成人式
あなたの「大嫌い」は(前編)
それから一週間後の日曜日。明日に備えて久しぶりに実家に帰ることに。ただいまと玄関を開けた瞬間キャンキャンと犬の鳴き声が響いてきた。足音が近づいてきて、白い毛玉が私の足に激突してくる。実家で飼っているポメラニアン、つきみだ。
「おー、つきみ。元気だったか?」
しゃがみこみ、撫でてやると、もっともっとと身体をぐりぐりと押し付けてくる。撫でるのをやめると「もうおしまい?」と言わんばかりに寂しそうな目で見上げてきて、やめるにやめられなくなってしまう。
「お前はほんと私のこと好きだなぁ」
くぅーんと甘えるように鳴きながら、尻尾を左右にぶんぶんと振るつきみ。実さんのような嫌いなのに好きという複雑な好意ではなく、純粋な好意。彼女もこれくらいわかりやすかったら——とは思わない。彼女はあのままでいい。むしろあのままで居てくれた方がいじり甲斐があって面白い。
「なかなか来ないと思ったら。いつまでつきみと戯れてんだよ」
「離してくれなくてさぁ。新は?」
「バイト」
「日曜日なのによく働くなぁ。親父は?」
「出かけてる。もう帰ってくるんじゃない? ああ、そうそう。今日はつきみまだ一回しか散歩行ってないから」
「ええ? 帰ってきて早々つきみの散歩押し付けられんの?」
散歩という言葉に反応したのか、私の手から抜け出してハーネスを持ってくるつきみ。行くぞと言わんばかりの顔で私を見つめてくる。そんな期待するような顔をされてしまったら行かないわけにはいかないなとため息を吐き、ハーネスにライトをつけて外に出る。私と散歩をするのは久しぶりだからなのか、どことなくテンションが高い気がする。
「今日はお姉ちゃんとお散歩なの? 良いわねえ」と、すれ違う近所の人達からそう声をかけられるたびに、つきみは尻尾をぶんぶん振りながら「わんっ」と甲高い声で返事をする。本当に嬉しそうだ。だから母はわざわざ私が帰ってくるまで二回目の散歩に連れていかなかったのだろうか。
「お前、ほんっと私のこと好きだな」
呟くとつきみは立ち止まって振り返り「わんっ」と一鳴きした。そうだよと言わんばかりに。
「ははっ。可愛いやつ」
それからしばらくつきみと話しながら散歩をして、帰ると夕食が用意されていた。つきみにはドッグフードを与えて食卓に座る。夕食はカレー。私の好物だ。
「姉ちゃん、向こうでは料理してるの?」
「うん。基本飯は私担当」
「実ちゃんも連れてくるかと思って多めに作ったんだけどなぁ」
「明日持ってくよ。ご馳走様」
食事を終えて風呂へ向かうと、つきみが慌ててついてきた。そして私の脱いだ下着を咥えて去ろうとする。
「おいこら下着泥棒」
「くぅーん……」
「くぅーんじゃねえよ。返せ」
盗もうとした下着を没収して洗濯機に突っ込み、つきみを抱き上げて風呂場へ。シャンプーをして洗ってから、お湯を張った犬用のバスタブに入れてやる。するとバスタブの縁に顎を乗せて気持ちよさそうにうとうとし始める。犬や猫は風呂が嫌いなことが多いらしいが、つきみは風呂好きだ。ドライヤーは苦手そうだが、嫌そうな顔をしつつも大人しくしてくれている。
「よし。もう良いよつきみ」
ドライヤーが終わると、やっと終わったかみたいな顔をして、洗濯機の前まで行き、飛び跳ねる。そして何かを訴えるように私の方を見る。
「んだよ。洗濯機の中入りたいの?」
「わん」
「駄目。また人の服盗む気だろお前」
「くぅーん……」
無理矢理リビングに連れて行くと、私の腕から降りて自分のベッドの上で不貞腐れるように丸まった。私の靴下を抱えている。その姿を写真に撮り『あんたと同じことしてる』と実さんに送る。するとすぐに『してないわよ馬鹿』と返ってきた。『この間人の服を抱えて寝てたくせに』と指摘すると『明日早いんでしょう。もう寝たら』と話を逸らされた。
相変わらず冷たい態度だが、翌朝、なんだかんだ言いながら四時前にモーニングコールをしてくれた。電話に出るとすぐに無言で切られてしまったが。
「ふぁ……」
みんなが寝静まっている中、軽く食事をして着替えて家を出る。一月の早朝はまだ暗いし肌寒い。着付けをしている最中、眠そうな私に「早朝からご苦労様です」なんてスタッフが労いの言葉をかけてくれたが、その言葉は朝早くから店を開けてくれているスタッフの方がかけられるべきだろうと思い、そっくりそのまま返しておいた。
着付けが終わって家に帰ると、真っ先につきみが飛び込んでこようとしたが、毛がつくからと母が抱き止める。つきみは不服そうに母の方を見ていたが、おやつを貰うとすぐに機嫌を取り戻した。単純な奴だ。
「さてと……私ちょっと二度寝するわ。うみちゃん来たら起こして」
「分かった」
ソファに座り、クッションを抱えて眠る。
一瞬で眠りについたが、夢の途中で弟の声に起こされる。重い瞼を持ち上げると「おはよう」と弟の声に合わせてつきみが前足を上げた。着物を着ている。
「うわっ! なにそれ! 可愛い!」
