二学期~素敵なプレゼント☆ ①
――夏休みが終わる一週間前、愛美は〈双葉寮〉に帰ってきた。
「お~い、愛美! お帰り!」
大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。
「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」
「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」
さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の
愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。
「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」
「へえ、よかったね」
「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」
「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」
〝
「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」
施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。
「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」
彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。
「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」
「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」
「……………………うん」
さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。
(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……)
純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを
ちなみに、あの家の屋根裏で見つけた本は、そのままもらってきた。「愛美ちゃんが気に入ったなら、持ってっていいわよ」と多恵さんが言ってくれたからである。
「――あ、ねえねえ。このノートなに?」
荷解きを手伝い始めたさやかが、愛美のスポーツバッグから一冊のノートを取り上げた。
「ああ、それ? 小説のネタ帳っていうか、メモっていうか。これから小説書くときに参考になりそうなこと、色々と書き
「小説? 愛美、小説書くの?」
さやかが小首を傾げる。
(……あ、そういえばさやかちゃんにも珠莉ちゃんにも、まだ話してなかったっけ。わたしが小説家目指してること)
入学してそろそろ五ヶ月になるのに、自分の大事な夢をまだ友達に話していなかったのだ。
「うん。実はわたし、小説家になりたくて。中学時代も文芸部に入っててね、三年生の時は部長もやってたんだよ」
「へえ、そうなんだ? スゴイじゃん! 頑張って! 愛美の書く小説、あたしも読んでみたいなー」
夢とかいうとバカにされるこのご時世に、さやかはバカにすることなく、素直に応援してくれた。
「うん! いつか読ませてあげるよ。わたし、頑張るね!」
純也さんに夢を応援してもらえることも嬉しかったけれど、親友のさやかというもう一人のファンができたこともまた、愛美は同じくらい嬉しかった。
(よし、頑張ろう! 二人に喜んでもらいたいもん)
夏休み前まではこの学校に慣れること・流行に追いつくことで精いっぱいで、小説を書くヒマなんてなかった。
でも、半年近く経った今は少し時間的にも心にもゆとりができてきたから、書き始めるにはちょうどいい時期かもしれない。
「――あ、そうだ。ご家族の写真、送ってくれてありがとね」
さやかは夏休みの間に、約束通り愛美のスマホにメッセージをくれた。キャンプ先で撮った、家族全員の写真を添付して。
『これがウチの家族全員だよ('ω')』
そんなメッセージとともに送られてきた写真には、さやかと彼女の両親・大学生くらいの兄・中学生くらいの弟・幼い妹・そして
「いやいや、約束してたからね。ウチ、家族多くて驚いたでしょ?」
「うん。今時珍しいよね。あれで全員なの?」
「そうだよ。あと、ネコが一匹いる」
「へえ……、ネコちゃんかぁ。可愛いだろうなぁ」
ちなみに祖母は父方の祖母で、祖父はすでにこの世にいないらしい。
「わたし、普通の家庭って羨ましい。将来結婚して家庭を持ったら、そんなあったかい家庭にしたいな」
あの写真からも、牧村家の温かさが伝わってきた。さやかの家は、愛美の理想とする家庭そのものだ。
