第2話 彼女が先輩と浮気してました(後編)
「って言ったのか?オマエ。あの『図書室の女神様』に?」
驚愕の目で石田洋太は俺を見た。
「ああ、もうあの時はどうなったっていい気分になってたからな」
俺はやはり投げやりな調子でそう言った。
石田洋太。
俺とは高校時代からの付き合いで、大学も同じ城都大学理工学部情報工学科の一年だ。
俺が「カレンに浮気された。相手は鴨倉先輩だ」って言ったら、心配して俺の家まで来てくれたのだ。
「それで、燈子先輩は何て答えたんだよ」
石田は「グビッ」というように喉を鳴らした。
「燈子先輩は……」
俺は虚ろな調子で語り始めた。
「いったい、何を言ってるの、君は?」
俺の第一声を聞いた燈子先輩は、半分驚き、半分呆れた感じでそう言った。
「意味わかりませんか?俺とSEXして下さい、って言ってるんです」
俺は淡々とそう言った。
もはや世間体も、後に周囲で噂される事も、どうでもいい。
しばらくの沈黙の後、やっと燈子先輩が口を開いた。
「何があったの?」
スマホから合成された音声であるにも関わらず、その声音は俺を本当に気遣っているように聞えた。
俺はそれに答えられなかった。
何から話していいのか、思いつかなかったのだ。
……アンタの彼氏が、俺の彼女を寝取ったから……
……その仕返しに、俺はアンタをアイツから寝取ってやりたい……
……俺にはそうする権利がある……
……裏切られたアンタも、同じようにそうすべきだ……
そんなような思いが、断片的に頭の中を渦巻いている。
だがそれがうまく言葉として出てこなかった。
再びスマホから燈子先輩の声が聞えた。
「何か事情があるんでしょ?それを話して欲しい。私は、君がそんな非常識なことを、いきなり言う人間じゃないと思っているから」
その言葉を聞いた途端、俺の両目から一気に涙が溢れ出てきた。
そう、俺は非常識な人間じゃない。
どっちかと言うとノーマルな方だ。
普通じゃないのはアイツラだ。
鴨倉哲也と蜜本カレン。
後輩の彼女を寝取って平然と先輩ヅラしている男と、彼氏の先輩と浮気して平気な顔をしている女。
それを燈子先輩に指摘されて、俺は苦しかった思いが一気に、涙と一緒に流れ出てきたのだ。
「お、俺の彼女の、カレンと……鴨倉先輩が……浮気してて…俺、それで……もうどうしたらいいのか……」
嗚咽と共にそれだけ言うのが精一杯だった。
電話の向こうで燈子先輩が息を飲む気配が伝わる。
「……本当なの、それは?」
「ウソで、あって……欲しいです……俺は……」
その後は言葉にならなかった。
ただ自分が嗚咽し、鼻を啜る音がスマホから聞えてくる。
「一色君、とりあえず落ち着きなさい。詳しい話は明日聞くわ。それまで、その話は周囲の人間にはしないように」
そう言って燈子先輩は電話を切った。
「だけど自分一人では、居ても立ってもいられなくて、それで部屋に戻ってから石田にだけ連絡したんだ」
俺は事の一部始終を石田に話した。
「まぁな、それは一人で抱え込むのはツライだろう。俺に話して良かったと思うよ」
石田はそう言ってくれた。
こんな事、他人に話したからって気分が軽くなる訳じゃないが、それでも一人でいるよりはマシかもしれない。
「それでカレンちゃんとは、どうするつもりなんだ?」
石田に指摘されて、俺は初めてその事に思い当たった。
……そうだ、俺はこの先、カレンとどうしたいんだ?……
「許せない」という思いはある。
だが同時に「今すぐ別れてやる」という決心もつかない。
「まだどうするか決まってない。だけどこのまま済ますつもりもない」
「そんなに簡単に割り切れるモンじゃないだろうからな」
そこで石田は身を乗り出した。
「それで燈子先輩とは、どうするんだ?」
「どうって?」
「明日、会うんだろ?で、燈子先輩に迫ってヤルつもりか?」
俺は考えこんでしまった。
「あの時は勢いでそう言ったけど……燈子先輩の気持ちもあるからな。それにあの燈子先輩が、そんなに簡単にヤラせてくれるとは思えない」
「そうだよな。彼女は堅そうだからな」
石田は腕を頭の後ろに組んで仰け反った。
「優、オマエは燈子先輩にどう話すつもりだ?」
「それもまだ決めてない。ただ俺が知っている事は、全てそのまま話すつもりだ」
「証拠物件である『カレンちゃんと鴨倉先輩のやりとり写真』もか?」
「おそらく」
「う~ん」
石田はしばらく考え込んでいた。
「『やるな』とは言わないが、言い方や出すタイミングは考えた方がいいと思うぞ。よく浮気された場合『男は彼女を恨むが、女は浮気相手の女を恨む』って聞くからな」
俺には石田が言う意味がよく理解できなかった。
いや、あの日の俺の頭では、何かを考える余裕が無かったと言う方が正しいだろう。
ともかく、燈子先輩に会って、全てをぶっちゃける。
それしか俺の頭にはなかった。
>この続きは、明日正午過ぎに投稿予定です。
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