第20話 裏切りと悲しみの夜が明けて(前編)

 朝陽の中……

 可愛らしいホテルの室内の一室。

 俺は腕の中ある、柔らかくも心地よい重量感を楽しんでいた。

 腕の中には彼女……そう、桜島燈子先輩がいる。

 昨夜からは「燈子」と呼ぶようにしているが。

 彼女は安らかな表情をして、可愛い寝息を立てていた。


 昨日の夜の一件、俺の元カノであるカレンと、燈子の元カレである鴨倉哲也が、目の前で浮気をして事実を知った時。

 崩れる燈子の心を支えたのは俺だった。

 そして、俺たちは……互いの心の傷を埋めるように、相手を求めあったのだ。

 今の彼女は、その昨夜の余韻から、心地良い眠りを味わっているのだろう。


「燈子」


 俺は小さく彼女の名を呼ぶと、その白く滑らかな素肌にそっと手を伸ばした。

 優しく抱きかかえるようにする。

 燈子は薄っすらと目を開けた。


「優?」


「おはよう」


 すると彼女は朝の挨拶よりも、俺の胸に飛び込んできていた。


「もう、ずっと一緒にいようね。優」


「ああ、俺も燈子を、永遠に離さない。俺たちはずっと一緒だ」


 彼女の豊かで張りのある乳房に手を添える。


「あっ」


 それだけで彼女は、甘い吐息を立てた。

 俺たち二人は、そのまま互いを確かめるように再び身体を重ねる。


 そうだ。

 俺達は互いの辛い思いを乗り越えて、今ここに、真実の愛に出会う事が出来たのだ。




「……勝手なナレーションをつけるのは止めてくれないか?」


 俺はあからさまに不機嫌な表情で言った。

 コイツは放っておいたら、どこまで勝手な妄想を話し続けるか解らない。


「んだよ、そこまで行ったなら、それくらいヤレって事だよ、優!」


 そう言ってモーニングセットのコーヒーを口にしたのは石田洋太だ。

 ここは千葉と東京を結ぶ主要街道・国道14号沿いのファミリーレンストランだ。

 そこに俺達は、朝九時から男二人で居座っている。


「おまえなぁ、相手はあの燈子先輩だぞ?そんなに簡単に行くと思っているのか?」


 俺が口を尖らせて言うと、石田が左手を立てて左右に振った。

 「無い無い」の意味だ。


「たとえ無理だとしても、そこはグッと強引に行くのが男だろう。なんだって?泣いている燈子先輩としばらくそのままでいて、終電が無くなる時間までアパートを見張ってから、彼女を家まで送って帰りました?なんじゃソリャ。童貞高校生かよ、オマエは?」


「うるっせぇなぁ。俺はな、女の子の心の弱みにつけ込んで、自分のモノにしちまおうなんて卑劣漢じゃないんだよ!」


 いや、本当はアレでヤレるならヤッたけどね。

 でもそんな事をしようとしたら、間違いなく燈子先輩は手厳しく拒絶するだろう。

 彼女はそういう女性だ。


「いやぁ、オマエ、最大のチャンスを逃したよ。上手くやってれば、さっき俺が話した通りのストーリーになってたかもな」


「想像力が豊かだな。小説家か脚本家にでもなれよ」


「おお、それもイイな。全部が一件落着したら、この話をネットのWEB小説にでも投稿してみようかな?」


「オマエ、それをやったらマジで絶交だぞ」


「心配すんな。小説にするのはハッピーエンドの時だけだから」


 そう言って石田は笑いやがった。

 こいつ、本当に俺の事を心配してるのか?

 ただ面白がっているだけじゃないだろうな。


「それでこれからはどうするんだ?」


 石田が急に真面目な顔で聞いて来た。


「どうって?」


「いよいよ実行するんだろ?『相手に最高に惚れさせた時に、最悪の形で振る作戦』」


「そうだな……」


 俺はコーヒーを飲みながら考えた。


 『相手に最高に惚れさせた時に別れを告げ、別の相手と一夜を共にする』と言う作戦。


 燈子先輩ならそれも可能だと思える。

 現に俺が見ている範囲でも、鴨倉は燈子先輩にベタ惚れだ。


 だが今の俺に、カレンを『絶対に離れさせたくない程に惚れさせる』なんて出来るだろうか?

 この前の電話の様子から考えると、カレンの気持ちは既に俺から離れかけているようにも思える。

 ただでさえ『離れかけた相手の心を呼び戻す』なんて難しいのに、さらに『最高に自分を好きにさせる』なんて無理なんじゃないか?


「今、燈子先輩が作戦を考えてくれているみたいだけど……」


「なんだよ、人任せか?自分の事でもあるのに」


「仕方ないだろ?そんなに簡単に『女子に惚れられる方法』が解ったら、最初っからこんなに苦労してねぇよ!」


 俺がムッとした感じで言い返すと、石田もシートにもたれるように背を伸ばした。


「そうだよなぁ。『相手に絶対離れたくないと思わせる方法』って、そんな簡単な事じゃないよな。そもそもそんな事が可能なら、この世に別れるカップルは存在しなくなるもんな」


 呑気な言い方をしやがって。

 でも……本当にその通りだ。


 それから俺が心配しなければいけないのは、それだけじゃない。

 『最後の決定的な時に、燈子先輩と一夜と共にする相手』に選ばれなくてはならないのだ。

 どっちか一つだとしても、超々難易度が高いムリゲーじゃないか?




>この続きは本日午後5時過ぎに投稿予定です。

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