第69話 深夜の捜索

「優くん?変な事を聞くけど、炎佳から連絡が無かった?」


 電話の向こうから聞える、燈子先輩の第一声はそれだった。


「え?炎佳さんから?連絡?いえ、ありませんけど」


 俺は意味が解らないまま答えた。


「どうしよう……」


「何があったんですか?」


「炎佳が、家を飛び出しちゃったの」


「え?」


 一体、何があったんだ?

 俺の話と何か関係あるのか?


「それでさっきから炎佳の友達の家に連絡しているんだけど、誰も知らないって……」


 燈子先輩はずいぶん心配しているが、あの破天荒娘の行き先なんて解る訳がないと思った。

 おそらく姉には隠している交友関係が随分あるに違いない。


「私、探しに行かなくちゃ」


「今からですか?」


 もう夜八時をだいぶ過ぎている。

 こんな時間から女性一人で探しに行くのか?


「だって炎佳をこのままにはしておけないの。あの子、思い詰めると何をするか解らない子だから」


 思い詰めなくても、何をするか解らない子だけど。

 でも炎佳が家を飛び出した件、おそらく俺にも関わりがあるような気がする。


「燈子先輩、俺も一緒に捜しに行きます」


「え、でも今からなんて」


「燈子先輩を一人で探しに行かせるよりマシです。すぐに出ますから待っていて下さい。車なんで二十分もかからないと思います」


 今夜はウチの親は二人で泊りがけでゴルフに行っている。

 ミニバンに乗って行ったから、家には母親が普段使いしているリッターカーがある。


「ありがとう。それじゃ私の家で待っているから」


 俺は電話を切ると、さっそくコートを羽織って家を出た。



 午後9時少し前、俺は燈子先輩の家まで行き、彼女を車に乗せた。


「炎佳さんが行きそうな所って、心当たりありますか?」


 この時間ではショッピングセンターなんかは全て閉まっている。

 それともし彼女が東京に出たとしたら、もう探すことはお手上げだ。


「普段着のまま飛び出して行ったから、そんなにお金は持ってないと思うの。スマホも持って行ってないから、定期もないはずだし」


 すると歩いていける範囲と言う事か?


「どうして彼女はスマホを持って行かなかったんですか?」


「私が持っているから」


 そう言って燈子先輩が取り出したのは、炎佳のスマホだった、

 俺の顔がヒクつく。


「炎佳が『以前に優くんにナンパされてキスされた事がある。それ以上の事もされそうになった』って言って、この画像を見せてきて」


 俺の心臓が一気に早鐘を打つ。

 口が渇いているのに、ゴクンと喉が鳴った。


「あ、いや、あの、燈子先輩、それは違うんです。俺はそんな事は……」


「いいの。解ってる。状況は知らないけど、これは炎佳が仕組んだ事なんでしょう?」


 その言葉を聞いて、俺はドッと全身から力が抜けた。

 同時に額から汗が吹き出るような感じがした。

 燈子先輩は先を続けた。


「あの子が『こんな男とは別れた方がいい』って激しく言うから、私も問い詰めたの。そうしたら言い合いになって。こんな写真まで出して来たから、思わず私もカッとなってぱたいちゃったの。そしたらあの子、そのまま家を飛び出しちゃって……」


「すみません。俺がもっと早くに、ちゃんと話していれば……」


「その話は後でじっくり聞くわ。それよりも今は炎佳を探さないと。前にも同じように家を飛び出した時は、もう少しで大変な事になるところだったから……」


 ……大変な事ってなにか?……


 俺はそう思ったが、それ以上は追及しなかった。

 この辺りの湾岸エリアは、夜はけっこう危ないヤツラがたむろしている。

 深夜に女の子の一人歩きは危険もありそうだ。


 俺と燈子先輩は、彼女の家から歩いて行けそうな範囲の駅前、稲毛・検見川・幕張・幕張本郷、京葉線側の稲毛海岸・検見川浜・海浜幕張を探し回った。

 それ以外にも街道沿いにあるファミリーレストランやファーストフード店を覗いてみた。

 だがどこにも炎佳の姿は無かった。


「家には誰かいるんですか?」


 俺が尋ねると


「お祖母ちゃんが来てくれている。でももうお父さんとお母さんも帰ってくると思う。きっと二人とも心配して……」


 時刻はもう午前零時に近くなっていた。


「私、一度家に帰るよ。お父さんとお母さんに炎佳の事、話さないといけないし……」


「わかりました。もし何かあったらいつでも連絡して下さい。今夜はウチ、誰もいないし、この車はいつでも使えるんで」


「ありがとう」


 俺は燈子先輩を家の前まで車で送って行った。

 車を降りる時、燈子先輩が俺を見て言った。


「ごめんね、夜遅くまで付き合わせちゃって」


「いえ、元はと言えば、俺にも責任がある事ですから」


「もしも炎佳から連絡あったら、私に知らせてね。何時になってもいいから」


「わかりました。燈子先輩こそ、本当に何時でもいいんで遠慮せずに呼んで下さい」


 彼女はゆっくり頷くと、ドアを閉めて家に入っていった。



 俺は自分の家に戻る途中、コンビニなんかに炎佳の姿がないかを探しながら車を走らせた。


 ……あのプラチナ・ブロンドの髪は目立つからな。居れば判ると思うんだが……


 だが内心では「炎佳が俺に連絡する可能性なんて無いだろう」とも思っていた。


 ウチの近くの角にある公園を通り過ぎようとした時だ。

 公園のブランコに黄色いモノが見えたような気がした。

 車のスピードを緩めて、もう一度ブランコのあたりに瞳を凝らす。

 そこには金髪の髪の長い女性らしいシルエットがあった。


 ……もしや……


 俺は車を止めると外に出て、公園の中に足を踏み入れた。

 俯いた姿勢でブランコの座っているのは、やはり炎佳だった。



>この続きは午前零時前後に投稿予定です。

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