第6話  陽子崩壊2  ワルキューレの騎行

ダークマターの所在は、惑星の潮汐力の異常から導き出せた。この惑星の月と反対側に対をなして同一軌道上に存在しているらしかった。運よく(これも決定事項なのかもしれないが)この惑星の近くで安定した軌道上にいて、惑星に対しても悪い影響は及ぼしていない様子であった。そんな中、1年がかりで進んでいた、宇宙船の建造ももうじき完成かと言った時期に、薫は女の子を生んだ。暫くして、首も座った僕の娘(?)の顔見て、何処かで見た顔だなと思った。(そうだ、姉の顔だ。姉の目の色が僕と同じなのは、僕の影響か!)そして、それは予想はしていたが、娘の背中にもあの紋章があった。


 ワルキューレと名付けられた宇宙船は創生物質製造装置を搭載してダークマターに向かった。最初の実験で創生物質製造が確認されると、数度の行き来で、このダークマターで出来た月(ノワールムーン:漆黒の月)の周回軌道にスペースステーションを作り、創生物質製造を本格化させた。この創生物質を使い、今後40億年持つ物質で新たな装置の建造に取り掛かった。


「この恒星系をそっくり亜空間に移してしまう、つまりダイソン球を作り出し、この次元の物理法則から隔離する、てのわどうかな?」僕の唐突な提案に首を傾げながら兄は聞いていた。


「異次元に送り出した物質は、結局その次元で認識されないままダークマター化する、なぜなら、その次元の物理法則が異なるために。だから、生命体はその生体情報をコピーしてその次元で生きている生命体に憑依させる事で次元移動する。ならば、移動先の次元の物理法則が此方の都合の良い法則に変更した次元が作れれば、次元移動してもダークマター化しないで存在できる。」


「お前、また突拍子も無い事を言い出すな!」


「亜空間理論については、元の世界で兄(元の世界の兄)と研究していた。そのための装置も作り、大掛かりな実験も計画されていた所なんだ。」


「量子泡爆弾の元となった、量子ゆらぎ中にできるマイクロバブルのボゾン共鳴体法で、亜空間(インフレーション世界)は作り出せる。高度なAIもしくは量子コンピュータが必要だけれど。その空間のなかで安定的に物質を維持するためには、素空間量子で満たさなければならない。つまり、真っ白なノートにマス目を書かないと物質が安定して存在できないから。」


「素空間量子とは何だ?」


「たぶん、次元同士がぶつかった際に発生した摩擦エネルギー。本来、複数の次元は、お菓子のティラミスみたいに層状になって重なり合っていた。その時は、夫々の次元はコヒーレント状態にあって安定していた。でもそのコヒーレントが破れ層状のそれぞれの次元が剝離し始めた。それを戻そうとする力が重力で、その間を広げようとする斥力がインフレーション。剝離した次元は、そのままでは何も起こらない、宇宙創造も物質の生成も。しかし、ほかの次元とぶつかる事で次元同士が貫入しこの際の摩擦あるいは衝突のエネルギーで空間が生成される。後は、空間の中に物質が生成され、星達が作られる。次元がぶつかった際に、其れぞれの次元の固有情報が素空間量子に引き継がれ空間が形成されるから、夫々に特有の物理法則を持った宇宙が生まれる。多分、無数にあり、近い特性を持った世界同士なら情報のやり取りができる。」


そこまで言って、僕は


「なんの根拠も無いけどね。この世界では超弦理論はあるの?」


「例のひも理論か!統一場の方が忙しくて、あまり議論されていないなぁ。」


「ふーん、ちょっと残念だけど、それも元の世界と同じようなものか・・・


ああ、それと、もしかすると、ピンクのたまご同士なら、たまごの中で繋がっているかもしれない。」


「ピンクのたまご?」


「最初の世界のたまごは、初めて僕が接触した後に、青からピンクに変わったんだ。それと同時に放射線の発生もなくなり・・・・」その時僕はふとある事を思いつていた。


「実験映像を見ると、こっちの激は、まるでスライムの中に入るように消えていったけど、僕が出てきた時は如何なっていたの?」


「ああ・・・記録が無いんだ。気が付いたら卵のそばで倒れていた。お前がたまごの中に消えてから三日後だ。」


そんな議論の後、僕は施設のピアノを借りてとある曲を録音してもらった。


「この曲を、たまごに聞かせて欲しい。」そう兄に頼んでから状況を見守る事にした。


この世界に来て感じた何処か皆、さとりを開いている様な感じは、時間が過ぎる中でより強い実感となり、事実、この惑星には地域紛争もなければ、貿易摩擦や富を独占しようと言う様な企業も無い。それなりに回っている経済から生み出された利益は効率よく平等に皆に還元されていて、その一部をまるでお布施でもするように、僕らが進めている計画に投資してくれていた。そして、この世界では、僕は有名人であった。あのたまごをご神体としたある種の宗教の様なもので、その中で僕は、預言者みたいな扱いをされていた。


 この世界で、大統一理論が完成され、方程式が解けたおかげでその副作用とでも言った福音が幾つかあった。まず、常温核融合が可能となり、現存する水素(水が原料)から効率よくエネルギーが取り出せた。次が、反物質の生成である。幾つかある方程式の解の中で虚数解があり、この解が反物質の生成を示していた。これに従い、主に反陽子を生成し、磁場容器に閉じ込めておく。もちろん、こんな物を戦争に使おうなどとしたら、あっという間に世界が終わるが、この穏やかで悟りきった世界でそんな事をする奴はいない。どうせ、世界征服した所でその先は無いのだから。

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