第3話 ドラゴンの島

国内にある超大国の空軍基地から僕らは飛び立った。飛行機に乗るのは始めての僕だが、あっと言う間に北欧の某王国に到着した。後で聞いた話だけど、僕らの乗った飛行機は、所謂、一般のジェット旅客機とは一寸違う物らしく、特別に早くて、護衛の戦闘機付きで飛行していたらしい。流暢に日本語を話す亡国の大使館職員とやらが説明してくれた。機内では兄の横に僕の席が宛がわれていた。兄はパソコンのモニターを覗き込みながら

「お前、三好家とはどんな関係なんだ?」事務的な口調で訊ねてきた。そういえば、長くはない教会での兄との共同生活の中で、互いの過去の素性など話した事もなく、関心も無かった。僕は三好家との一連の経緯を話し、話し終えた頃、飛行機は着陸した。大型のヘリに乗り換え、一行は深い谷にさらに深く海水をたたえるフィヨルドの奥深くへと飛んだ。

「この辺は、谷が深く人が住めるような平地は、谷のどん詰まりしかないのだけれど、このフィヨルドは一寸した湾の様な地形で、幾つかの島が有り、その一つに向かっている。」と例の大使館職員とやらが説明してくれた。その島が見えてきた頃、ヘリは島が眼下に見渡せるまで高度を上げ、島の上空を旋回し始めた。島の根本、たぶん海水に隠れた島の底部が青白く光っていた。最初は、岩質や海水の透明度の違いでそう見えるのかと思っていたが、旋回していたヘリが近づいた瞬間、かなり強く青白く光った。

「わ・・まるでゴジラ映画のワンシーンみたいだ!」僕が驚いて言うと

「当たらずとも遠からずかな・・・ゴジラではなくドラゴンが居るさ。私は見た事は無いけどね!」自慢そうに大使館員が言った。

 島にはかなり大規模な施設があり、その中のエレベーターに長いこと乗せられた。何でも核廃棄物の貯蔵用に開発された施設との事で、地下深くに倉庫の様な広い部屋があり、そこから幾つかの廊下が四方へと延びていた。その一つの廊下を進み、分厚い金属製の扉の前で一行は止まった。兄と僕は別室に通され、そこに控えていた職員たちの手助けで宇宙服の様な服を着せられ、やや小ぶりの分厚い扉を通り、岩肌が剥き出しのままの広い空間に案内された。見上げると観察部屋の様な、かなり厚いガラスでできているであろう大きな窓を持った部屋の中に薫達の姿が見えた。

「俺達はモルモットか・・・」兄がポツリと言った。宇宙服の様な作業服を着た数人の職員が忙しなく動いている場所につくと、ヘンテコな装置の前に陣取った、この場のリーダーらしき職員が、翻訳機を介した無線通信で話しかけてきた。

「ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました。私はリッチ・ブライと申します。この研究所の主任をしております。言葉の方はうまく伝わっておりますでしょうか?」それに対して兄が、僕の顔を覗き込んだ後にOKサインを出した。リッチは軽く頷くと

「これから是非見てもらいたい場所に案内しますので、着いてきてください。」

そう言うと、僕らの前をゆっくりとした歩調で移動しはじめた。相変わらず、薄暗い洞窟の中をしばらく進むと、半分岩の中に埋もれたような巨大なたまごの様な、しかも青白く光った、場所で止まった。僕はその巨大なたまごを見上げた瞬間、旋律が走った。卵の表面に映し出されているマーク、紋様は明らかにぼくの背中のタトゥーと同じものだった。

「このマークは、我が王国に代々伝わる竜使いの一族の紋様と同じものです。我々は、この物を竜の卵と呼んでおります。」リッチの言葉が、終わった直後に、たまごから青白い光が放たれ、その光の中で僕は意識を失った。

 暫く夢の中をさ迷っていた様な感覚から目覚め、周囲の物音とぼやけていた視界がハッキリしてきた時に、目の前で僕の顔を覗き込でいる薫の顔が見えた。

「意識が戻ったのね!心配したわ、死んじゃったのかと思ったわ。」味も素っ気も無い口調で薫が言うと、兄も僕の顔を覗き込み、

「長いこと昏睡状態だったからな。」

「あれからどの位達ったの?」

「三日だ」そう言うと、兄は僕の意識が無かった三日間の出来事を話してくれた。

「まずは、放射線の放出が止まった事だ。この島に着陸する時に見た、海底が青白く光った現象、あれはガンマ線が海水と反応して光るチェレンコフ輻射だ。そして、たまごに近づく際に着せられたやたらと重い宇宙服は、放射線防護服で主に中性子線を防ぐ役目がる。その元凶である放射線が止まったのだ、お前とたまごが接触したと思われる瞬間から・・・」訝しそうな僕の顔を見ながら、兄は更に続けた。

「あと、これはお前と関係があるかどうか分からないが、お前が見つけた彗星が軌道を変えた。正確に言うと現在、軌道を見失っている。恐らく太陽の方向から地球にやってくるコースになる様だ。」淡々と語る兄の顔をみて

「それって、ヤバいんじゃないの?」僕が口を挟んだ。

「かなりヤバイし、こんな物理法則を無視した動きをする天体をどうしろと言うのか、皆目見当がつかん!」

「それと、たまごの色が変わったのよ。ピンクに・・・」薫がちょっとふざけた調子で言った。

「ピンク・・・赤の間違いじゃない?赤なら警戒色て事も考えられるけど!」そんな僕に、薫はパソコンのモニターを見せた。それは淡いピンク色、ディスプレーの色変換誤差を差し引いても、優しいピンク色にたまごの表面が変わっていた。

「それと続きがあるけど、たまごが歌っているのよ。」そう言って、薫は音声スイッチを入れた。そこから流れてきたのは、グレゴリオ聖歌だった。その曲は、教会でミサの時に、時たま代役を頼まれて引いていた、僕の好きなピアノの音色だった。たまごの表面が振動し、音波として伝わってきているらしい。

「恐らく、たまごはお前の記憶や思考を吸収したんじゃないかと思う。」兄が呟くに言った。

「えぇ・・・やだな、訳の分からない物に個人情報を盗まれたなんて!」

「激の情報なら、私も欲しいな!何とかたまごから取り出せないかしら?」薫が意地悪そうに言ったので、

「やめてくれよ!」僕は全否定の意思を示した。

「もう少し、段取りを煮詰めてから、再びお前にあのたまごに接触してもらう事になりそうだ。」兄は平然と言い放つと部屋を出て行った。

珍しく優しい薫の介護のおかげで、2日後には外に出ても良いとの許可が出たので、島の施設にある展望台の様な所に、薫と二人で行った。両岸壁にそそり立つ谷の壁と、もう冬支度を初めつつある北欧の空気が僕らを覆っていた。

「僕たちは、どうなっちゃんだろうか?」僕がポツリと呟くと

「それは、多分、激しだいかな?」薫は、何時に無く優しい笑顔でさらりと言った。それは、地球の運命を全部、僕に丸投げした様な言い草だった。

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