第88話 合成魔法

 コタロウが寮まで走ってダインさん達に、もう大丈夫だと言いに行った。


 寮に避難したみんなは、気が気じゃないだろうから、とりあえず安心してもらいたいよね?


 だけど、ワクワクしたダッキとブランがアラニャを連れて、少し離れたところで訓練を始めた。


 うん、訓練というか、これは普通に組手だね。


 まあ、ダッキは口で説明するタイプではないだろうから仕方ないと思うけど、それにしても魔法も使って派手にやっているから、コタロウが知らせに行ったけど、たぶんみんな寮から出てこないだろうね。


 僕とナタクさんとカルラは、それを並んで見ながら苦笑いをした後で、頷きあった。


 たぶん思う事は一緒だと思う。


 その後で、ナタクさんは右手に先程と同じ玉を出した。現れた玉の中でシュルシュルと音を立てながら複雑な風が渦巻いている。


「これが風を閉じ込めた『ウィンドボール』です。そして、こちらが水の『ウォーターボール』です」


 そう言うと今度は左手に玉が現れた。中では水が渦巻く。それをナタクさんは胸の前で合わせて一つにした。ナタクさんはなんでもないというように、さらりと簡単にやったが、絶対にそんな簡単じゃないと思う。


「これが合成魔法『ストームボール』です」

「『ストームボール』って『ストーム』ですか?」とカルラが驚く。


 確かに『ストーム』ってカルラ使っていたよね?


「そうです。気付きましたか? カルラさんがダッキに使った『ストーム』を玉の中に圧縮した物です。圧縮した分、威力が跳ね上がりますが精度が求められます。ちなみに『ストーム』も合成魔法ではあるのですが、精度は低いです。たぶん人族の言葉を普通に操れる魔獣クラスの知力があれば使うことが出来ます。まあ、カルラさんはバードロイドなので、訓練すればこちらの『ストームボール』も使えますよ」

「えっ? でも『ストーム』はアル様の持っている本に普通に書いてありましたよ」カルラは首を傾げた。


「それはきっと人族向けの本だからですよ」と言うナタクさんの言葉に僕もカルラも頷く。


 あれ? だけどさ……。


「ナタクさん、見てたんですか?」

「うん? あぁ、見てましたよ。初めから」

「「えっ?!」」


 僕とカルラが驚いてナタクさんを見るとナタクさんはしれっとした顔で続けた。


「『エンライ』を使った魔力の上昇を感じたダッキが嬉しそうに王都から飛び出して行って、方角的に『エンライ』を使ったのはアル様の可能性もあるから、奥様に断りを入れて仕方なく飛んで来たんですよ」


 ナタクさんは一度小さく笑った。


「そしたらみんな頑張っているし、変型ですがアル様の『エンライ』と『ノズチ』『カンナギ』を見れましたし、もちろんダッキの暴走を止めるのが目的でしたが、私としても結果的にみなさんの成長が見れたので、来て良かったです」


 ナタクさんがそう言って微笑むので僕は「すみません」と頭を下げた。


「すっかり忘れてしまっていました。ナタクさん、助けてくれてありがとうございます」

「あぁ、良いんですよ。気になさらないでください。そもそも、私がダッキに刺した釘が短かったのがいけなかったんです」


 ナタクさんはそう言うと「機会を見てちゃんと思い知らせる必要がありそうです」と笑う。


 ニヤリとナタクさんの口角が上がった瞬間、その周りの空気が重くなり、僕もカルラも息が出来ないほどの濃厚な魔力に包まれて、ブランとアラニャの2人を相手にしながら組み手をしていたダッキが「もうわかったわよ」と叫んだ。


 見るとブランもアラニャもこちらを見て青ざめている。


 えっと、僕はこの人といつか手合わせする約束しているんだけど、無理じゃない? 死ねると思うんだけど?


 なんて僕は思っていたけど、魔力を抑えたナタクさんが改めて、僕とカルラを見た。


「では、カルラさんは先程の『ストームボール』の練習をしてください。慣れるとそのまま出せます」


 ナタクさんの右手にはいきなり現れた『ストームボール』がグルグルと渦巻いていた。


「第一段階はこれですね」

「第一段階ですか?」カルラが聞く。


「はい、これに『ライトニングボール』を合わせて『テンペストボール』にします。これがとりあえず当面の目標です」


 すごかった。それがやばい事は、すぐにわかった。


 ナタクさんの手の中に収まった『ストームボール』と『ライトニングボール』を合わせた玉は、黒くて、ものすごい魔力を発しながらバチバチと雷をほとばしらせる。


「『テンペストボール』の威力がわからないとやる気も出ないですよね? ダッキに当ててみますか?」


 ナタクさんがそう微笑むとダッキは「殺す気か!」と叫んだ。


 もちろん冗談だけど、ナタクさんの目が笑ってないのが怖い。それにダッキはナタクさんの冗談にすぐに反応してくるが、今もブランとアラニャを相手に組み手をしている。


 アラニャが繰り出す糸を凍りつかせたり、飛びかかってくるブランの頭を押さえながら軽々と飛び越えている。


 全然相手になっていないんだね。


 そう思ったら少し悔しかった。いや、すごく悔しかった。まだまだだとわかっているつもりとか口に出しても、本当はわかっていない。心がわかりたくない。やっぱり自分達の弱さは認めたくないんだよね。


 僕は奥歯をギュッと食いしばる。


 そこで、走って戻ってきたコタロウがナタクさんを見た。


「それ、すごいですね。僕の『ライトニングボール』とは全然違う」コタロウがそう言って笑うとナタクさんが「えっ?!」と驚いた。


「ひょっとして、コタロウ君は『ライトニングボール』を使えるのですか?」ナタクさんが首を傾げると、コタロウが「はい」と頷いた後で、ニコニコしながら右手に『ライトニングボール』を出して見せた。


 コタロウの右手の玉の中で、雷が蠢くようにバチバチとたまに弾けながらグルグルと回る。


 それを見たナタクさんが「なっ?」驚いていると、ダッキが「どういう事?!」と声を上げて、慌てたようにコタロウのところまで走ってきた。


「ナタク! どうなっているのよ。この子、リトルオーガよね?」

「あぁ、私も驚いているよ、ダッキ」


 ナタクさんはそう言って怖いぐらいに笑う。


「どうしたんですか?」僕が聞くとナタクさんは僕を見て頷いた。


「アル様『ライトニングボール』も『ストームボール』と同じで難易度の高い合成魔法なんですよ。普通の魔獣の知力では扱えない。つまりコタロウ君は、魔獣の理を踏み超えたんです」


 ナタクさんの言葉の後で、驚いたみんなに見られたコタロウが照れを隠すように「ヘヘヘッ」と笑った。

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