レイトショー

口一 二三四

レイトショー

 アタシ達二人は出会いからして映画みたいだった。

 ピークを過ぎた映画館。

 カップルや友達連れが帰る波に逆らって座席についたあの日のことを、今でもよく覚えている。

 話題にも上がらず前評判も聞かず人気作にまぎれて消えていくマイナー映画。

 ただでさえ客の入りの悪い館内は時間も時間で人なんてほとんど居なく、ほどよい暗がりでひと休みするにはもってこいの場所だった。

 だからこそ、隣に座るアンタの姿がひと際浮いて見えた。

 男っぽいと言われるアタシとは正反対の女の子らしい恰好。

 手のひらまで覆う白い服の袖から覗く指も白くて、童顔を縁取るみたいな巻き髪が可愛さをさらに際立たせていた。

 そんな子が、そんな人が。

 空席だらけの空間で、途中で眠った誰かのいびきの中で。

 スクリーンに映し出される物語に合わせて笑い、驚き。

 エンドロールにはずびずび鼻をすすり泣いてるもんだから、気づけばアタシは映画じゃなく、その姿を目に焼きつけていた。

 上映が終わって目が合った瞬間。


「すっっっっごい良かったですよねっ!」


 赤の他人の、たまたま隣の席で同じ映画を見てただけのアタシに臆することなく話しかけてきた時は、正直。

 このまま別れるのも惜しいなと思ってたのもあって、なんだかすごく嬉しかった。

 元々ひと休みするため入っただけだし、アンタに目を奪われてて内容なんて覚えてないし。

 そんな無粋、適当に話を合わせているのに気づかず楽しそうに喋るアンタに言えるわけもなかった。


 その日からアタシ達の関係は始まった。

 見た目も性格も話題も両極にいる二人だったけど、不思議となぜだか波長は合った。

 趣味の話をすれば「それでそれで?」と興味を持って聞いてくるアンタと、流行の話をすれば「うん、うん」と相槌打って答えるアタシ。

 傍から見れば会話になっていないようなやり取りも二人からすればちゃんとした会話で、沈黙に顔を見合わせ笑い合う瞬間が、かかけがえの無いものに変わっていた。

 それはアンタが遠くへ行ってからも変わらない。

 海外で仕事がしたいと打ち明けられ、悲しいけど、寂しいけど頑張りなと見送ったのが二年前。

 今でも時々連絡するけど、やっぱり電話やビデオチャットだけでは味気無い。

 アンタに会うまでは当たり前だった日常も、会ってからだと空虚に思える。

 お店に入ればアンタの好きな雑貨を探し、スマホにはアンタがよく聞いてた歌が並んでいる。

 どれもこれもアタシの趣味じゃない。流行り物好きのアンタの趣味。

 距離を置いて初めてわかった気持ち。

 いつの間にか大きくなった存在は、ちょっとやそっとじゃ消えてくれない。

 騙し騙し過ごしてきた二年は、好きって想いを募らせるには十分すぎる時間だった。


 死に別れってわけじゃないからこそ。

 生きているから、近くにいてほしい。



 久々に訪れた一人の映画館。

 おひとり様や親子連れが帰る波に逆らい座席について、疎らな中でスクリーンに目を向ける。

 隣の席には誰も居ない。

 けれど心の中にはアンタが居て。

 電源を切ったスマホの中には『年末久しぶりに帰るね!』のメッセージがあって。


「……早く会いたいな」


 あの日みたいに、映画の内容なんて頭に入ってこなかった。

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