魔王の匙加減

@lazymachine

第1話 旅立ちの日

 これは、父親を殺した魔王を倒すために旅に出る勇者の物語である。

 しかし、魔王は勇者の父親を殺していない。


 * * *


 物語はいつも、聴く者をわくわくさせる壮大な音楽とともに始まる。


 * * *


 ここは城下町アレフガ。大陸のやや北に位置し、立派な石造りのアレフガ城と特徴的な二重の堀を中心として、その周囲に市街地が広がっています。城へと続く大通りには街路樹が植えられ、住宅街に並ぶ家の庭先には、四季折々、色鮮やかな花が咲いています。

 この美しい街に一組の母子が住んでいました。少年の名はのぶお。のぶおは幼いころに父を仕事中の事故で失い、それからは母が女手ひとつで彼を育ててきたのでした。父が亡くなったのは、のぶおが物心が付くより前の事だったので、のぶおは自分の父親の顔も声も覚えていませんが、それでも、父の強さと母のやさしさの両方をしっかりと受け継ぎ、今日まで成長してきました。


 のぶおの運命が大きく動いたのは、庭のタンポポとスイートピーが可憐な花を輝かせる季節、のぶおが16歳になった誕生日の夜のことでした。


「ごちそうさま!」

 夕食のブラウンシチューとライ麦パンを食べ終えたのぶおに、母は話し始めました。

「のぶお、お誕生日おめでとう。母さんね、のぶおが16歳になったら、言おうと思っていたことがあるの」

「え、何?」

 のぶおの母は神妙な面持ちで話を続けました。

「あなたのお父さんのことよ。今まで、のぶおには、お父さんは仕事中の事故で亡くなったって言ってきたけど、本当はそうじゃないの」

 のぶおは母の告白に戸惑いました。

「えっ? お父さんはお城の石垣のを直す工事中に落下して亡くなったって。街の人ももそう言ってたじゃないか?」

 のぶおがまだ母に背負われていた頃、腕の立つ石工だったのぶおの父は、アレフガ上の石垣の補修工事に携わっており、ある日、石垣に登って作業をしていた際に足を滑らせ落下してしまい、運悪く堀の水は工事のために水が抜かれてたため、地面に打ち付けられた父はなくなってしまったのだ、とのぶおはこれまで聞かされてきました。

「今まで、私も周りの人もそう言ってきたけど、本当はそうじゃないの。驚かないで、と言っても無理かもしれないけど、実は、その昔、この街にモンスターの群れが襲ってきたの。のぶおがまだ赤ちゃんだったころの話だから、記憶にないかもしれないわね。その時、お父さんは、私とあなたを守るために、モンスター相手に勇敢に戦いを挑んだの」


 この街はかつて、魔王が率いるモンスターの集団に襲来されたのです。アレフガ軍の兵士だけでなく、街の男たちも手に武器を取り、勇敢に戦いましたが、次から次へと襲い掛かるモンスターたちはとても凶暴で、多くの住民が命を落としました。のぶおの父もその一人でした。

「父さんはモンスターにやられたの?」

「いいえ。父さんは強い人だったから、たくさんのモンスターをやっつけたわ。でも、そんなモンスターの大軍を率いる魔王に……。お父さんは魔王に殺されてしまったの」

 まさかの事実を告げられてのぶおはショックを隠せませんでした。思わず感情的になり、声を荒げてしまいました。

「どうして!? どうしてそれを今まで隠してたの? どうして本当のことを言ってくれなかったんだよ」

「これまでずっと本当のことを隠してきたのは申し訳ないと思っているわ。でも、のぶおはお父さんと同じで正義感の強い子だから……。本当のことを話すときっとすぐにでも魔王のところへ復讐に行くんじゃないかと心配だったの……。だから、街の人たちと相談してモンスター襲来のことや魔王のことは話さないでおこうと、そう決めたの」

