第45話 決戦前夜(後編)

 食べ終わった俺は聞いた。


「これをXデーの料理として出すんですよね」


 燈子先輩の顔が急に厳しくなる。


「そうね。だけどその前に一つ、やっておかないとならない事がある」


「なんですか、それは?」


「部長の中崎さんに、事前に話を通しておかないとならないの」


「中崎さんに?」


 俺は怪訝に思った。

 サークルの部長である中崎淳平さんも、俺たちと同じ県立海浜幕張高校の出身、そして電気工学科三年だ。

 しっかりとした頼りがいのある人だが、鴨倉哲也とは高校時代からの友人で同じサッカー部だった。

 つまり『鴨倉サイドの人間』と言えるだろう。


「中崎さんに言う必要はあるんですか?だって中崎さんは高校時代からサッカー部で鴨倉先輩とは一緒の仲でしょう?逆に計画が鴨倉先輩に漏れるんじゃないですか?」


 燈子先輩も難しい顔をした。


「それはそうだけど……でも何かあったら哲也を押えられるのは中崎さんくらいでしょ?それに彼は物事を公平に見るし、曲がった事は大嫌いなの。スジはキチンと通す人よ。だからちゃんと話せば解ってくれると思う」


 俺はしばらく考えた。


「わかりました。でもそれには俺も一緒に行きます。と言うより中崎さんに話をするのは、まず俺からにさせて下さい。燈子先輩は俺が呼んだら来て欲しいです」


 こんな事、女性である燈子先輩の口からは言い出しづらいだろう。


「わかったわ」


 それからしばらく沈黙が続く。

 俺としては『Xデーに燈子先輩と一緒に過ごす相手』と言うのが気になっていた。

 だがそろそろ答えを出してもいいんじゃないか?