つきみの後ろから顔を出した弟が「でしょ」と笑う。つきみは慣れない服を着せられて不思議そうな顔をしているが、嫌がったりはしない。よく分からないけど家族が喜んでるならまぁ良いかという感じなのだろうか。
「新、外出るから写真撮って」
「はーい」
つきみをつれて外に出る。「やっと来た」と苦笑いしかけたうみちゃんと望だが、着物を着たつきみを見た瞬間「なにそれ可愛い!」と同じリアクションをしながら寄ってきた。
「おう。隅から隅まで見て良いぞ」と両手を広げてやると、望が呆れながら「君じゃなくてこっちね」とつきみを指差す。
「は? 私も可愛いだろ」
「はいはい可愛い可愛い」
「てか、犬用の着物とかあるんだ」
「あるらしい。私も初めて知った」
「写真撮るよー。どうする? 抱っこすると毛が付くし、座って撮る?」
「そうだね。満ちゃんとつきちゃん真ん中にして、望、つきちゃんの隣行く?」
「行く!」
「じゃあ私は満ちゃんの隣に失礼」
「つきみはここな」
玄関先の段差に座って隣をとんとんと叩くと、つきみは寄ってきておすわりと指示する前に座り込んだ。その隣に望が座り、私の隣にうみちゃんが座る。
「はい、じゃあみんなこっち向いてー撮るよー」
新が声をかけると、つきみも新の方を向く。そしてシャッターを切るタイミングで新が手を振ったのに合わせ、つきみもぎこちなく手を振る。それを横目で見た望が「可愛すぎる」と顔を隠して呟く。そこまでバッチリ写真に残されていた。そこから綺麗に撮れたものだけを新のスマホから私たち三人のスマホに共有する。
「おう。ありがとう。つきみも、わざわざ着替えて付き合ってくれてありがとな」
「ありがとねーつきちゃん」
「またな。つきみ」
何に礼を言われたのかは分かっていなさそうだが、わんと返事をしてつきみは新と共に戻っていく。
「よし行くか。って、あ、しまった。実さんに写真送ってねえ。限定SSRの月島満なのに。まぁ、さっきの写真送っとくか」
先ほど撮った写真を実さんに送る。すると『つきみだけの写真はないの?』と返ってきた。
「ああ? そこは私だろ」
と、文句を言いつつもつきみ単体の写真を送る。ついでに私単体の自撮りも送ってやったが『そっちは別に要らない』と返ってきた。そして柚樹さんから『全身が写るように撮り直してくれってさ』とメッセージ。一緒にいるのだろうか。うみちゃんに撮らせて送ってやると、既読無視されたが、柚樹さんから「可愛いってさ」とメッセージが来ると言い訳するように「つきみ"は"可愛い」と柚樹さんのアカウントからメッセージが送られてくる。本当に素直じゃない人だなと呆れる。
「あ、くるみにも送ってやらんとな」
くるみにも私たち四人の写真を送る。すると「つきみちゃん着物着てる! 可愛い!」とテンションの高さが伝わるメッセージが届く。ついでに私の写真も送ってやろうと思ったが、実さんが拗ねそうなのでやめた。
「あ。望も小春ちゃんに写真送った方が良いんじゃない?」
「いや、朝めちゃくちゃ撮られたからもう充分だと思う」
「代わりに私の自撮り送ってやるか」
「要らんだろ」
「ああ? 月島満の成人式限定SSR写真だぞ。要らないわけないだろ。今ならサイン付きだぞ」
「尚更要らんだろ」
なんてやり取りを望としながら会場の方へ歩いていると「あの子可愛くない?」「あんな可愛い子居たっけ」と後ろの方からざわざわと聞こえてくる。良いぞもっと褒めろと心の中で頷いていると「あのデカいの二人、鈴木と星野だろ」「あー。じゃああの子、月島か」「ああ……なんだ月島かよ……」と落胆するような声に変わる。
「ああ? なんだとはなんだ貴様ら。おいこら」
「うわっ、聞いてんじゃねえよ!」
「うるせえな聞こえたんだよ。で? 正面から見た感想は?」
うみちゃん達から離れて噂をしていた男子三人に絡みに行く。彼らは口を揃えて「中身が月島満じゃなかったらなぁ……」とため息を吐いた。
「可愛いってことは否定しないと」
「お前のその自己肯定感の高さ相変わらずだな……」
「一緒に居たの、星野と鈴木だよな? 相変わらず仲良いんだな」
「つか、やっぱ鈴木はスーツなんだな」
「相変わらずイケメンすぎて悔しい」
「まぁまぁ。可愛い私でも見て落ち着けよ」
「くそっ……なんだかんだで顔は良いのがまたムカつく……」
「マジで中身が月島満じゃなければなぁ……」
「弟と中身が逆だったら好きになってたな」
「分かる……」
「まぁ、新は性格も可愛いからな」
「自分の性格が可愛くないのは自覚してるんだ」
「その分見た目でカバーしてるから問題ない」
「出来てねえけどな?」
そのまま同級生達と共に思い出話をしながら母校の体育館へ。偉い人達のありがたーいお話を子守歌に睡眠を取り、記念撮影をして十二時前には一旦解散になったが、久々に会った同級生達と思い出話に花が咲き、結局帰りは一時過ぎになってしまった。
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