第30話 キツネとタヌキの馬鹿し合い(後編)

>(燈子)計画通りTの旅行キャンセルに成功。


>(優)わかりました。Kから反応があったら、また連絡します。


>(燈子)Tは少し前に私に隠れて、Kに旅行キャンセルの連絡をしたみたい。おそらく、もうすぐKから連絡があるんじゃないかな?


>(優)そんなにすぐ来ますかね?直前まで他の男との浮気旅行に行く予定だったんですよ。俺だったら躊躇しますが。


>(燈子)たぶん来るわ。ここは私のカンを信じて。それからくれぐれも言っておくけど、Kに冷たく当ってはダメだからね。腹が立つのは解るけど、そこはグッと押えて。あくまで優しく、彼女の気持ちに寄り添って話を聞いてあげるのよ。彼女に『絶対的安心感』を与えるように」


>(優)わかりました。



 そう返信を返した直後だった。

 スマホに電話の着信が来た。


 ……燈子先輩の予想通りだったな……


 俺はそう思いながら、電話を受けた。


「もしもし」


「もしもし、優くん?」


「ああ、どうしたの?」


「聞いて、ヒドイの!明日の旅行、今日になって急にキャンセルだって言うの!」


 ……ひどい女が、酷い事をしようとして、それがキャンセルになったのが『ヒドイ』のか?……


 俺は呆れかえりながら聞いていた。


「そうなんだ?せっかく楽しみにしていた旅行なのに、突然キャンセルは酷いね」


 俺はまったく気持ちが入らない言葉でそう言った。


「そうでしょ?ひどい、酷いよね?すごい楽しみにしていたのに、今日になってドタキャンなんて」


 電話越しのせいか、俺の心のこもらないセリフでも、今のカレンには気にならないみたいだ。

 でも燈子先輩に言われているからな。

 ここはカレンの気持ちに寄り添って、と。


「そうなんだ。可哀そうだね、カレン」


 あ、ヤベェ、全然心がこもってないぞ、このセリフ。


「ありがとう、優くん。カレン、悲しくなっちゃってさ、なんか涙が出てきちゃったの」


 完全に『悲劇のヒロインモード』に入っているカレンには、俺の口先だけの慰めでも十分らしい。


「泣かないで。近くにいれば、俺が慰めてあげるんだけどね」


 俺もずいぶんと役者になったなぁ。


「うん、カレン、優くんに会いたいよ。優くんなら、カレンにこんな酷い事しないよね?」


 バータレ、てめぇは俺にどんだけ酷い事をしてると思ってんだ?

 しかしここまで燈子先輩の思惑通りとはな。

 聞いていて、思わず笑みが浮かんでしまった。

 しかし口先だけでは、カレンの優しい彼氏を演じ続ける。


「もちろんだよ。俺はいつもカレンの味方に決まっているだろ」


 電話の向こうから「ううっ」というカレンの嗚咽が聞える。

 だが『カレンが鴨倉のアパートに行った時』に聞いた燈子先輩の嗚咽に比べれば、ずいぶんと安っぽいものだ。


「カレン、優くんが彼氏で良かったよ……」


 お、これを言わせたって事は、俺への依存度もアップしたかな?

 コッチはオマエが彼女で最悪だったけどな。


「旅行のキャンセル料とかは大丈夫か?前日だと全額取られそうだけど」


 話す事がないので、とりあえず相手を心配するような事を言ってみた。

 するとしばらく沈黙が流れる。

 カレンの言葉が詰まったようだ。


「キャンセル料は大丈夫みたいだけど……車で行く予定だったし……」


 あ、もしかしてマズイ所に突っ込んだかな?

 宿泊代は鴨倉が出していたのか、それとも宿が取れなくて手頃なラブホテルに泊まるつもりだったのか?


「そうなんだ。いや、それでカレンがキャンセル料出すとしたら、可哀そうだなと思って」


 とりあえずフォローしとくか。

 だがそれでカレンも満足したらしい。


「ありがとう、優くん。心配してくれて」


 チョッレェ~。こいつ、マジでチョロイわ。


「それでさ、優くん。明日、会えない?」


「えっ?」


 俺は思わず素で驚きの声を上げた。


 いや、電話で声だけなら演技できるけどさ。

 面と向かって、このビッチ浮気女に優しい態度を取るのは無理だわ。

 いま目の前でカレンにブリッ子を見せられたら、マジで顔面にパンチを入れたくなる。


 つ~かさ、ついさっきまで他の男と浮気旅行に行こうとしていたんだろうが?