「燈子先輩……」


 俺はためらいながらも、そう切り出した。


「なに?」


「Xデーの夜の事ですが……」


 燈子先輩が俺を見つめた。

 心なしか不安そうにも見える。


「最後に一緒に過ごす相手って……」


「待って!その事はいま言わないで!」


 燈子先輩は静かだが、断固とした声で言った。


「私の方で必要なら準備するから。だからお願い、何も言わないで待っていて欲しいの」


 燈子先輩は縋るような目で俺を見た。

 その目を見た俺は、それ以上なにも言えなくなった。



 燈子先輩の手料理試食会から三日後。

 Xデーであるクリスマス・イブまでは一週間を切った。

 俺はサークルの部長である中崎さんを、学校から少し離れたファミレスに呼び出した。

 約束の時間より十五分ほど送れて、中崎さんは姿を現す。


「悪い、遅くなった」


「構いません。それより、ここに来る事は誰にも言わないでくれましたか?」


「ああ、オマエが『個人的な事で相談したい。他の人には聞かれたくない』ってメッセージに書いていたからな」


 そう言って目の前の座席に座ると、中崎さんはホットコーヒーを注文した。


「で、話ってなんだ?」


 中崎さんの方から聞いて来た。


「俺が蜜本カレンと付き合っているのは知っていますよね?」


「ああ、カレンは目立つ子だからな」


「じゃあ鴨倉先輩の交際している相手は?」


 中崎さんは意外そうな顔をした。


「なんでここで鴨倉の名前が出てくるんだ?」


「すみません。後でちゃんと説明しますんで、俺の質問に答えてもらえますか?」


「桜島燈子さんだろ。『影のミス城都大』、ウチのサークルの女神様だ」


 俺は黙ってうなずいた。


「じゃあ鴨倉先輩とカレンが、時々二人だけで会っている事は知っていますか?」


 中崎さんが驚いた顔で俺を見る。


「おい、『二人で会っている』って、どういう意味だ?」


「そういう意味です。友達同士を越えた男女の関係って意味で」


「一色。おまえ、何を言って……」


 そこでコーヒーが運ばれてきた。

 中崎さんは一瞬バツが悪そうな顔をしてウェイトレスを見る。

 ウェイトレスが立ち去った後、再び中崎さんが話しを続けた。


「いくら鴨倉でも、同じサークルの、しかも高校の後輩でもあるオマエの彼女に手を出すなんて……」


「信じられませんか?」


「証拠はあるんだろうな?」


 俺はスマホを取り出し、一番最初に撮った『カレンと鴨倉のSNSのやり取り』を表示した。

 それを中崎さんに差し出す。

 中崎さんはスマホを見て、目を剥いた。

 やがてゆっくりとスクロールさせて、画像一つ一つを見ていく。


「それだけじゃありません。二人が一緒に鴨倉先輩のアパートに入っていく場面も写真に撮っています。それに証人もいます」


 中崎さんはしばらく無言でスマホを見ていたが、やがて呟いた。


「鴨倉のヤツ……燈子さんだっているって言うのに……なぜこんな事を……」


「信じてもらえましたか?」


 中崎さんは俺にスマホを返した。


「それでおまえはどうしたいんだ?鴨倉に『カレンとの浮気を止めるように』と、俺に言って欲しいのか?」


「そうじゃありません」


「じゃあ何だ?」


「クリスマス・イブのパーティーで、みんなの前で二人に、この事実を突きつけます」


 それを聞いた中崎さんは慌てた。


「ちょっと待て、一色。それは考え直せ。大騒ぎになる」


「そうでしょうね」


「そもそも、それを公表されたら、燈子さんはどう思う?彼女の気持ちは考えたのか?」


「燈子先輩なら、俺と同じ気持ちです」


 そう言って俺は、奥の席に座っている女性に向けて手を上げた。

 そこにはサングラスをした女性が座っている。

 女性は席を立つと俺たちの方に近づき、俺の隣に座った。

 サングラスを外す。

 燈子先輩だ。


「中崎さん。私も一色君と同じ考えです。こんな事を許す気はありません。よって私はクリスマス・イブの日に、みんなの前でこの事を公表して、哲也とは別れます」


「俺もです。ずっと俺を騙していたカレンを許すつもりはありません。みんなの前で二人の関係を暴露して、俺はカレンとは縁を切るつもりです」


「燈子さんまで……」


 中崎さんは呆気に取られたように、俺と燈子先輩の顔を交互に見比べた。

 やがて「ふ~」と深いため息をつく。


「どうやら、二人とも気持ちは固いようだな。俺が何か言う場面じゃなさそうだ」


 俺と燈子先輩は同時に頷いた。


「それで二人が、俺にこの件を話したのは何故だ?何か俺に役割を頼みたいんだろう?」


 燈子先輩が再び頷いた。


「はい、中崎さんには、哲也が騒いだらそれを押えて欲しいんです。みんなの前で二人の浮気を公表し、私が別れると宣言したら、哲也は何をしでかすか解らないので」


 中崎さんはウンザリしたように頭を縦に振った。


「解った。それとこの事は、他に誰か知っているのか?」


「ええ、私の親友の加納一美と、一色君の親友である石田洋太君が。この二人は、哲也とカレンさんの浮気現場を押さえる時に一緒に居たので、証人にもなってくれます」


 そこで俺が口を挟んだ。


「中崎さん、この件は絶対に誰にも口外しないで下さい。そうでないと、二人に言い逃れのチャンスを与えてしまいます」


 だが中崎さんは難しい顔をして黙り込んだ。

 その様子を見て、燈子先輩が身を乗り出した。


「お願いです。私たちは中崎さんを信用してお話したんです。サークル内でのイベントで公表するので、せめて部長である中崎さんには説明しておこうと思って」


 さらに燈子先輩は続ける。


「本当は一色君は、中崎さんにも話す事に反対だったんです。でも私が『中崎さんなら信用できる。中崎さんはスジと通す人だから』と言って説得したんです!」


 ここまで燈子先輩に言われては、中崎さんも「NO」とは言えなかったのだろう。

 やがて渋々と言った様子で口を開いた。


「わかった。この事は俺の胸に仕舞っておく。それから鴨倉が大騒ぎしたら、それは俺が止める事も約束しよう。だけど一つだけ言っておくぞ。暴力沙汰にだけはしてくれるなよ。たとえ鴨倉から手を出したとしても、二人とも絶対にやり返すな。それだけは言っておくぞ」


「「わかりました」」


 俺と燈子先輩は同時に返答した。

 だが俺にはその約束を守る気は無かった。

 俺が殴られるのなら別に構わないが、燈子先輩に手を出そうとしたら、俺が体を張ってでも止めてみせる!



>この続きは本日(1/16)午後8過ぎに投稿予定です。

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