14.実践に勝る訓練なし



「それにしても、リュミエールからお茶のお誘いなんて、どれくらいぶりかしら」


「おや、なんだい? 親子だってのにそんな時間も作ってあげてないのかい」


「もぉ、またお母さんはそんなこと言って。そんなわけないじやないっ。お母さんも知ってるでしょ、この子がじっとしていられないお転婆な子だって」




「・・・あの、お母様ももう少し言い方があるのでは?」


 確かにわたくしが動き回るたちなのは否定しませんが、いくらなんでもお転婆は言いすぎでは?




 お母様のお言葉の是非はさておきまして、わたくしは今屋敷の庭でお母様、お祖母様をお誘いしてお茶を嗜もうとしています。


「~♪」


 あと、わたくしの膝の上には即興で作ったと思わしき鼻唄を歌いながらご機嫌なクリスがちょこんと座って参加しています。

 即興とはいえ、しっかりとした音を以て紡がれる可愛らしい歌・・・控えめに申し上げて天才ではありませんか?



「お転婆で間違っていませ~ん。確かに物腰とか言葉遣いは丁寧になってきたけど、あなたの最近の行動は前にも比べて色々と酷くなってるじゃない」


「酷く・・・」


「あぁ、まあ。ねぇ? あたしがリュミエールと顔を会わせてる時間はこの子が生まれたときから数えてもそんなに長くはないけど、こうして久しぶりに会って話してると思うところは出てくるからねぇ」


「でしょお? ただでさえお転婆なのにいつの頃からだったかしら、うちの私兵や護衛の人たちに混ざって戦闘訓練なんて始めちゃって。しかもそれだけで飽き足らずに訓練とは別に自分から剣と槍の使い方まで習い出す始末・・・どうしてこうなっちゃったのかしら」


 「お母様、実の娘が目の前でとても複雑な気持ちになっていますから、もう少し控えめに嘆いてください」


 そうでなければ、せめて婉曲な表現にして頂けますか?

 ・・・割りと本気で複雑ですので。



「わたしはかっこいいおねえさまが、好き」


「ああ・・・・・・クリス。あなたは優しいですね」


 顔を上向けこちらを見ながら、天使クリスがわたくしをなぐさめてくれます。


 するとどうでしょう?

 わたくしは気がつけばクリスを抱き締めていました。

 小さい子特有の高い体温がとても心地よいです。



「聞いてた以上の溺愛っぷりだね」


「・・・学園に通うのに寮に入れば、この子の弟妹離れも進むかしら」


「どうだろうね。あたしらがこっちに来る前、あんたたちがうちに来てた期間しばらく会ってなくても、これだろ? フィリオの方は恥ずかしがるからこの子も遠慮してはいるみたいだけどねぇ」


 お母様たちが小さな声で何か話されていますが、今わたくしはクリスを可愛がるのに忙しいので聞こえません。


 そうしてクリスを撫でまわしていると、屋敷の方からお茶が運ばれてきました。

 準備が整ったようですね。


 お茶を運んできてくれた者に目配せをし、お母様たちの方からお茶をお出しするよう指示します。


 かちゃ


  かちゃ


 まぁ、まだ不馴れですから音を立ててしまうのは仕方ありません。

 今後改善していけば良いです。


 そのために身内だけのプライベートなお茶で練習させているのですから。



「! あら、ありが・・・」

「おや、すまな、い・・・・・・」


 お二人の言葉がお礼の途中で切れてしまいました。


 かちゃ かちゃ


 そんなお二人を眺めていたらいつの間にわたくしの後ろに回り込んだのか、その大きな手がわたくしとクリスの分のお茶も置いていきました。


「ありがとうございます」


「ありがとーござい、ますっ」


「・・・、っっっ」


 わたくしのお礼の言葉にクリスが笑顔で続きます。

 一生懸命にお礼の言葉を述べるクリスがとても愛らしく、わたくしはまた一層、クリスを抱き締めたくなります。


 ですが、折角のお茶が冷めてしまいますから、わたくしは、身を切る思いでクリスを隣の席に座らせます。


 そうして両の掌で包むようにカップを持ってふー、ふーと息を吹き掛けて冷ますようにしているクリスの可愛らしさを堪能しながら、わたくしも自分のお茶に口をつけます。


「おいしいね?」


「そうですね」


 天使と嗜む、お茶の時間。

 もうひとりの天使フィリオもいてくれたら完璧でしたが、あの子もわたくしと同じで中々動かないでいられない性格をしていますので、断られてしまいました。


 それだけが残念です。



「あの、リュミィお嬢様? クリスお嬢様と仲良くされているところ申し訳ないのですが、そろそろ奥さまとお祖母様に触れて差し上げた方がよろしいのでは・・・」


「・・・」


「・・・」



 そんな幸せと少しの後悔に心揺られていると、最初から後ろで控えていたアルより声がかかります。


 もっとクリスを眺めていたかったのですか・・・未練を抱えつつも呆然とする二人の視線を辿り、後ろを向きます。
















「が、がぉ・・・」



 そこには、ソラが立っていました。



 まぁ、知っていましたが。

 

 きれいに、とまではいきませんが、少し猫背になっているくらいで、とても上手に二本足で立ち上がっています。

 前肢を身体の前で重ねる格好はメイドがする立ち姿ではありますが、執事など男性の使用人が取るような姿勢では猫背がより悪く見えたり、変に威圧感があったりしたため、今のところは一番無難に見えるこの立ち方をさせています。


 折角ですから今のソラの給仕に評価をしていきましょう。


「いえそれよりも先にお二人へのフォローをお願いします」


「ですが、今の感触を忘れないうちに指導までしてあげるのがソラのためです」


「奥さまとお祖母様のために、お声をかけて差し上げてください。ソラには私から指導しておきますから・・・」


 仕方ありませんね。


「お母様、お祖母様、お口を開けられたままでは口内が乾いてしまいますよ? お茶もあることですから、少しでも飲んで落ち着かれてはいかがでしょう」


 そうお二人に投げかければ、ゆっくりとではありますが止まった時が動きだし、お茶を口に含まれました。


 しかし、それでも今の時間軸に戻られないようでしたので、再びクリスを愛でることにします。



「「いやそこはもう少しツッコんで」」



 あら?































「あービックリしたわ・・・」


「ホントだよ・・・にしても器用に立ったり物を持ったりするもんだね?」


「練習させましたから。本日のお茶もその一環です」


「それで珍しくあなたからお茶に誘ってくれたのね・・・娘のお誘いにちょっぴり嬉しく思っていたのに、今は酷く複雑だわ・・・」


「て、いうかね。練習してどうにかなるものなのかい・・・」


「まぁ、これほど早く見られるくらいの形にまでなるとはわたくしも思っていませんでした。お茶にしても、割りと美味しく入れられているとは思いませんか?」


「「まさか・・・・・・」」



===================================

お嬢様は深刻なブラコン・シスコンを患っていらっしゃる。

愛で方なんかは間違いなくアルの影響。



あ、ソラはちゃんと仕立て上がった使用人服を着用しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る