第84話 セイコン
薄れて行く意識。
狭くなった視界の角がぼやけて、さらに狭くなる視界で青い空とまつ毛についた砂の粒を見ていた。
遠くで少女の悲鳴が聞こえた。「どうして?」「なんで?」と繰り返している。
でも心は晴れない。
後悔だけが僕の心に広がっていって、『たられば』が繰り返し浮かんできては心を支配した。
もっと慎重に行動していればとか、いっぱい鍛えてもっと強くなっていたらとか、あの時もっとこうしていればとか、思ってしまうのは、走馬灯ってやつだろうか?
そんな風に思ったら、聞き覚えのある男性の声が聞こえて、ついこの前会った人だけど、懐かしいし、なんかホッとした。
「ダッキ、アル様に手を出すなと言ったおいたでしょう。あなたは言葉がわからないのですか?」
「そんな事、言っている場合じゃないわよ。私の足が治らない。この力ってあれじゃないの?」
「『セイコン』ですね」
「なに冷静に言ってんのよ。『セイコン』ってそんな事って……アンジェの奴、もしかしてこの子、ヘンリーの子なの? あいつ、半分キジョのくせになんて子を産んでいるのよ! 本気の馬鹿なの?」
少女の言葉に男性は「フフフッ」と笑う。
「ふざけないで、笑い事じゃないわよ! そんな子、王国にとって災いの種にしかならないじゃない」
誰かに液体をかけられた。自分の傷が回復していくのがわかる。
やめてよ、もう僕はいいんだ。
だって、みんな、死んでしまった。
僕が弱いせいで、助けられなかった。
僕は甘かった。
どんなに頑張っても、みんなで幸せになんてなれない。
だって弱い者は強者の気まぐれで、ぺシャンと踏み潰される。
弱肉強食、世界は元から残酷なんだ。
もうこのまま眠りたかった。僕がそう思っていると少女の声がまたした。
「そいつをこっちによこしなさい、ナタク。そいつはやっぱりここで殺しておくべきよ」
「ダッキ、私はアル様に手を出すなと言っているのですよ。本当にわかりませんか? これはお願いじゃない、警告です」
ナタクさん?
僕は目を開けた。
ナタクさんの後ろ姿が見える。いつもの執事の格好で、僕を少女から隠すように立っていた。だけど、魔力も解放せずにただ立っている。
ダッキと呼ばれた少女はナタクさんと向かい合い片足で立っていた。もう片方の足は、膝から下が失くなって、血がダラダラと垂れている。
「どきなさいって言ってんのよ」
ダッキがまとう魔力を高めた瞬間にナタクさんに首を掴まれていた。ダッキの体は宙に浮き、グググっと苦しそうに暴れている。
僕は何が起こったのか? 全く目で追えず、わからなかった。
ナタクさんの動きも魔力の上昇さえも捉えられなかった。ただ気がついたらナタクさんはものすごい魔力をまとって、ダッキの首を掴んでいた。
「あなたは回復を受け付けない『セイコン』のある状態で、私とやれると本当に思っているのですか? 万全でも私には敵わないでしょ?」
ナタクさんは首を傾げるが、ダッキは苦しみながら首にかけられたナタクさんの手を両手で掴んでなんとか外そうともがく。
「とりあえず、選択肢を与えてあげます。アル様達の事は忘れて今まで通り楽しく暮らすか? それとも、今ここで私に殺されるか? 選んでください」
ナタクさんは静かにそう言って、ニコリと微笑んだ。
「だいたいお前、王族の奴らに四竜とか言われているからって俺と同等だと思ってないよな? 調子に乗っているなら潰すぞ」
その言葉の後でナタクさんの周りの空気がギュッと集まったように重くなった。冷え冷えとした静けさの中でグッグッグッと息を漏らしながらダッキだけが暴れる。
「わかりましたか?」
抗議するようにダッキが「うーうー」と言って、ナタクさんはその手を離した。解放されたダッキはへたりこんでゲホゲホと咳き込む。
「首を掴まれていたら答えられないでしょ?」
「わかりましたか?」
「ったく、わかったわよ。だけど、フクギが知ったらその子間違いなく殺されるわよ」
「そうですね。では、あなたも隠すのを手伝いなさい」
ナタクさんが微笑む。ダッキは嫌な顔をして片足でピョンと立ち上がった後で「足治してくれるの?」と言った。
「アル様次第ですね」
2人が倒れたままの僕を見るので、もちろん顔をしかめておいた。
よくわからないけど、僕にあの傷が治せるのだとしても絶対に治してなんてやらない。
当たり前だよね?
「嫌われましたね。諦めて傷を焼いて、義足にしなさい」
「嫌、そんなの。ナタクも頼んでよ。みんな死んでないし、確かに最後は殺さないとダメだと思ったけど、初めは遊びだったって言って」
「嫌ですよ。なんで私があなたを助けないといけないんですか?」
うん? みんな死んでない?
「みんなは死んでないのですか?」
僕は2人を見上げたままでそう言った。ナタクさんとダッキは再び僕を見る。
「死んでませんよ。元々、ダッキは、昔アンジェとよく遊んでいたので、その子供のアル様と遊びたかっただけですから」
ナタクさんがそう言うので、僕はダッキを見た。
「だから、最初から私は遊んであげるって言っているのに、あの子達が頑張るから、だからとりあえず仮死状態にしただけ、生きているわよ」
そう言われた瞬間にどうしようもなく視界が滲んだ。心の底から何かが迫り上がる。
良かった。本当に良かった。
そう思って、僕は物心がついてから初めて、声をあげて泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます