近くに来ていた珠莉にも話を振った。


「お二人が行くのなら、もちろん私もご一緒するわ」


 珠莉という子は初対面の時はツンケンしていて、あまり好きになれないタイプだと愛美は思っていたけれど。半年近く付き合ってきて分かった気がする。

 本当の彼女は、淋しがり屋なんだと。――そう思うと、彼女に対する反感とか苦手意識がなくなってきた。


「うん。じゃあ三人で行こう」


「しょうがないなぁ。愛美がそう言うんなら」


 さやかもやっぱり、なんだかんだ言っても愛美と仲良しでいたいし、珠莉との距離も縮めようと努力しているんだろう。


 ――というわけで、この日の放課後は三人で、街までショッピングに繰り出すこととなった。


 三人は教室を出て、寮に向かうべく校舎二階の廊下を歩いていく。

 その途中、文芸部の部室の前を通りかかると――。


「……ん? 見て見て、愛美! コレ!」


 さやかが一枚の張り紙の前で立ち止まり、愛美に呼びかけた。


「どしたの、さやかちゃん? ――『短編小説コンテスト、作品募集中』……」


 愛美の目も、その張り紙に釘付けになった。

 それは、この学校の文芸部が毎年秋から冬にかけて行っている短編小説のコンテストの張り紙。よく読んでみると、「部員じゃなくても応募可」とある。


「ねえ愛美、ダメもとで出してみなよ。どうせ小説書くんなら、何か目標あった方が張り合いあるでしょ? チャレンジしてみて損はないと思うよ」


「そうねえ。愛美さんのお書きになる小説を読んでもらえる、いいキッカケになるかもしれないわよ?」


 二人の友人に勧められ、愛美は考えた。


(わたしの書いた小説を、読んでもらえる機会……)


 中学時代は文芸部に入っていて、部誌に作品を載せていたから、多くの人の目に自分の作品が触れる機会があった。そのおかげで〝あしながおじさん〟の目にも止まり、愛美は今この学校に通えている。

 それに、施設の弟妹たちに向けてもお話を書いて読ませてあげていた。


 高校に入ってから約半年、やっとめぐってきた機会だ。乗るかそるか、と訊かれれば――。


(もちろん、乗るに決まってる!)


「うん。――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、これに挑戦してみる!」


 愛美は二人の友人に、高らかに宣言した。


「愛美っ、よくぞ言った! 頑張ってね!」


「私も応援するわ! 頑張って下さいな」


「うん! 二人とも、ありがと! わたし頑張って書くね!」


 張り切る愛美は、このあと街で買うものを決めた。


(原稿用紙とペンがるなあ。あと、資料になる本も)


 当初の予定では、秋物の洋服や靴だけを買いに行くつもりでいたのだけれど。これで立ち寄る店が二軒増えた。


「ねえねえ、百円ショップと本屋さんに寄らせてもらっていい?」


 原稿用紙とペンなら文房具店で買うよりも百均の方が安上がりだし、本は図書館で借りるよりも買ってしまった方が返却する手間がはぶける。


「いいよ。じゃ、十二時に食堂に集合ね」


「うん、分かった」


****


「――それにしても、スゴい荷物だねえ……。愛美、重たくないの?」


 すべてのショッピングを終えて寮に帰る途中、重そうな袋をいくつも抱えた愛美に、さやかが心配そうに訊ねた。


「うん……、大丈夫!」


 愛美は気丈に答えたけれど、本当はものすごく重かった。

 五十枚入りの原稿用紙が五袋とペンが入っている百円ショップの袋と、資料にしようと買い込んだ本が何冊も入っている書店の紙袋、それプラス洋服や靴などが入った紙袋。

 重いけれど、どれも必要なものだから愛美は自分で持って帰りたいのだ。


「あたし、どれか一つ持ってあげようか? ムリしなくていいから貸してみ」


「…………うん、ありがと。お願い」


 少し迷った末、愛美はさやかの厚意に甘えることにした。本の入った紙袋を彼女に手渡す。


「愛美ってば、友達に意地張ることないじゃん。こういう時は、素直に頼ればいいんだよ」


「うん……。でもわたし、『周りに甘えてちゃいけない』って思ってるの。だから、今のこの状況も実は不本意なんだよね」


 愛美には身寄りがない。〝あしながおじさん〟だって元をただせば赤の他人。いつまでも頼るわけにはいかない。――だから彼女は、「早く自立しないと」と思っているのだ。


「んもう! 愛美はいいコすぎるの! まだ子供なんだから、もっとワガママ言っていいんだよ? 『ツラい』とか『淋しい』とかさあ。あたしたちにはどんどん弱音吐いちゃいなよ」


 さやかが姉のように、愛美をさとす。

 彼女は頼られる方が嬉しいんだろう。だから、もっと愛美に「頼ってほしい」と思っているのかもしれない。


「そうですわよ、愛美さん。困っている時に誰かを頼ったり、甘えたりできるのは子供だけの特権ですわ」


「それに、おじさまだって愛美に『甘えてほしい』って思ってるかもよ? わが子も同然なんだし」


「……うん、そうだね」


 と頷いてはみたものの。これまでつちかわれてきた性格というのは、なかなか直らないものである。

 そして彼女の〝甘え下手な性格〟が、この先彼女自身を苦しめてしまうことになるのだけれど、それはさておき。


「――さて、ボチボチ帰ろっか。それともどっかで一休みして、お茶でもしてく?」


「そうですわねえ。それなら私、いいお店を知ってますわよ」


(お茶……)