「それ言うんなら、あたしはアンタの方が羨ましいよ。兄弟姉妹がいっぱいいるじゃん」
自分だって四人
「まあ……、そうだけど。さやかちゃんのとこだって兄弟多いじゃん。お兄さんいるんでしょ?」
愛美は施設を卒業する時、一番上のお姉さんだったのだ。下の年齢の子たちの面倒を見るのは、楽しかったけれど大変でもあった。
上にもう一人兄弟がいる
「まあ、いるにはいるんだけどさあ。
「…………あー、そうなんだ……」
(さやかちゃん……、わたしにグチられても……)
兄弟のグチをこぼされてもどう反応していいか分からない愛美は、苦笑いで相槌を打つしかなかった。
「――あれ? さやかちゃん、そういえば珠莉ちゃんは?」
愛美は話題を変えようと、さやかのルームメイトであるお嬢さまの名前を持ち出した。
彼女がなかなか自分の部屋に戻ろうとしないのは、珠莉がいないからだろうと思ったのである。
(最初は仲悪そうだったけど、この二人って意外と気が合うんだよね……)
この半年近く、隣室の二人を見てきたからこその、愛美の感想だった。
「ああ、珠莉? 帰国は
さやかはデニムのハーフパンツのポケットからスマホを取り出し、珠莉から届いたメッセージの画面を表示させる。
『さやかさん、お元気? 私は今、ローマにおりますの。日本に帰国するのは明後日になりますわ。でも二学期のスタートには間に合わせます』
「……だとさ。だからあたし、明日まで部屋で一人なの! ねえ愛美、お願い! 明後日の朝まで、この部屋に泊めてくんない?」
「えー……? 『泊めて』って言われても」
さやかに
「わたしは……、そりゃあ構わないんだけど。いいのかなぁ? 勝手にそんなことして。晴美さんに怒られない?」
もちろん、愛美自身は親友の頼みごとを聞き入れてあげたい。けれど、寮のルールでは「他の寮生の部屋に泊まってはいけない」ことになっているのだ。
真面目な愛美は、そのルールも破るわけにはいかないのである。
「だよねえ……。でもさ、晴美さんの許可が下りれば……って、下りるワケないか」
寮監の晴美さんは普段は気さくな人柄で、温厚な性格から寮生に慕われてはいるのだけれど。ことルールに関しては厳しいのだ。
「……いいや。ムリ言ってゴメン。愛美が悩む必要ないからね」
「うん。わたしこそゴメンね。ホントはさやかちゃんとこの部屋で寝るの、楽しみだったんだけど」
同い年の女の子、それも親友とのピロートーク。これまで年下の子たちとしか同室になったことがない愛美の、密かな憧れだった。
「そうなんだ? じゃあさ、来年は一緒の部屋にしようよ」
「うん! そうしよ!」
(来年の部屋替えでは、さやかちゃんと同室にしてもらえるようにお願いしてみよう。それまでは淋しいけど、一人部屋でガマンガマン!)
愛美に、次の学年に向けての一つの楽しみができた。
(……あ。もしかしたら、珠莉ちゃんも「さやかちゃんと同室がいい」って言うかも。そしたら三人部屋か……)
ちなみに、一年生の部屋が並ぶこの階には三人部屋はないけれど、二年生から上の学年のフロアーには三人部屋が何室かあるらしい。
(ま、いっか。賑やかな方が楽しいし)
愛美は来年度、三人部屋になる可能性を前向きに考えた。
彼女は元々、どちらかといえばポジティブな方なのだ。落ち込むことがあったとしても、すぐにケロリと立ち直ることができる。愛美の自慢の一つである。
「――んじゃ、あたしはそろそろ部屋に戻るわ。荷解き、あとは一人で大丈夫?」
さやかは愛美の荷物をしまうのをだいぶ手伝ってくれ、ほとんど片付いた頃にそう訊ねた。
「うん、ありがとね。助かったよ。―—あ、そういえばさやかちゃん。夏休みの宿題、もう終わった? わたしは全部終わらせたけど」
「それがねぇ……、数学の宿題が全っっ然分かんなくて。愛美、明日でいいから教えて?」
「いいよ。わたしでよければ」
「サーンキュ☆ じゃあ、また晩ゴハンの時に食堂でね」
愛美が頷くと、さやかは淋しそうにルームメイトがまだ戻っていない自分の部屋に帰っていった。
――一人になった部屋で、愛美は半袖のカットソーから伸びた自分の細い腕をまじまじと眺めた。
「わたし、あんまり焼けてないなあ」
幼い頃から愛美は色白で、夏に外で遊んでもあまり日焼けしなかった。それが元々の体質のせいなのか、育った環境によるものなのかは彼女自身にも分からない。
夏休みに海へ行ったという友達は真っ黒に日焼けしていて、「健康的でいいなあ」と愛美は羨んだものである。
農園へ行って毎日健康的に夏を過ごせば、自分もこんがりいい色に日焼けすると思っていたけれど――。
「……まあいっか。日焼けはオンナのお肌の天敵だもんね」
あとからシミやそばかすとして残ることを思えば、焼けない方がよかったのかもしれない。
「――さて、片付けが終わったらまたあの本読もうっと。それまでもうひと頑張りだな」
愛美は腰を上げ、残りの荷物の片付けに取りかかった。
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