コトコトな話

「鍋って、どこしまってあります?」


 林檎を片手にしたままキョロキョロと調理台を見回す後輩の横から私は手を伸ばして、シンク下の扉を開ける。


「どもっす」


 軽く会釈し、ヒョロ長い背を丸めて小ぶりの鍋を取り出す。後輩は先程握っていた包丁でモクモクしている林檎を更に薄く小さく切ると、次々と鍋に入れた。


「で、アンタは何をしようとしてるわけ?」


「ウチ、今台所だいどこ使えないんすよ」


 そう言いながら、新たに剥いた林檎も手際良く薄切りにしていく。

 だが、私が欲していた答えは返ってきていない。


「……で?ウチの台所で、何しようとしてるのよ?」


 諦めずに再度問う。


「煮るんすよ」


 ぶっきらぼうな答えが返ってきた。

 要領を得ないそっけない返しに、思わずむきになった。


「何を」


「この林檎っす」


「煮てどうするのよ」


「一緒に砂糖とレモン汁を入れるんす」


 後で買って返すんで、砂糖ください、と後輩が言う。わけがわからず、言われるがままに砂糖を保存容器から砂糖を出して、渡す。レモン汁は宅飲みの時に揚げ物にかけるのために常備しているので、こちらも併せて渡した。


「……で、何になるのよ?」


 私の問いかけに、彼はこちらを向いてぱちくりと瞬きした。


「先輩知らないんすか」


「……知らなくて悪かったわね」


 私のムッとした顔に対し、普段あまり笑わない後輩が、長い前髪の向こう側でニッと悪戯っぽく笑った。


「美味しい林檎ジャムになるんす」


 コトコトと。

 熱せられた砂糖が薄切りにされた林檎の上でとろりと溶けて、狭い台所に甘酸っぱい香りが広がる。

 いつも無口で、何を考えているのかさっぱりだった後輩の口から出た『林檎ジャム』という、美味しそうで、甘酸っぱくて、素朴な可愛さを感じた私は思わず鍋と彼を交互に見つめた。


「……知らなかったわ」


 林檎ジャムがどうやって出来てるのかも、いつもぶっきらぼうで無口な後輩が実はこんなにおしゃべりで、悪戯っぽい笑顔で林檎ジャムを煮ようなんて言うなんて。


 コトコトコト。


 普段料理を作らない生活感の薄いうちの台所が、林檎の爽やかな香りと砂糖の優しい甘い香りでいっぱいになっていった。

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