第100話 ダブル・デートを振り返って(石田の場合)
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文庫版4巻発売記念。
11月1日に角川スニーカー文庫より第4巻が発売されます!
今回が最終回!
燈子がなぜ鴨倉と付き合っていたのか、その理由が明らかになります。
ぜひ読んでみて下さい。
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なお文庫版とWEB版では、違うお話になっています。
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今日は優のヤツに誘われて、相模湖のテーマパークでダブル・デートする事になった。
優のヤツ、別に俺と一美さんをくっつけようとしている訳じゃない、とは言っていたが……
実際には俺と一美さんを二人きりにさせようとするのが見え見えだった。
もっとも俺の方も十分に楽しんではいたんだが……
話題の『ビル五階建てに相当する巨大アスレチック』は俺も怖かった。
命綱を付けているとはいえ、その高さでクライミングのような壁板を伝って行くとか、一本橋の上を自転車で渡るとか、正気の沙汰とは思えない。
「おいおい、こんなんでビビってんのか? 仕方ないなぁ、それじゃあアタシが先に行くよ」
度胸があるのか怖い物知らずなのか、一美さんはドンドン先に進んでいった。
他の人がビビッているような所も、まるで普通の道のようにスイスイと進んでいく。
ほぼ全てのアトラクションをクリアしていく。
俺も負けじと頑張ったのだが……
「石田君、脚が震えているぞ。生まれたての子鹿かよ!」
と爆笑していた。
「そういう一美さんこそ女っすか? 普通の女子ならここは『キャァ~、怖~い!』とか『そんなに先に行かないで~』とか言う所っすよ」
「キャァ~、怖~い! そんなに先に行かないで~」
一美さんは地上16mのロープ一本の上で身体をクネらせた。
「それはまだ柱にしがみついてロープに行けない、俺への嫌味っすか?」
一美さんは「ガハハ」と大口を開けて笑った。
「そういう反応が欲しかったら、可愛い新入生とか初心なJKと一緒に来るんだったな。アタシに期待するのは間違ってるよ」
そう言って一美さんは、バランス良くさっさとロープを渡って行った。
彼女のスレンダーな身体と相まって、その姿も美しく感じる。
(ダメだな、俺。一緒にいればいるほど、一美さんに魅力を感じていく)
俺はそう思いながら、怖々ロープに第一歩を踏み出した。
その後も一美さんは、様々な絶叫系アトラクションを次々と制覇していった。
途中で燈子先輩は「私はもういい。ちょっと休ませて」と音を上げる始末だ。
「なんだよ、燈子。せっかくここまで来たんだから、全部乗らないと勿体ないだろ」
呆れたような一美さんに、燈子先輩は青ざめた顔で告げた。
「一美は元気なら、石田君と二人で行って来てよ。私はもう十分に堪能したから」
「しょうがないな。じゃあアタシらもこれで終わりにするか?」
残念そうな一美さんに、優が言った。
「俺が燈子さんについています。だから一美さんは石田と行って来て下さい。まだ遊び足りないんですよね?」
「そうよ、一美が私に付き合う必要はないわ。満足するまで遊んできてよ。私たちはここで待っているから」
「そうか? じゃあ二人はゆっくりここで愛を深め合ってくれ。石田君、恋人二人の邪魔しちゃ悪いからアタシらは行くぞ!」
一美さんは俺の向かって右手で「ついて来い」の意思表示をする。
「ハイハイ。お供いたしますよ」
俺は口では嫌々の感じを出しながらだったが、本心は嬉しく思いながら後についていった。
陽も暮れて来た頃、俺たちは最後に大観覧車に乗った。
勿論、俺は一美さんと、優は燈子さんと、という具合に別々にだ。
「あ~、今日は久しぶりに力一杯遊んだなぁ~」
一美さんは満足そうな顔で大きく伸びをした。
「まるで最近は遊んでないみたいな言い方っすね」
「おい、なんだ、人を不良学生みたいな言い方をして。アタシは授業は真面目に出ているし成績は優秀だぞ」
「いや、そういう意味じゃないっすけど……一美さんは普段そんなに忙しいんすか?」
文系学部の三年生なら一般教養も終わっていて、出席必須な授業は少ないはずだが?
