第24話 燈子先輩の「モテ男講座」
俺と燈子先輩はいったんコーヒーショップを出て、国道沿いのファミリーレストランに入った。
コーヒーショップでの話もかなり長引いた事もあり、一度店を変えた方がいいだろうと言うのと、単純に小腹が空いたためだ。
燈子先輩はパスタ、俺はハンバーグセットを頼む。
「それで燈子先輩、Xデーまでに俺が『カレンから最高に惚れられる方法』についてですが、燈子先輩の考える『作戦』を教えて貰えますか?」
燈子先輩はシートに深く座り直すと、説明を始めてくれた。
「さっき二つ言ったわよね。一つは『旅行計画を台無しにする事』。これについては君は何もしなくていいわ。ただカレンさんが『友達と旅行に行きたい』って言ったら、優しく『楽しんできてね』って送り出してあげればオッケー」
「燈子先輩が鴨倉先輩をうまく操って、旅行をドタキャンさせるって話ですね」
「そう。哲也はまだ、私を怒らせてまでカレンさんと付き合うつもりはない。でも楽しみにしていた旅行をドタキャンされたカレンさんは、かなり憤慨するでしょうね。哲也に対する見る目も変わるかもしれない。そんな時、常に彼女を優しく、暖かく見守ってくれている君の存在に気付けば、カレンさんも誰が一番か思い出すでしょう」
そんなにうまく行くものだろうか、と言う疑念が横切るが、燈子先輩が口にすると簡単に実現しそうだから不思議だ。
「もう一つの方法は?」
「それもさっき言った通りよ。『女子全体の人気を高める』」
「その方法が解らないんですよ。もう少し具体的に話してください」
「まず女子に嫌われる事はしない、これが第一かしら」
「みんな嫌われないように努力してるんじゃないですか?」
「そうかな?それにしては男子は配慮が足らないと思うんだけど?」
「どういう点でですか?」
「例えば外見なら、寝癖のまま、鼻毛が出てる、目ヤニが着いてる、無精ヒゲのまま、服装がだらしない。全て普通の女子ならあり得ない事よ」
俺は記憶を探ってみた。
確かに、そういう女の子は少なかったような。
「女子が毎日、どれだけの時間を自分の身体のメンテに使っているか、考えた事がある?一時間や二時間は楽に掛かっているのよ」
そういうもんなのか。
確かに女の子と旅行に行くと、よく自分の顔や身体をイジっているのを見るもんな。
「だから外見的には清潔である事が最低条件。別に流行の服を着るとか、カッコイイ髪型にするのがイイ訳じゃないのよ。モテる男子は外見の清潔感に気を配っているのよ」
燈子先輩はそう言った後で
「その点、一色君はクリアしているけどね」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。他には?」
「態度とか言動とかで言うと、どっかの本で読んだようなボディタッチは嫌われるわ。『頭ポンポン』なんて、親しくもない、好意も持ってない男にやられたって不愉快なだけ。それだったら自然な距離で話しかけるだけの方が何倍もマシだわ」
おお、
でも俺も『頭ポンポン』とか『壁ドン』なんて、どこのバカがやるのかと思っているけど。
「悩みを聞く時とかも、解ってない男子が多いのよね。女子から悩みを相談された事で『頼りにされてる』って思うのか、ヤケに一生懸命に的外れな忠告をして来る人が多いのよ。女子は、別に悩みに対して正論や正解なんて期待してないの。ただ話を聞いて欲しいだけなのよ。そこを『それはこうすべき』とか『こうすればいいじゃん』とか言われたって、『ハッ?そういう事じゃないんだけど』って思っちゃうのよ。ましてや批判とかなんて論外ね」
な、なんか、今日の燈子先輩、メッチャ怖いんですけど。
「だから君は、これから女子と話す時は、基本は相手の言うことを聞いているだけでいいわ。そして時折『そうだね、俺も同じような事があったよ』って返していれば十分だから」
それは良かった。
俺はあまり親しくない女子と話すと、何を話していいか焦って言葉が出てこないんだよな。
「あ、でも最初の言葉や話題は、男子の方から振ってあげた方がいいかも。近くで黙っていられると、なんか怖い気がするし。『何か用なの?』って思っちゃうから」
難しいなぁ、女の子。
「後は女子の集団には、常に公平に接する事。女の子はちょっとの差でも凄く敏感だから。それは特別扱いされた子は嬉しいかもしれないけど、他の子は絶対に面白くないしね。最後には特別扱いされた子も、周囲の目を気にして離れていっちゃうの」
その後も燈子先輩は、女子が『集団での雰囲気』をいかに大切にするかを話してくれた。
「それで燈子先輩、女子全体の好感度を上げるだけで、カレンの気持ちが戻るんですか?」
燈子先輩は頷いた。