「そんな……」

 のぶおは突然知らされた真実に、どうして振る舞っていいか分からずにうつむいていました。

「でもね、のぶおも今日で16歳になったから、もう一人前の大人よ。だから、今日、こうやって父さんの本当のことを話すことにしたの。ごめんね、今まで嘘をついてきて。でも、これから先、どう生きるかは、あなた自身が考えて決めていいのよ。母さんは、あなたに復讐になんて行ってほしくなんてないわ。そんな危険なことをせずに平和にこの街で暮らしてほしいと思ってる。でも、一人の大人として、あなたがどんな決断をしようとも、母さんはあなたの考えに反対はしないわ」

「父さんが、魔王に……」

「いまこの場でこれからのことを決める必要もないから、今日はもうゆっくりと寝なさい」


 母から父についての衝撃的な事実を告げられて、のぶおは困惑し、その夜はなかなか眠る気になれませんでした。ベッドに入って目をつむっても、寝付くことができずに何度も寝返りを打ちました。やっと眠りについた後も、夢の中では、真っ黒で巨大なの魔王の影が襲い掛かってくる光景が何度も繰り返されました。


 翌朝、起きてくるなり、のぶおは母に、旅に出ることを伝えました。

「母さん、おれ、一晩考えて決めたんだ。父さんの仇を取るために旅に出ようと思う」

 柔らかな陽光が射し込む窓の外には、若葉が育ち始めた庭木が見えていました。枝でさえずる小鳥の声が部屋の中にも聞こえてきました。

「やっぱり、そうすることに決めたのね」

 のぶおがどんな決断をしようとも受け入れるつもりだった母でしたが、やはり、いざ旅立つと告げらると、不安と心配を感じずにはいられませんでした。そんな母の心境を察したのか、のぶおは、

「でも、今はまだそんな力もないし、魔王がどこにいるかも、どんな奴なのかも、何も知らないから、まずはこの国を旅してみて、もっと自分を成長させようって思うんだ」

 この家で食べる最後の朝ごはんの後、のぶおは旅の準備をして、母に別れの挨拶をしました。

「じゃあ。母さん、おれ、きっと魔王を倒して帰ってくるから」

 16才になり、我が子が家を出ることはアレフガではよくあることでしたが、冒険の旅に、それも他でもない魔王を倒す旅に出るとなれば、たった一人の親として心配してしまうのは当然でした。息子が自分の元を離れる寂しさと、そしてこれから先の危険な旅への心配を、母は本人には気付かれないよう、精いっぱい気丈に振る舞い、わが息子を送り出しました。

「のぶお、まずは王様のところに行って旅に出ることを伝えなさい。王様ならきっとなにか良いアドバイスをくださるに違いありません」

 穏やかな音楽のような朝の雰囲気が家の中に漂っていました。

 玄関の扉を開けて、自宅を出た後、のぶおはすぐに戻ってきて、家の中の引き出しをくまなく調べました。やくそうと、どくけしそうを見つけました。


 のぶおが暮らすアレフガの街の中央にそびえる立派なアレフガ城には、この街を治める王様が住んでいました。アレフガの街の歴史は長く、街を守り発展させてきた歴代の王同様に今のアレフガ王も人徳のある優れた為政者であり、人々からあまねく尊敬を受けていました。

 自宅を出て、自宅に戻り、自宅を出たのぶおは通りを東に進み、角を右へ曲がり、南に進み、角を右に曲がり西に進んで、母の忠告通り、王様に旅立つことを告げるために、このアレフガ城へとやって来ました。二重の堀に掛かる太鼓橋を渡り、正面の門から城に入ると、美しく荘厳に輝く大理石の柱と床、そして豪華なシャンデリアで飾られたエントランスを抜けて、住民にも解放されている一階のロビーをまっすぐ進むと思いきや、ロビーの壁際に飾られている壺の中を調べました。全部で4つある壺の中から、5ゴールドとやくそうを見つけて、自分のものとしました。

 ロビーの奥にある赤いじゅうたんが敷かれた階段を上り、まっすぐ進んだ先に王の間がありました。16歳の地位も名誉もない若者がどうして王の間へとすんなり入れるのかという点については明確な答えはありません。あえて言うとすれば、母が「王様に会いなさい」と言ったからであり、王に会わなければ話が進まないからです。事を進めたい誰かがどこかにいるのです。母が手筈を整えたというよりも、母が言ったという事実そのものによって、のぶおが王様に会えるようになったのです。目には見えない動線が、あるいは導線が引かれていて、のぶおは無意識のうちに誘導されつつ、寄り道することなく王様のもとへとやってきたのです。