 盛り上がっている二人をよそに、愛美はその一言に過剰かじょうに反応してしまった。初めて純也と二人でお茶した日のことを思い出し、彼女の顔はたちまち真っ赤に染まる。


「……ん? 愛美、どした? 顔赤いけど」


「…………なんか今、純也さんのこと思い出しちゃった」


「あらまあ、叔父さまのことを?」


 珠莉が目を丸くした。けれど、気を悪くした様子はない。


「うん……」


「恋するオトメは大変だねえ」と、さやかは笑った。


「オッケー。お茶は寮に帰ってから、ウチの部屋でやることにして。帰ろ。その代わり――」


「えっ?」


「愛美が書こうとしてる小説の構想、聞かせてよ。……あっ、もしかして恋愛小説書くつもりだったり?」


 さやかが愛美をからかってきた。ただし、彼女に悪意はない。女子高生は、人の恋バナを聞きたがるものである。


「ぇえっ!? まだ何にも決まってないよ、ホントに!」


 恋愛小説なんて、今の愛美に書けるわけがない。今まで恋愛経験が全くないんだから。


「あー、そっか。今が初恋だったね。でもさ、これで恋愛小説も書けるようになるんじゃないの?」


「…………まあ、そのうちね。考えとく」


 さやかに食い下がられ、愛美はそう答えた。

 今も想像でなら、書けないこともないかもしれないけれど。とりあえず今は自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいで、この経験を小説にしようなんて発想は浮かばないのだ。


「うん……、そっか。まあ、今回はどんなの書くかわかんないけどさ、頑張ってね。書けたらコンテストに出す前に、あたしたちに一回読ませてよ」


「私も読んでみたいわ。楽しみにしてますわよ」


「うん、もちろん!」


 小説というのは、自己満足で終わってはいけないと愛美は思っている。

 自分では「いい作品が書けた」と思っていても、客観的に読んで評価してくれる人に一度は読んでもらわないと、それが本当に〝いい作品〟かどうか分からないのだ。

 親友になりつつある二人が最初の読者になってくれるなら、これ以上喜ばしいことはない。


「その代わり、忖度そんたくナシでズバズバ批評ひひょうさせてもらうから。覚悟しといてね」


「ええ~~~~!? お手柔らかにお願いっ!」


「ハハハッ! 冗談だよ、冗談っ! ――さ、帰ろっ」


 愛美のブーイングをさやかが笑って受け流し、三人は改めて寮への帰路きろについた。


****


 寮のさやかたちの部屋でお茶を飲み、自分の部屋に帰ってきた愛美は、荷物をすべてしまい終えると机に向かった。

 開いたのは買ってきたばかりの原稿用紙……ではなく、ネタ帳兼メモ帳として使っているあのノート。開いたページには、夏休みに千藤農園で書き留めてきた小説のネタがビッシリだ。


「よしっ! 書こう」


 まずは真新しいノートに、プロットを作成する。

 書こうと決めたのは、子供時代の純也さんのエピソードをもとにした短編である。都会で育った男の子が、あるキッカケで農園で暮らすことになり、そこで色々な初めての〝冒険〟をする、というストーリーだ。


 愛美があの時に感じたドキドキ感を、そのままこの小説の主人公に投影しようと思ったのだ。……もっとも、愛美自身は元々都会っ子ではないのだけれど。


(このプロットがひと段落ついたら、おじさまに手紙書こう)


 無事に寮に帰ってきたこと、二学期が始まったこと、小説のコンテストに挑戦することを報告しなきゃ。愛美はそう決めた。


****


『拝啓、あしながおじさん。


 お元気ですか? わたしは今日も元気です。

 夏休みも終わって、寮に帰ってきました。そして今日から二学期です。

 先生たちが「二学期から勉強が難しくなるよ」って言ってたので、わたしもほんのちょっとだけ不安です。本当に、ほんのちょっとだけ。

 おじさまに、わたしから一つご報告があります。さやかちゃんの勧めで、わたしは毎年この学校の文芸部が行ってる短編小説コンテストに挑戦することにしました! いよいよわたし、作家への一歩を踏み出したんです!

 このコンテストは文芸部員じゃなくても応募できるそうで、わたしも部員じゃないけど出すことにしたんです。入選したら、賞金も二万五千円出るそうです。

 題材は、千藤農園でお世話になってる時に書き溜めておきました。

 豊かな自然、農園での生活風景、農作業、それから子供の頃の純也さんのこと。これを全部組み立てたら、「都会育ちの男の子が初めて暮らすことになった農園での冒険」のお話ができました。

 まだプロットができたところですけど、これから頑張っていい小説にします。

 書きあがったら、まずはさやかちゃんと珠莉ちゃんに読んでもらうことになってますけど、ぜひおじさまにも読んで頂きたいです。

 また進み具合をお知らせしますね。ではまた。    かしこ


    九月一日             愛美           』   

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