「私が見た所、カレンさんは自己顕示欲と言うか承認欲求が強いタイプだと思うの。そういうタイプの子って、優しくしてあげるだけじゃダメなのよね。『ここまでOKなら、次はこうして欲しい。さらにOKなら次はもっと!』って感じで『愛情確認のハードル』が上がっていくのよ」
それはすごい良く理解できた。
と言うか燈子先輩の言う通りだったのだ。
カレンは最初は小さなお願いを可愛く頼む程度だったが、段々とそれが当たり前になり、どんどん色んな事を俺に要求してくる。
そしてそれが叶えられないとなると、いつまでも不機嫌でいて、突然怒り出す事さえあるのだ。
「そういう子って浮気もしやすいのよね。一人の男性じゃ満足できなくなって、他の人を求めたり。そして『彼氏が自分の事を理解してくれないのが悪い。気持ちを察してくれない。愛が足りない所為だ』って、浮気を正当化できちゃうから」
燈子先輩、情報工学を辞めて、精神科医師か心理学者になった方がいいのでは……
「そういう自己顕示欲や承認欲求が強い人は、集団の中の目を凄く気にするの。だから周囲の女子が『一色君はイイネ!』って言っていたら、そんな彼氏は絶対に手放したくないはず。そんなカレンさんだからこそ、サークル内でも女子に人気があって、中心人物的な哲也と浮気したのかもしれない」
なんか凄く納得の行く話だ。
俺は何も言うことも出来ず、ただ黙って燈子先輩の言う事を聞いていた。
「だから君がいくら優しくしてあげても、彼女にとってそれは『当然の事』だから、彼女の気持ちは戻らない。それよりも周囲の女子達からの評価を高くして、カレンさんに『一色君を手放したくない』『独占したい』って思わせる方がいいのよ」
俺は燈子先輩の観察力と洞察力にすっかり舌を巻いていた。
特にカレンの「俺に対する要求がエスカレートする」事なんて、まるで見ていたのかと思うくらいだ。
「後は少しだけ、周囲の男子より女子の目を引く事ができれば完璧ね」
「それはどうすればいいんですか?」
すると燈子先輩は微妙な表情をした。
イジワルをするような、それでいて頼みごとをするような。
「無料相談はここまで。ここから先は私も報酬が欲しいな」
「報酬ですか?お金ですか?」
「お金なんて要らないわ。それよりももっと、私にとって重要な事……」
「燈子先輩にとって重要なこと?」
なんだろう。まったく思い浮かばない。
「私にさ……***************」
燈子先輩の声が急に小さくなった。
「え?なんですか?」
「だからぁ……*************」
なんだか燈子先輩にしては珍しく、言いにくそうにしていると言うか、モジモジしているみたいだ。
「すみません、よく聞えないんですが?もうちょっと大きな声で言って貰えますか?」
「んっ、もうっ!」
燈子先輩は赤い顔をして怒ったように言った。
「私に『可愛い女の子』を教えて欲しいの!」
「……」
俺は一瞬、言葉を失ってしまった。
燈子先輩は真っ赤な顔をしている。耳まで赤い。
「この前、言ったでしょ?『私だって可愛くなりたい』って。だから男子が思う『可愛い女の子』を教えて欲しいの」
彼女は言いながらもモジモジとしていた。
……その感じ、既に『可愛い』ですよ。燈子先輩……
俺は可笑しくなっていた。
普段、冷静で理知的で完璧美女の燈子先輩が、こんな事を俺に頼むなんて。
「ぷふっ」
思わず吹き出してしまった。
「な、なに?なんで笑っているの?」
燈子先輩が赤い顔のまま、焦ったように俺を見る。
「いや、すみません。ちょっと信じられなくて」
「なによ、信じられないって!さっき言ったでしょ、そう言う点が女子から見て……」
「ごめんなさい、そういう意味じゃないです。別に燈子先輩の言った事を否定している訳じゃありません」
俺がそう言った事で、燈子先輩はとりあえず言葉を引っ込めたようだ。
だがまだ不満そうに口を尖らせている。
赤い顔をしたままでだ。
「でも本当に俺でいいんですか?俺程度のヤツが思う『可愛い女の子』で」
その点も可笑しかった。
完璧美女が、超普通凡人の俺に『可愛い女の子を教えてくれ』なんて。
「君だから頼んでいるんじゃない。他の人にはこんなこと、頼めないよ」
彼女はまだ恥ずかしいのか、俯いたまま上目遣いで俺を見た。
「わかりました。俺で良ければ。俺が思う『可愛い女の子』を今度までに考えをまとめてきます」
「レポートは5ページ以上10ページ以下。要旨は完結に纏めること!C判定以下だったら再レポートだからね!」
彼女は恥ずかしさからそんな冗談を口にし、「ツン」と横を向いた。まだ顔が赤い。
今の様子が、本当に可愛いんだけどなぁ。燈子先輩。
>この続きは明日(12/31)正午過ぎに投稿予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます