恋は理解出来なくても(中編)

 夜中に目が覚めた。嫌な予感がして、スマホに手を伸ばして時間を確認する。ちょうど四時前だった。起きる気なんてなかったのにと舌打ちをして、二度寝をしようと目を閉じる。しかし、彼女はちゃんと起きれたのか気になって眠れない。仕方なく、柚樹を起こさないように彼の腕から抜け出して部屋を出て、電話をかける。早く出なさいよとイライラしながら何度もかけていると「なんだかんだで電話かけてくれんじゃん」と寝ぼけた声が聞こえてきた。第一声がそれか。せめて礼を言え礼を。ムカついて、返事もせずに電話を切る。部屋に戻ろうとするとスマホが鳴った。『ごめん。起こしてくれてありがとう。行ってくるね。またあとで』と満からのメッセージ。既読だけつけて部屋に戻る。


「んー……おかえりぃ……」


「……ただいま」


「なに……満ちゃんになんかいわれた……?」


「別に。二度寝する」


「んー……おいで……」


 彼の腕の中に収まり、目を閉じる。

 眠りにつくことは出来たものの、夢には振袖姿の満が出てきた。いつものように『可愛い?』と問いかけてくる彼女に『別に』と素っ気なく返して顔を逸らすと、逸らした先にも満が居た。こちらも振袖姿で『可愛い?』と迫ってくる。逃げると、また別の満が現れて逃げ道を塞ぐ。振袖姿の彼女達に囲まれ『可愛い? ねえ、私可愛い?』と迫られ『ああもう! 可愛いわよ!』と叫んだ自分の声で覚醒する。部屋の外まで聞こえるほどの大きな寝言だったらしく、先に起きていた柚樹が苦笑いしながらドアの隙間から覗いていた。


「……えっ? もしかして今の、寝言? 電話してるかと思った」


「……うるさい」


「良い夢見れた?」


「見れば分かるでしょ。悪夢よ悪夢。それより朝ご飯作って」


「カレーで良い?」


「朝からそんな重いもの食べられない」


「じゃあトーストでいい?」


「うん。ハムエッグもつけて」


「注文多いなぁ……」


 なんて文句を言いながらも注文通り作ってくれた彼にお礼を言って、トーストにバターを塗る。時刻は七時。もう流石に着付けは終わっているだろう。食事を終えたくらいにちょうどスマホが鳴った。満からだ。『成人式行ってくる』の一言の後に、写真が送られてくる。振袖を着た満とスーツ姿の幼馴染二人と、それと着物姿のつきみが一緒に写った写真だ。


「うわっ、えっ、ちょ、なに? 犬用の着物とかあんの!?」


 画面を覗き込んだ柚樹のテンションが上がる。つきみだけの写真は無いのかと問うと「そこは普通私だろ」と文句を言いながらもつきみの写真を送ってくれた。流れで満の自撮り写真も送られてくる。「そっちは要らない」と返すが、少し間をおいて「ほらよ」と今度は全身が写った満の写真が送られてくる。幼馴染のどっちかに撮らせたのだろう。誰も全身が見たいなんて言ってないのだけど。振り返ると、柚樹がニヤニヤしながらスマホをいじっていた。取り上げる。「可愛いってさ」と、満相手にメッセージが送信され、既読がついている。「つきみ"は"可愛い」と返信して、柚樹にスマホを突き返す。


「ほんと素直じゃないなぁ……」


「うるさい。そろそろ帰ったら?」


「えー? 満ちゃんまだ帰ってこないでしょ? 俺が居なくなると寂し「別に寂しくないから帰って良いわよ」……はぁーい。じゃあちょっと静ちゃんに連絡入れるわ」


 そう言って電話をかける柚樹。「今から帰るけど大丈夫?」と電話越しにかける声は優しい。まるで恋人と話しているようだ。恋愛感情なんてないと言うくせに。その姿が誰かさんに重なってムカつく。電話を終えたタイミングで軽く蹴りを入れると「痛っ! なんで!?」と大袈裟に驚いてわたしを見る。


「……なんかムカついた」


「なんかって。俺なんかした?」


「別に」


「ええ? じゃあなに……あー、そういう時期?」


「セクハラ」


「違うならなんなんだよぉ……」


「……恋してないくせに無駄に優しいところがあの子に似ててムカついたから」


「そんなこと言われましても……」


「帰って」


「はいはい。帰るってば。全く。何をそんなにイラついてるのやら……」


「……貴方には理解出来ないわよ」


「満ちゃんが居なくて寂しいとか?」


「……そんな単純な理由じゃない」


「振袖姿が可愛すぎるから、言い寄られてないか心配とか」


「別に心配はしてない」


「心配はしてないけど嫌なんだね」


「……」


「お。否定しない。ってことは正解か」


「……理解出来ないくせに」


「そうだね。理解も共感も出来ない。けど、実が拗ねてるってことくらいは分かるよ」


「……そういうところが嫌いなのよ」


「それは俺に言ってる? それとも、満ちゃん?」


「……両方」


「ふぅん」


「……なんで嬉しそうなのよ」


「その『嫌い』は『好き』って意味でしょ?」


「……貴方たち、ほんっと似てるわね」


「俺に似てるから満ちゃんのこと好きになったの?」


「好きじゃない。呪われてるだけ」


「じゃあ俺のことは?」


「……満ほどは嫌いじゃない」


「そっかぁー満ちゃんには勝てないかぁー」


「にやにやしないでよ気持ち悪い。さっさと帰って」


 柚樹を無理矢理追い出す。家に再び一人になる。時刻は十時。成人式はそろそろ終わっただろうか。いや、むしろ今からかもしれない。

 同級生に振袖姿を見せびらかして可愛いって言えと迫っている彼女の姿が容易に想像出来てムカつく。あんな可愛い姿、わたし以外に見せびらかさないでほしい。そう思ってしまう自分にもまたムカつく。気分転換に外に出ると、すれ違った同じアパートに住んでいる女性に「さっき部屋から出てきたイケメン、誰?」と詰め寄られた。


「兄です。双子の」


「お兄さん? 彼女は?」


「何人か」


「何人かって。えっ。意外とそういう感じの人なの」


 適当にあしらったつもりが、むしろ興味を持たれてしまった。穏やかそうに見えて遊んでいるところがギャップ萌えらしい。理解出来ない。


「ギャップ萌えといえば——」


 ギャップ萌えというワードから、満の話に繋がる。彼女の見た目と中身のギャップを短所だと捉える人もいれば、長所だと捉える人もいる。この人にとっては後者のようだ。どちらにせよ、他人から彼女の話を聞くのは良い気はしない。その話の内容が彼女を褒め称えるものであっても、貶すものであっても。我ながらめんどくさい性格をしている自覚はある。何故彼女は、誰でも良いのにわざわざわたしを選んだのか。理解出来ない。

 結局その後、彼女の長話に付き合わされて帰ってきたのは十二時過ぎ。ちょっと散歩に出ただけなのに。まぁでも、時間潰しにはなった。コンビニで適当にお昼ご飯を買って帰るが、相変わらず家は誰も居ない。成人式はもう終わっただろうか。食事をしながら、そんなことを考えてしまう。食べ終えたコンビニ弁当の容器を片付けてもまだ帰ってこない。もう一時過ぎなのだけど。こっちには帰らずにそのまま同窓会に行ったのだろうか。そうだとしても、一言くらいメッセージ入れて欲しい。こちらからメッセージを送ろうとして、少しでも時間があるなら会いにきてほしいなんて気持ちが彼女に伝わってしまうのが悔しくて、意地を張って文字を消す。そんなことを繰り返して、結局メッセージは送らずにスマホを置こうとしたところで、玄関の方から物音が聞こえて思わずスマホを落としそうになる。「ただいまー」と、満の声。幻聴が聞こえてしまうほど彼女が恋しいのかと自分に呆れながらも、一応、リビングの扉を開けて玄関を覗く。どうやら幻聴ではないようで、振袖姿の彼女がそこに居た。いや、これも幻覚かもしれない。


