第16話 ブービ-トラップ(後編)

 燈子先輩とその親友である加納一美さんが俺達と合流したのは、午後四時近くなってからだった。


「どう?まだ哲也はアパートには戻っていないと思うけど」


 開口一番、燈子先輩はそう言った。


「ええ。鴨倉先輩はまだ戻って来ていません。それからカレンのヤツもまだアパートには来ていません」


「見逃した、って事はないか?」


 そう言ったのは一美さんだ。


「それもないです。アパートの入り口が見える場所で、ずっと車を停車して二人で見張っていたんですから」


「そうか?いや、もし見逃した可能性があるなら、私が変装して部屋を訪ねてみようかと思っていたんだ」


「大丈夫ですよ、一美さん。そこまでする必要ないです」


 俺は苦笑いしながらそう答えた。


「それじゃあ交代しましょうか。君達はこの間に少し休憩でもして来て」


「解りました。じゃあ二時間後に戻ってきます」


 俺と石田は一度その場を離れた。



 二時間経って、俺と石田は再び鴨倉のアパートを見張れる所に戻ってきた。

 一美さんの車もミニバンで車内が広い。

 いったんは全員で一美さんの車に乗り込んだ。


「燈子先輩、一美さん。何も食べてないですよね?ハンバーガーと飲み物を買ってきました」


 俺はそう言って買ってきた物を袋ごと二人に差し出した。


「おっ、気が利くな」


 そう言って一美さんが袋を受け取ると、助手席にいた燈子先輩に中身を取り出して渡す。


「やっぱりまだ二人ともアパートに戻って来ていませんか?」


 俺が尋ねると一美さんが答えた。


「来てないね。戻ってくれば一度はアパートの灯りが点くから、すぐに解るはずだ」


 石田が不思議そうに言った。


「変だな。せっかく二人で過ごせるチャンスだろ?すぐにアパートに戻ってヤリ始めると思っていたんだけどな」


 それを聞いた燈子先輩が否定した。


「それは男の考えよ。女からすれば『せっかく邪魔者がいない時間だから、たまには恋人気分でデートしたい』って思うのが普通よ。今日は一晩中一緒に居られるんだから、その事は夜にゆっくり、って考えるんじゃないかしら」


 一美さんがそれに応える。


「アタシも燈子の考えに賛成だ。そりゃ男は一刻も早く部屋に戻ってヤリたがるだろうけど、それが続くと女の方は『大切にされてない』って思って気持ちが冷める。女の扱いに手馴れてる鴨倉が、そこを無視するとは思えない」


「そういうモンすかねぇ」


 石田はまだ疑問そうにそう言ったが、俺としては二人の言葉には十分に納得させられた。



 一美さんは食事が終わったところで


「車にガソリンを入れておきたい。ついでにトイレ」


 と言いだした。

 すると石田も


「すんません、俺も」


 と言った。

 俺が


「オマエはさっき行けただろう?」


 と呆れて言うと


「すまん。なんか急に来たんだよ。それに今の内に行っておいた方がいいだろう」


 と照れ臭そうに答える。

 そこで一美さんが言った。


「ちょうどいいタイミングだろ。車も同じ車両が同じ場所に停まっていたら、付近の人は不審に思うだろうし。移動するには頃合だ。燈子と一色君はワンボックスの方に乗って見張ってなよ。アタシと石田君はこの車で、ガソリン入れてトイレに行って来るから」


「仕方ないわね」


 燈子先輩はそう言って荷物をまとめて降りようとする。

 俺も慌てて後に続いた。


 外に出る時は、鴨倉とカレンに鉢合わせにならないように、周囲に気をつける。

 俺達が車外に出ると、一美さんはミニバンを静かに発進させた。

 俺達も急いでワンボックスの方に乗り移る。


 ワンボックスの後部座席のウィンドウには、紫外線避けの黒いフィルムが張ってある。

 外からは俺達が見えないように後部座席に座った。

 陽は落ちて周囲は既に薄暗くなっており、外から車内は見えないだろうが、念のためだ。


 二人だけになると、なぜか会話が出てこなかった。

 俺としては、本当は知りたい事、聞きたい事、そして聞いてもらいたい事が沢山あるはずなのに。


 俺はチラッと横目で燈子先輩を見た。

 彼女は俺の事など特に気にする様子もなく、注意深く周囲の路上に目を配っている。


 燈子先輩は本当に集中力があると言うか、物事に一心不乱になる人だ。

 今も『恋人が浮気をしている現実』よりも『浮気の現場を押さえるという目的』の方に、神経が集中しているのだろう。


 そんな風に俺がボンヤリと考えている時だ。


「来た!」


 燈子先輩が小さく叫んだ。



>この続きは明日(12/24)正午過ぎに投稿予定です。

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