 クラシック調の音楽の雰囲気が漂う王の間の一番奥で、両脇に家臣を従え、座り心地のよさそうなワインレッドの別珍張りの椅子に腰かけている、冠を被った白髪初老の男性が現アレフガ王です。アレフガが街であるのか国であるのかは曖昧です。

「おお、のぶおよ、勇敢なる戦士の息子よ。よくぞまいられた」

 のぶおは誰に教えられたわけでもないのに、片膝をつく敬意のポーズを取ってから、王様に話しかけました。

「王様、私は、父を殺した魔王を倒すべく、旅に出ることにしました」

「なんと、母君からお父さんのことを聞いたのかね。君の父は実に立派に戦った。モンスターたちにもそして魔王に対しても一歩も引くことなくじゃ。残念ながら君のお父さんは命を失ってしまったが、何者にも勝る勇敢さであった。彼の息子ならばおぬしもきっと勇敢に違いない。しかし、魔王は強大な力を持っておる。わしが率いるこの国の兵士をもってしても倒すことはむずかしいであろう。おぬしの勇敢なる決断は尊重したいが、簡単に送り出すわけにはいかん。もう一度聞くが、本当に魔王を倒すための旅に出るのだな?」

 のぶおは『はい』と『いいえ』の二つの選択肢を頭に思い浮かべ、「はい」と答えました。

「よかろう、ならば、この街の城壁の北の門を特別に開けることとしよう。あの門を抜ければその先はモンスターが徘徊する危険な草原である。まずは、街の店で武器や防具をしっかり準備してから、旅立つのじゃぞ」

 そういって王様はのぶおに300ゴールドを手渡しました。のぶおの隣にいた補佐官らしき人物に話しかけると、「旅立ちの準備ができたら、北の門の門番に話しかけてください」と答えました。

 王様の話を聞き終えたのぶおは王の間をうろつき、玉座の後ろや、飾られている壺の中を執拗に調べましたが、何も見つかりませんでした。


 * * *


 かつて、この世界を創造した神は、まず、世界を作ると決めて、次に、勇者という存在を思いつき、そして空間そのものを生み出した。その後、ひとつの惑星の表面に広がる土地と海を描いて、いずれ起こるであろう出来事や物語に思いを巡らせたのち、四種類の生命を生み出した。すなわち、人間、動物、モンスター、メタモンスターである。

 四種類の生命のうち、人間は長い時間の進化の過程で高い知能を獲得し、それによって機械を発明し、都市を築き、産業を興し、文明を発展させてきた。人間同士が殺し合うことで、特定の文明や種族や人種を滅ぼしてしまうという悲劇も経験したが、結果としては、多くの土地を人間のものとして切り拓き、いまや、この世界を支配するようになった。

 人間がおおよそひとつの種に集約されるのに対して、動物は、進化の過程で数えきれないほどの種に分岐し、それぞれが多様な環世界を作り上げてきた。人間にとって動物は、豊穣で深遠な自然と接点である。また、野生動物の恐ろしさも含めて、人間は、動物の神聖さに畏怖し、信仰の対象としてきた。多くの神話に動物が登場し、人間と動物が融合された形で描かれる場合もある。動物は、愛玩の対象や産業の一翼を担う家畜として人間とともに暮らしている種も多い。動物が人間のことをどう思っているかは分からないが、人間から見て、人間と動物の関係は良好であった。かつては人間も動物の一種類であり、進化の過程で別れていったのかもしれないが、その点は描かれていない、主語と目的語を省略された形で。