「忙しいってほどじゃないけどな。まぁ色々あるって事だよ」
一美さんはそう言って窓の外を眺める。
その横顔にフッと影が差したように感じた。
「就職の準備とかっすかね?」
「ソッチはあまり心配してないんだ。アタシの親は公認会計士で事務所を持っているだろ。アタシもそこを継ぐつもりだから」
「マジで? 公認会計士っすか? 弁護士と並ぶ難関資格じゃないっすか。メーカーに勤めるしかない俺たち理系から見れば雲の上の人、上級国民っすよね?」
「いや、まだアタシの希望ってだけさ。公認会計士試験に受かるかどうかも分からないし、その前に税理士資格を取らないとな」
「どっちにしろ士業じゃないっすか。ところで就職活動でないなら、何が忙しいんすか?」
「ん~、だから色々だよ、色々。人生、生きてりゃ何かはあるだろ」
「なんすか、ソレ。まるでアラサーで婚約者に逃げられたような言い方っすね」
俺はからかい半分でそう言ったのだが、一美さんは寂しそうな笑みを浮かべて俺を見た。
疑問に思った俺に、一美さんは両手を広げて肩を竦めて見せた。
「ここん所さ、燈子とちょっと揉めてたんだ。でも今日のダブルデートでそのモヤモヤが消えたよ。燈子も今まで通りにアタシに接してくれたしな。お互いスッキリしたと思う。だから今日は誘ってくれて、石田君と一色君には感謝してる」
「どーしたんすか、一美さんが俺たちに感謝なんて……雪でも振るんじゃないですか?」
「るっせー、アタシだって助けて貰ったら感謝くらいするさ。でも今ので石田君に対する感謝は帳消しな」
「そんな一言で消える程度の感謝なんすか? 随分と儚い感謝っすね」
「それでも十分だろ。実際、君は柱にしがみついて震えていただけだし?」
「ちょ、待って下さいよ。ちゃんと最後まで一美さんに付き合ったじゃないっすか!」
「あれで付き合った事になるのか? 今日のアタシは怖がる子供を連れた母親の気分だったよ」
「もし母親が一美さんだったら、俺は間違いなくグレていたでしょうね」
「その程度でグレるような性根は叩き直してやるから安心しな」
一美さんがグーで殴る真似をした。
「最近は親の暴力にも世間は敏感っすよ」
俺が避ける真似をすると、今度は一美さんが静かに拳を伸ばして来た。
ピンと腕を張って拳を俺に向ける。
「なんすか、コレ?」
「今日は本当に楽しかったよ。こんなに気分がスッキリしたのは久しぶりだ。これからもヨロシクな、後輩!」
観覧車の中、差し込む夕日に照らされて、一美さんは優しい笑顔でそう言った。
その笑顔が俺の心にはジンと響くような気がした。
(俺は間違いなく、この人に恋をしている)
俺は躊躇しながらも拳を伸ばし、彼女と拳を合わせる。
その時、優が言った言葉が頭を横切った。
『最近、一美さんの周囲をうろつく男がいるらしいぞ』
「俺はイイっすけど、一美さんは他に遊ぶ相手はいないんすか?」
一美さんが「ん?」と言うように俺を見た。
「まぁいない訳でもないが……潤いを与えてくれるような相手はいないかな。アタシもガサツだから。乾ききってるかもな」
一美さんが自嘲的な笑いを浮かべる。
「女も二十歳を過ぎたら潤いが無いと、アッと言う間にフケるって言いますよ」
一美さんは笑いながらも睨んだ顔を作った。
「言ったな、コイツ。潤いがスーパーかアマゾンで買えるなら、とっくにそうしてるよ!」
「じゃあ、潤いを与えるって意味でも、俺なんかどうすかね?」
再び一美さんが不思議そうな目で俺を見つめる。
その目に俺は一瞬怯んだが、意を決して言った。
「その、後輩って意味だけじゃなくって……一美さんに潤いを与えられるような、男として……」
しかし一美さんは笑った。
「それってどういう意味だ? まるでアタシに告白しているみたいだぞ」
「みたいじゃなくって、俺は告白してるんです。一美さんと付き合いたいんっすよ!」
一美さんが目を丸くする。
「おいおい。冗談はよせよ」
「冗談なんかじゃないですよ。マジ中のマジ、本気です」
「……」
「俺は一美さんが好きっす、だから」
一美さんが制止するように右手を上げた。
「やめようよ、そういうのは。今の関係で十分だろ」
その言葉が一美さんの答えだ。
「石田君の気持ちは嬉しいよ。だけどアタシはそれに答えられない。それに……石田君にはアタシよりもっとイイ人がいるよ。君にピッタリな清純で可愛い女の子がさ」
俺は俯いた。
(これって年上女子が年下男を振る時の常套句だよな……)
これを言われたら、もう男は何も言い返す事はできない。
俺は黙ってゴンドラの床を見つめるしかなかった。
一美さんも俺の視線を避けるように、窓の外に顔を向けていた。
そのまま無言で観覧車は回っていく。
もうすぐ降りるという時になって、俺はやっと言った。
「唐突に変な事を言って、すみませんでした。さっきのは忘れて下さい」
「うん、大丈夫だよ。気にしてないさ」
一美さんは優しく笑いながら、そう答えた。
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この続きは、明日公開予定です。
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