 しかも俺の先輩って言う顔見知りのヤツと。

 それで電話してくるだけでも図太い神経だと思うのに、旅行がポシャッたからって俺と会いたいなんて、どんだけツラの皮が厚いんだよ。

 こういうのを厚顔無恥って言うんだろうな。


「ゴメン。俺もカレンに会いたいんだけどさ、明日はもう約束しちゃったんだよ」


 とりあえずそう言っておいた。

 他の男とヤッたはずの時間に、それがドタキャンされたからの代理で呼び出されるなんて真っ平だ。


「そう……」


 カレンは落ち込んだ様子で、そう言った。


「ゴメンな、カレン。また今度、時間作るから」


 俺はそう言って電話を切った。



 その後、俺はすぐに燈子先輩に電話を入れた。

 直接、事の経緯を話し合いたかったからだ。


「燈子先輩の言う通りでした。カレンのヤツ、すぐに俺に電話して来ましたよ!」


 だが燈子先輩はあくまで冷静だ。


「そうね。おそらく彼女は自分の中で『可愛い自分』のセルフ・イメージを持っているのよ。常に自分は『悲劇のヒロイン』なの。だから自分を助けてくれる、そして自分に共感してくれる人を求めているんでしょうね」


「でもそれを『浮気されている被害者』の俺に求めるのは、ちょっと図々し過ぎませんか?」


「彼女にとっては『浮気をさせられている自分』が被害者なんじゃないかな?『彼氏が自分を解ってくれない』『彼氏が自分を放っておいている』『私が求めるものを彼氏が与えてくれない』みたいな」


 う~ん、俺には理解できない感情だ。


「ところで燈子先輩は、鴨倉先輩にどう言って旅行をキャンセルさせたんですか?」


「簡単よ。『私も旅行に行きたい』って言ったの」


「それだけ?」


 俺は唖然とした。

 もっと高度なテクニックを使ったのかと思っていたからだ。


「ええ。『どうしても二人で行きたい場所がある』って言ってね。二人だけでにのんびり旅行できるなんて、この時期くらいしかないってダダを捏ねたの」


 はぁ~、女ってやっぱツエェなぁ。

 だが今の俺にとって問題はそこじゃない。


「それで、燈子先輩は鴨倉先輩と一緒に、旅行に行くんですか?」


 だがそれは速攻で否定された。


「行かないわよ。ドタキャンするつもり。明日になったら『具合が悪くなった』って言ってね。他の女と浮気真っ最中の男なんかと、誰が旅行なんて行くもんですか!」


 さすがの燈子先輩も、最後は吐き捨てるようにそう言った。


 ……良かった……


 思わず俺はホッと胸を撫で下ろす。


「俺もカレンに『明日会いたい』って言われたんですよ。だけど流石に会う気になれなくて。『明日は約束がある』って言って、断っちゃいました」


 すると燈子先輩は厳しい口調で言った。


「ダメよ。君はカレンさんに会いに行きなさい。そして優しく彼女を慰めてあげなくちゃ」


 その言葉は俺にとって意外だった。


「え、だって燈子先輩は鴨倉先輩に会いたくないんでしょう?俺だって同じですよ」


「私と君とじゃ状況が違うわ。私は現時点でも哲也に対して有効なカードを持っているけど、君はカレンさんにそこまで強い切り札は持ってないはず。だから君はもっとカレンさんの気持ちを惹き付けねばならない。だから明日はカレンさんに会って、彼女の心をしっかりと受け止めてあげる必要があるの」


 ……有効なカード?……


 俺はその言葉の意味が気になった。

 だが俺がそれを聞く前に、燈子先輩の言葉が続く。


「それに哲也が『私と旅行に行けない』となったら、再度カレンさんを誘い出すかもしれないでしょ?それを避けるために、明日は君がカレンさんを確保しておかなきゃ!」


「わかりました。燈子先輩がそう言うなら……」


 俺はそう答えたが、本心ではガックリ来ていた。


 ……燈子先輩は、俺とカレンが会っていても、何とも思わないのだろうか……



>この続きは、明日(1/4)正午過ぎに投稿予定です。

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