 モンスターは純粋な凶暴である。野生の動物の恐ろしさが畏怖と結びつくのに対して、モンスターの凶暴さは人間や動物に対して、全き受け入れがたきものである。モンスターは自分たちが生き延びるためにだけでなく、暴力の欲求を満たすために、人間や動物を襲う。侵略や強奪が目的ではなく、破壊と殺戮のために他者を襲うのがモンスターである。文明が発達した今も人間にとってモンスターは恐怖の対象であり、モンスターの侵入を防ぐために、多くの街は周囲に高い壁を築いている。


 メタモンスターは人間を襲うことはなく、その姿を見たことがある人間はおそらくいない。もし目にしたとしても、見た目はモンスターと区別が付かず、メタモンスターと認識することは出来ない。なぜなら、メタモンスターのことを、人間と動物とモンスターは知らないからである。

 メタモンスターは、他の生物が容易には辿り着けない絶海の孤島に棲んでいる。島の周囲は断崖絶壁に囲まれており、常に荒波が打ちつけ、周辺の気象に関係なく竜巻や嵐が始終発生している。夜ごと雷鳴が響き渡り、断崖の絶壁からは黒いガスが噴出している。地表に生命の痕跡はなく、草の一本たりとも生えていない、まさに死の島である。渡り鳥にとって、そのロケーションは外洋にぽつんと存在する貴重な泊まり木になり得たが、恐ろし気な雰囲気を察知してか、決して近づくことがなかった。

 その島のほぼ中央にメタモンスターの根城があった。石造りの外壁は潮風と嵐によって荒れ果てて、そのひび割れから黒い正体不明の靄が洩れていて、その様子が島と根城の不気味さを増加させていた。普通の人間や動物、あるいはモンスターであっても、この根城に近づくだけで毒気に侵され発狂してしまうであろう異様さであった。


 こんな凄まじい環境に潜むメタモンスターではあったが、高い知能を持ち、人間と同じく神の存在を信じていた。彼らが信じている神は、この世界を創り上げた創造主であった。孤島の城の中には広い祭壇の間があり、祭壇には白と黒の石を幾何学的に彫って組み合わせて作られた像が祀られており、メタモンスターの長(おさ)はこの彫像に向かって毎日祈りを捧げていた。


 ある日、いつものようにメタモンスターの長が目を閉じ、神に向かって祈りの詞を捧げていると、彫像から眩しく白く輝く光が現れた。長い間祈りを欠かさず続けてきた長にとっても、こんなことは初めてであった。光は急激に明るさを増し、薄暗かった祭壇の間はあっという間に真っ白な光で満たされた。その光は外壁の隙間からも漏れ出でて、いつもは暗濁している根城全体がうっすらと白くなった。白い輝きは気配を得て、メタモンスターの長にこう告げた。

「メタモンスターたちよ、時は訪れた」

 その輝きの正体は神であった。メタモンスターが創造主として崇拝し続けてきた神、この世界を創り上げた神が、白い光となって現れたのである。

 光に身を託した神は続けた。

「汝の名を申せ」

 長は突然自分の身に起きた僥倖に慄き、その場に平伏し、光を直視することがでないまま、石の床を見つめて答えた。

「カールであります」

「カールよ、いよいよこの世界に勇者が現れた。勇者が現れ、物語が始まったのだ。今、この時を以って、メタモンスターの長であるお前に魔王の称号を与える」

 神のメッセージははカールの頭の中に強い意志として直接届いて響いた。耳に聞こえる声、目に見える像、肌に伝わる熱や感触、それらを超越し、全てが統合された未知の感覚であった。


 誰が言い出したのか、今では遡ることが不可能なほどの古い時代から、メタモンスターには「この世界に勇者たる人間が現れた時、メタモンスターは魔王となり、勇者を育て、鍛え、ともに物語を紡ぎ、そして勇者に倒されて、やがて無二の物語を完結させるであろう」という神の言葉が継承され続けてきた。メタモンスターにとっては、この言葉によって表される人間とメタモンターの関係性こそが、神が自分たちに与えたもうた唯一の使命であり、存在理由そのものであると、メタモンスターは今日まで考えてきたのである。全ては神が定めし運命に沿って、勇者のために進んでいくのだと、もちろんカールも信じてきた。