「居るなら返事しろよなぁ」


 幻覚が話しかけてきた。いや、本物だ。何故帰ってきたのかと問うと彼女は「振袖姿、生で見たいかなーと思って」と悪戯っぽく笑う。


「……別に。見たくない」


「んだよ。写真要求したくせに」


「欲しかったのは貴女じゃなくてつきみの写真だって言ってるでしょ」


 彼女はあんたほんと意地っ張りだよなぁとでも言いたげに笑って、わたしと距離を詰めようとする。身の危険を感じて逃げるが、捕まり、壁に押し付けられた。いわゆる壁ドン状態で、彼女は「どう。可愛い?」とわたしに感想を求める。絶対言うと思ったと呆れながら「可愛くない」と顔を逸らす。すると彼女は「可愛いじゃなくて美しいってことか」と、揶揄うようにケラケラと笑う。ああもう本当にこの人は。ため息を吐き、彼女の方を向き直す。綺麗だ。ムカつくくらいに。だけど言ってやらない。ムカつくから。

 帯に手をかける。あっさりとほどけ、振袖がはだける。しかし、彼女は何も動じずにわたしを真っ直ぐ見据える。


「貴女なんかに着られて、振袖が可哀想」


 嫌味を言ってみるが、彼女は「とか言って脱がせたかっただけでしょ」とわたしを煽るように笑う。うるさい口を塞いで、振袖を脱がせる。目立つ場所に痕でもつけてやろうかと、髪を避けて首筋に顔を寄せる。すると彼女は抵抗するようにわたしを押し返した。


「見える場所はやめろって」


「見えないと意味ないじゃない」


「んだよ。そんなに私が信用出来ない?」


 彼女はそうため息を吐く。


「……信用できるわけないじゃない。あんたじゃなくても良いなんて言う人のことなんて」


 私がそう言うと、彼女はこう返す。


「あんたじゃなきゃ駄目だって言ったところで嘘つき呼ばわりするくせに」


「嘘だもの」


「そうだね。私はあんたに嘘は吐きたくない」


 分かっている。彼女はそういう人だし、わたしも嘘でも良いからわたしじゃなきゃ駄目だと言ってほしいとは思っていない。嘘ではなく、本気でそう思ってほしいのだ。


「だから、あんたじゃなきゃ駄目だなんて言ってあげられないけど、あんたのことが好きなのも、今の生活に満足しているのも、あんたと恋人になったことを後悔してないのも、全部本当だよ」


 優しい声でそう言って、彼女はわたしを抱きしめる。彼女はわたしに恋はしてない。けれど、わたしのことを愛している。嫉妬も独占欲も執着も何もない、純粋な愛。それを彼女から与えられるたびに思い知らされる。わたしにかけられた恋という呪いは一生解けないのだと。


「そういうところが大嫌いなのよ」


 そう悪態をついて、彼女の背中に腕を回す。彼女は「私はあんたのそういうめんどくさいところ嫌いじゃないよ」と笑いながらわたしの頭を撫でた。年下の癖に生意気。そういうところも大嫌いだ。


「……この後はどうするの」


「小中の同級生が集まる二次会行って、その後高校の同級生とこじんまりとした飲み会かな」


「……そう」


 となると、またしばらくは帰ってこないのだろう。寂しいというわたしの気持ちを察したのか、彼女は「まだ時間あるから、抱かれたいなら抱いてあげようか」などとほざく。本当に最低な女だ。だけど、行く前に抱いてほしいなんて思ってしまったのも事実だ。なんなんだ本当に。恋心なんて理解出来ないとか言うくせに。


「……しない。さっさと出て行って」


 ムカついて彼女を突き放す。


「いや、まだ時間あるんだって」


「外で時間潰してきて。……したら止まらなくなるでしょ貴女」


「止まらなくなるのはどっちだよ」


「良いから早く着替えて出て行って」


「とか言って本当は期待して「してないから! 早く着替えて出て行って!」


 ほんと素直じゃないなぁなんて呆れるようにため息を吐きながら、彼女は部屋へ戻って行った。そしてワンピースに着替えて出てくると「じゃあ、また」なんて言って本当に家を出て行ってしまった。

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