第51話

 ルクマールさんが、ぽんっと手を打った。

「そうそう、勘違いしてるみたいだけど、ここは俺の店じゃないから、あっち見てみな」

 ルクマールさんに指さされた方向を3人が同時に見る。

 ダタズさんと奥さんとバーヌが下ごしらえをしている。バーヌがこちらを睨んでいる。

「金の……」

 一人が腰を抜かした。

 他の2人がガタガタと震えだす。

「も、申し訳ありませんでしたーっ!」

 2人が腰を抜かした人の両脇を抱えて、逃げていった。

 うん、過剰反応なのか、普通なのか。

 もしかして、ルクマールさんって、ちょっと権威のある人?

 それとも、ギルドが絶対なのかな。

 バーヌは逃げて行った男たちじゃなく、ルクマールをじっと睨みつけてる?あれ?

「助けていただいてありがとうございました。えっと、ちょうど今からお店を」

 開店するのでと言おうとしたら、ピィープゥーピピピ、ピィープゥーピピピ、と独特のリズムで笛の音が鳴り響いた。

「何?何が起きたの?」

「強制クエストか……。笛2つってことは、緊急制も危険性も高いやつだな……ったく、しゃーねぇ」

 フィーネさんとルクマールさんが駆け出した。

「危険が迫っているかもしれない。すぐに逃げ出せる準備を」

 フィーネさんがそう言葉を残した。

 え?危険?よくわからないけれど、慌ててダタスさんたちの元に戻る。

 バーヌが心配そうにダンジョンの方向を見て、それから私たちを気遣うように荷物をまとめ出した。鍋や仕込んだ食材はそのままだ。そうだよね。熱々のシチューの入った鍋とかなんて持って帰れないだろうし。

「ダンジョンの入り口付近にS級モンスター出現。S級A級B級冒険者は討伐へ。C級D級は万が一に備えてダンジョン入り口に待機。E級F級は怪我人の手当てに回れ。俊足もちの冒険者は街のギルドへ連絡ののち、不足するであろうポーションの運搬を頼む」

 拡声器でも使ったような大きな声が響いてきた。

「S級モンスター……何が現れたんだ?」

 バーヌが茫然としている。

 私やダタズさんはわけが分からなかったけれど、とにかくとんでもないことが起きていて、ここから逃げたほうがいいって言うことは分かった。

 だけれど、せっかく作った料理が駄目になるのを見るの……。

 ぎゅっと両目をつむってから開く。

 何度も災害を経験した日本人だ。何か災害が起きた時に何がどう必要なのか分かっている。その一つが食事だ。無駄にするくらいなら。

「ダタズさん奥さんを連れて急いで逃げてください。それから、これらの食料はギルドに寄付しても構いませんか?商売どころではありませんが、せっかく作った物ですし、無駄にしたくはないです。必要としている人がいればその人たちに渡してもらおうと思います」

「ああ、そうだな。このまま捨てていくと料理が泣く、だが、ユーキが先に逃げなさい」

 首を横に振る。

「奥さんはまだ病み上がりだから、途中で何かあってもボクでは支えられないから、ダタズさん行ってください。出張買取所の見知った人に料理のこと伝えたらすぐにボクもバーヌと行きます」

 ダタズさんが申し訳なさそうな顔を見せてから頷いた。

「分かった。すまない」

「いいえ、ボクがここに連れて来てしまったからこんなことに……」

「何を言っているの?ユーキのおかげで私は今こうしていられるのよ?それに、ギルドで私たちの店の料理の宣伝をしてもらえるようなものでしょう?そう考えればラッキーじゃない?」

 ふっ。

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