林檎姫と隻眼皇帝の初恋

よろず

本編

プロローグ ~初恋~

 山間の小国雅烙がらくには、林檎姫という呼び名で民から愛される、赤髪の姫君がいた。

 木々の間を飛び回るたいそうやんちゃな姫君で、太陽の光に煌めく赤髪を揺らして城下を駆け回る姿は、民たちの心を癒す穏やかな日常風景となっている。


「シーンー!」


 丈の長い衣をはためかせ、赤髪の姫が両手を広げ飛び込んだ先。背の高い少年が、慌てて少女の体を受け止めた。

 異国の顔立ちをした少年は、雅烙では見られない白銀の髪と紫の瞳を持つ。彼は目を細め、赤髪の姫を愛しげに見下ろした。


「レイ、無闇に男に抱きついてはいけないよ」

「シン、雅烙の言葉が上手くなったな?」

「君は変わらず、僕の話を聞かない」

「桃饅頭を持ってきた」

「当然のように手を繋がない!」

「嫌か?」

「そういう問題じゃない」

「好いた相手に好意を示して何が悪い。シンは私が嫌いか? 触れられるのは、気持ちが悪いか?」

「嫌なわけ、ない」

「林檎みたいに真っ赤になった。シンは可愛いぞ」


 機嫌よく笑った姫と年上の異国の少年。


 二人の出会いは、二年近く前のこと。隣国と雅烙を隔てる、険しい山の中だった。

 供を連れた狩りの途中、姫が突然緩やかな崖を駆け下り、川へ向かった。護衛は慌てて後を追い、姫を追った先で見つけたのは、川の中の大木に引っ掛かる人の姿。

 かろうじて息のあった少年は、姫の護衛の手により引き上げられ、城へと連れ帰られた。


 山の向こう側の大国の民、エスターニャ人の特徴を持った少年はよほど怖い思いをしたのか、目を覚ました後も暗い瞳で、一点を見つめ続けていた。


「シン君もすっかり元気になって。黄家こうけの養子になるんだろう?」

「黄家なら、玲燐れいりん様を娶れるものねぇ」


 手を繋いで歩く姫と少年へ、城下の人々から声が掛かる。姫はにこにこ笑っていたが、後ろを歩く少年は浮かない表情。

 気付いた姫が立ち止まり、体ごと少年の方へ振り返る。


「シンの悪い癖だ。溜め込まず、吐き出して欲しい。何が心配なんだ?」


 姫の小さな両手が、少年の両手を握った。


「私はお前が好きだが、強要する気はないぞ?」

「違う! 僕もレイが好きだ!」

「違うのか? それなら、黄家が嫌か? あそこは武官の家だ。シンは剣が好きだろう。あそこの家の息子たちは皆成人している。シンをいじめるような者はいないが?」

「……もし、他国から嫁入りの申し出があれば、そちらが優先されると聞いた」

「そうだな。これでも私は雅烙の姫だ。個人の気持ちより、国を優先せねばならん時もある」

「エスターニャが雅烙を欲していると、聞いた」

「今は山々が雅烙を守っているが、今後どうなるかはわからんな。エスターニャが本気で攻めてくれば、雅烙は勝てんだろう」


 うつむく少年の顔を覗き込み、姫は穏やかな笑みを浮かべる。


「私はまだ十一だから、あと五年か。エスターニャは今内乱の最中。五年、雅烙を放っておいてくれれば、私はシンのものになれる」

「レイ」

「なんだ?」

「僕は君を、愛している」


 少年からの愛の言葉に、姫は全身を真っ赤に染め、嬉しそうに笑った。


「この国も、好きだ」

「私も好きだ。良い国だろう?」

「僕は……君と、この国も、守りたい」

「黄家の将軍になるということか? 期待しているぞ」


 二人で笑い合った数日後、少年は姿を消した。

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