 そして、今、神が現れ、「勇者」そして「魔王」という言葉を口にした。

 つまり、遂にその時が来たのである。


 神の言葉はカールの頭の中で続けられていく。言葉という一元的な伝達手段とは全くもって異なるが、言葉以上の手段を持たない者にとっては言葉と表現するしかないのであるが、実際には文字よりも言葉よりも多面的で広範な意思が頭の中に届くのである。

「魔王となった今、これより全てのモンスターはお前の配下となる」

 カールはまだ顔を上げることができないまま、念じるように神に訊いた。

「創造主様、お訊きします。勇者とはどのような人間でしょうか」

「勇者はアレフガに住む若者だ。彼は自分の父親がかつて、アレフガを襲った魔王に殺されたので、魔王を倒すための旅に出た」

 まさに今、魔王の称号を与えられたばかりなのに、魔王が勇者の父を殺したとはどういうことなのか。カールは無礼による死を覚悟しつつ、神に反論した。

「お、畏れながら、しかし、我々はアレフガを襲っておりません。勇者の父親も殺しておりません……」

 神は抑揚を変えずに答えた。

「勇者がそう言ったのならば、この物語は父親殺しの魔王を倒す旅である」


 勇者がこの世界に現れ、魔王を倒すと宣言した時、勇者の物語は始まった。勇者の出現を告げるべく現れた神が、今ここでカールに魔王の称号を与えたのだから、時間を遡りでもしない限り、魔王がアレフガを襲うことも、勇者の父親を殺すことも当然できるわけがない。

 神や勇者は何を言っているのか。矛盾しているのではないか。しかし、神の言葉と勇者の存在に不合理など存在しない。全てが真である。勇者が旅立つと決めた瞬間からこの物語は始まり、物語の裾野は、過去に向かっても未来に向かっても、勇者によってのみ広げられていくのである。勇者が「魔王に父親を殺された」といえば、殺されたのである。勇者が「母親から父の真実を聞かされた」と言えばそれが真実なのである。「王様に父の勇敢さを教えられた」と感じれば、父は勇敢だったのである。カールに理解できようができまいが、一切の物語は描かれるまでは無であり、描かれてしまえば、この世界において事実なのである。それどころか、もっと根本的に、描かれた事こそが、この世界そのものなのである。そこに思考や反駁の余地はない。従って矛盾も生じない。


 では、神はなぜメタモンスターを創造したのか。メタモンスターとはいかなる存在なのか。神は、この世界を創り出した時から、物語が始まることを知っていた。いずれ始まるであろう物語のために世界を創り出したと言った方がより正確である。やがてどこかで始まる勇者の物語。神はメタモンスターをどの人間よりも動物よりもモンスターよりも強くしたが、メタモンスターはあくまでも物語のための存在でしかない。メタモンスターはその力で世界を征服しようとはしない。メタモンスターは神によって「勇者を成長させ、鍛え、物語を豊かにすることに全てを捧ぐ」と運命を定められているからだ。神が、征服しようとしないようにしたから、征服しないのである。

 モンスターが純粋な暴力と悪であるのに対して、メタモンスターもまた悪であるが、神によって与えられた役割としての悪である。物語の中における善としての勇者と、悪としての魔王。対立のための悪。当然、勇者も魔王も自分たちの置かれた立場を知らない。カールが魔王の称号を与えられ、この世界で最も強いのは、ラスボスにふさわしい力と役目を与えられたからでしかない。自身の目的と世界の平和のために邁進するだけの勇者が、この先、波乱の冒険を続けていけるのは、神と魔王のおかげであることを勇者は最後まで知らない。そして、畢竟、この世界がRPGであることは誰も知らない。知っているのは神だけである。メタモンスターの長であるカールも、勇者のための物語を紡ぐことが、神が自分に定め給うた運命であると信じているだけである。


「勇者は間もなくアレフガを出発するであろう。勇者を育て、そして物語を作り上げるのだ」

 そう言うと、白い光は消えてなくなった。カールが顔を上げた時には、光が現れる前と同じように祭壇に彫像があった。言い伝えられてきた勇者の存在と魔王の称号が、いよいよ現実のものとなったことに、カールは身震いした。

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