死ぬまで一生

 8月8日。今日は彼女の誕生日。


「月島さんもご飯行く?」


「いや、今日は恋人の誕生日なんで。早く帰らないとうるせぇんで失礼します」


「お疲れ様ー」


 バイト仲間からの誘いを断って、駅まで走る。急いで帰らないといけないが、その前に寄るところがある。まずは彼女の双子の兄である柚樹さんの家。

 インターフォンを押すと、待っていたかのようにすぐに応答し、玄関から顔を覗かせる。


「誕生日プレゼント」


「わーい! ありがとー」


「おう。じゃあな」


「えー。もう帰るの?」


「急がんと『今日何の日か分かってる?』って圧かけてくるから」


「うわっ、我が妹ながら重いな」


「あんたも人のこと言えねえだろシスコン」


「満ちゃんだってブラコンじゃん」


「じゃ、そういうわけで。また」


「ん。また。ありがとねー」


 プレゼントだけ渡して、彼の家を後にする。次に寄るのはケーキ屋。


「……意外と混んでるな」


 予約しておけば良かったと反省しながらレジに並び、彼女に『遅くなる』とメッセージを送る。するとしばらくして『今日何の日か分かってる?』と返ってきた。思わず舌打ちしてしまうと、前に並んでいた人が振り返る。

 謝り、彼女にスタンプを返す。一旦スマホをしまってから、遅れる理由も伝えておいた方が良いなと思い『あんたの誕生日ケーキ買ってるから遅れる』と付け足す。すると『それなら最初からそう言いなさいよ』と返ってきた。良い度胸だ。帰ったら絶対にゃんにゃん言わせてやる。


「ショートケーキ二つください」


「ショートケーキをお二つですね」


 無事にケーキを手に入れて後は急いで帰るだけだ。ケーキを崩さないように小走りで駅に向かっていると、ふと花屋が目についた。どうせ遅いと怒られるのだから、もう少しだけ媚び売っておくか。


「ありがとうございましたー」


 白い薔薇の花束だけ買って店を出る。白い薔薇の花言葉は彼女も知っているはずだが、薔薇は本数によっても意味があるらしい。私が買ったのは五本。意味は『あなたに出会えたことへの感謝』しかしまぁ、恐らく彼女は本数の意味までは知らないだろう。別にわざわざ教える気もない。


 家が近づいてくると、肉が焼けるような良い香りがしてきた。玄関から中に入り、匂いに誘われるようにキッチンへ向かう。


「もしかしてハンバーグ? おっ、ビンゴだ。やったー」


 ハンバーグとポテトサラダを皿に盛っていた彼女が呆れたような顔をしながら、皿を持ってキッチンを出て行く。無視かよと拗ねると同時に、そういえばただいまも言っていなかったことを思い出して振り返り、声をかける。「お帰り」と不機嫌そうな声で返ってきた。そして彼女はテーブルの上の白い箱を見る。その箱はさっきまで私が持っていたケーキだ。無意識にテーブルに置いてしまったらしい。冷蔵庫に入れて、鞄に挿していた薔薇の花束を彼女に渡す。


「ん。やる」


「……何。どこで摘んできたのこれ」


「アホか。買ったんだよ。花屋で」


「……わざわざ?」


「んだよ。要らないのか?」


「……要る」


 受け取った後、彼女は目を逸らしながら「ありがと」と小さな声でお礼を言う。相変わらずお手本のようなツンデレ仕草だ。


「はっ。最初から素直にそう言え。バーカ」


「う、うるさいわねぇ……!」


「あとこれも」


 本命のプレゼントを忘れるところだった。彼女が鞄のポケットから縦長の箱を取り出す。中には緑色の宝石が一つついたシンプルなネックレス。


「ペリドットかしら」


「そう。誕生石」


「……ありがとう。大事にする」


「おう」


 彼女が花束を花瓶に挿してネックレスをしまっている間に、勝手にご飯を用意して席に着く。料理が苦手な彼女にしては綺麗に焼けているなと感心するが、彼女の席に置かれたハンバーグはぼろぼろだ。綺麗に焼けた方を私の方に置いてくれたのだろう。嫌い嫌いと口癖のように言うくせに素直じゃないなと笑いながら、ハンバーグを交換する。形はバラバラだし、焦げている。しかし別に味には問題はない。さて、さりげない気使いを無下にされた彼女はどういう反応をするだろうか。


「なんでハンバーグ交換したのよ」


 戻ってきて席についた彼女はすぐにハンバーグに気づいて私を睨む。


「誕生日の人に失敗した方を食わすわけにはいかんだろ」


「……何よそれ」


 むっとしつつ「そういうところ嫌い」と小さくこぼす。そう。私はその言葉を聞きたかったのだ。


「にしても美味いなこのハンバーグ」


「お世辞はい——むぐ」


 彼女が言い終わる前に、口の中にハンバーグを突っ込む。


「な? 美味いだろ?」


 むすっとしながらも、彼女は頷く。彼女に食わせた分を彼女のハンバーグから回収する。すると彼女は、私のハンバーグからわざわざ焦げたところを切り取って持っていった。


「多少焦げたくらいでおいしさは大して変わらんだろ?」


「……味覚音痴」


「あぁ? あんた、舌肥えすぎだろ。やっぱ交換してよかったじゃん」


「……ふん」


「はぁ……ほんと意地っ張りだなあんた」


 まぁでも、それはお互い様かと自分自身に笑ってしまう。


「ほんとムカつく」


「別れるか?」


「冗談でも二度と言わないで。貴女は一生わたしのものよ。絶対離してあげない」


「離れたくないの間違いだろ」


「うるさい。バーカ」


「あんたほんっと可愛くねえな。まぁ、だから抱きがいがあるんだけど」


 私がそう言うと、彼女は動揺したのかげほげほと咽せ返る。そして真っ赤な顔をして涙目で私を睨む。その顔が堪らなく可愛い。


「ははっ、顔真っ赤!」


「貴女のそういうところ! ほんっと嫌い! 大っ嫌い! 食事中に下品な話しないで!」


「私は食べ終わった」


「私はまだ食べてるの!」


「はははー。お風呂沸かしてくるー」


 煽るだけ煽って、さっさと食器を片付けて逃げる。風呂を沸かす準備をしていると、リビングの方から「もぉー! ほんっとムカつく!」と彼女の叫び声が聞こえてくる。


「あー。ほんっと飽きないなあの人」


 彼女は私に恋をしている。他人から向けられる恋心なんて煩わしいだけだった。同じ気持ちを返してほしいと望まれることが重くて仕方なかった。だけど彼女は、同じ気持ちになれない私を受け入れてくれる。恋故のわがままな感情を理解出来なくても、何で分からないのと責めずに『恋をしない貴女にはわからないわよね』と呆れながら、恋をしない私を受け入れてくれる。だから私も、彼女の側にいたいと思える。離してあげないと彼女は言ったが、望むところだ。死ぬまで一生いじり倒してやる。

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