寝たフリをすると学園のアイドルにお持ち帰りされる件

しゆの

学園のアイドルと一緒に寝たら愛を囁かれた

「眠い……」


 午後の授業をサボって寝るために佐々木悠真ささきゆうまは保健室に向かっていた。

 毎日というわけではないが、たまにサボらせてもらいに保健室のベッドで寝るのだ。

 強い日差しが当たる窓際の席に座っていてまともに授業を受けれるわけがない。

 高校生になってサボりたいと思う人は結構多いだろう。

 保険医はかなり緩い先生のため、悠真がサボろうと何も言ってこないから助かっている。


「先生、寝かせてもらいますね」


 ドアを開けて入ると先生は見当たらなかった。

 保険医であってもずっと保健室にいるわけでもないし、どこか別のとこにいるのだろう。


「あれ……」


 この保健室にはベッドが三つあるのだが、いつも悠真が使っているベッドは他の人に占領されていた。

 掛け布団を肩まで被っていて長い髪のせいで顔は良くわからないが、恐らく……いや、確実に女子だろう。

 六月になって一気に気温が上がったために体調を崩してしまったのかもしれない。

 悠真が近づいても何も反応がないので眠っているのだろう。


「まあいいや」


 誰が寝ていようと……いや、むさい男が寝ていない限り、悠真は絶対に同じベッドで寝るようにしている。

 たとえ女子が寝ていようと関係ないので、いつもと同じベッドに入って睡眠を取ることにした。


「狭い……」


 元々一人用のベッドのため、男女二人で寝るとかなり密着しなくてならない。

 保健室にいるのだし彼女は体調を崩している可能性はあるが、悠真にとってそんなことどうでも良かった。

 いかにいつものベッドで気持ち良く寝るかしか考えていないからだ。


「よし、抱き枕にしよう」


 ギュッと彼女のことを抱き締め、悠真は眠りについた。


☆ ☆ ☆


「え? え?」


 驚いたような声が発せられたために悠真は起きたが、目を開けずに寝たフリをしていた。

 本当は先に起きてベッドから出ていくつもりだったが、彼女が先に起きてしまったので寝たフリをするしか選択肢がなかったからだ。

 付き合っていたり幼馴染みのように親しい関係だったら起きても良かったかもしれない……でも、悠真は彼女と面識はあっても深い関係ではない。

 だから今は彼女を抱き締めたまま寝たフリをしていた。


 声を聞いて彼女が誰か分かり、同じ二年二組の茅野亜里菜かやのありなだ。

 しかも学園のアイドルと呼ばれるくらいの美少女で、学校の男子から絶大な人気を誇る。

 腰まで伸びているサラサラな亜麻色の髪はきちんと手入れされていて綺麗だし、長いまつ毛にライトブラウンの大きな瞳、桃色の潤った唇、色素が薄い透けるような白い肌は学園のアイドルと言われるに相応しいだろう。


 もしかしたら寝る前に亜里菜と分かっていれば、悠真が一緒のベッドに眠ることはなかったかもしれない。

 半ば無理矢理といえ学園のアイドルと一緒に寝ることがバレれば、学校の男子から嫉妬されること間違いないからだ。

 だけど亜麻色の髪の人は他にもいるため、悠真は亜里菜だと気づかなかった。


 恐らく起きてすぐは状況を掴めなかっただろうが、少し彼女は誰かに抱き締められていることに気づいたのだろう。


「んしょ、んしょ……」


 亜里菜が体が動いているのは抱き締められているのをほどこうとしているのか、それとも一緒にベッドにいる人を確かめようとしているのかは、目を閉じている悠真には分からない。

 吐息が感じられるくらい近く、少し動いたらキス出来る距離だろう。


「あ……佐々木くん」


 どうやら後者らしく、亜里菜はこちらを向いたようだ。

 一緒に寝ているのが男子だと分かっても、何故か亜里菜が逃げるということはなかった。

 相手が寝ていて何もされることがないと分かって少し落ち着いたのかもしれない。


「抱き締められたのが佐々木くんで良かった。他の人なら問答無用で警察に通報してましたね」


 思ってもいない言葉に、悠真は心の中でえ──? となった。

 思わず声を出しそうになったが、何とか我慢をして寝たフリを続ける。


(他の人は通報するってことは俺だけ大丈夫なのか?)


 そんなことを思うと悠真はどうしようか迷ってしまった。

 何で自分だけ大丈夫なのか分からなかったからだ。


 今の悠真に出来ることは二つで、亜里菜が自分から離れてくれるのを待つか、自分から起きて彼女に謝るか、のどちらかになる。


 亜里菜の反応を聞く限り怒っていなそうなので起きることは出来そうであるが、このまま寝たフリをしているのもいいと思ってしまった。

 抱き枕みたいに抱き締めているのが気持ちいいからではなく、単に亜里菜が何をしてくるか気になったからだ。


「まだ寝てますよね?」


 ツンツン、と指で頬をつつかれた気がした。

 抱き締められているとはいえ、どうやら手は自由に動かせるらしい。


「今年の春に佐々木くんは私を助けてくれましたよね」


 寝ているのを確認したであろう亜里菜は、二年生になってすぐの出来事を話してきた。


 確かに悠真は亜里菜のことを助けたが、ドラマやアニメように悪人から救ったわけではない。

 一年の三学期から少しサボっていた悠真が保健室に向かおうとしたところ、体調を悪そうにしている亜里菜がフラフラしながら歩いていたのだ。

 流石に体調を悪そうにしている亜里菜を放っておくわけにはいかず、悠真は彼女に肩を貸して一緒に保健室まで行った。


「男の人とあんなに密着したのは初めてなんですよ。凄く暖かくて、あれ以来佐々木くんのことが忘れられません」


 どうやら助けたことで少し好意を持たれてしまったらしい。

 体調が悪い時に温かい人肌を感じたら何かしら思うことだってあるだろう。


「そして今日抱きしめられてハッキリとしました。私は佐々木くんのことが大好きだと」


 訂正、少しじゃなくて完全に惚れられてしまった。

 可愛い女の子に好意を持たれるのは嫌ではないが、別に好きになってほしくて助けたり抱き締めたわけじゃない。


「愛してますよ。んちゅ……」


 頬に柔らかくて温かい感触に襲われて瞼を開けると、亜里菜と目が合った。

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