2.わたくしの踏みしめるもの



 わたくしの家は侯爵家。

 クラウディアス侯爵家です。


 王都からは遠く東に離れた王国の端も端ではあるものの、広くそれなりに豊かな土壌を持った土地を任されています。

 国境である西南北はそれぞれ異なる辺境伯が領地を守っています。


 わたくしたちの住まう領地は国境ではないのか、という疑問もあるかと存じますが、結論だけ言ってしまえば、国境です。


 他の三方と比すると隣国との間に横たわる野山時々森が広大すぎる、という差はありますが。

 どの程度広いかと言いますと、隣国との間に更にもう一国挟まっているようなもの、とでも表現すれば分かり良いでしょうか?

 つまりこの森やら山やら、地形的な理由はもちろんのこと、距離としてもこちらの国とお隣とを隔てる大きな障害となっています。




 しかし何よりもこの国と隣国とを隔てているのは、この地に住まう魔物たちの存在なのです。


 複雑に絡んだ角を振動させ、その角を叩き付けた相手を巻き込み粉々に砕いてしまう鹿型の魔物、ミルディアー。


 異常に発達した後ろ足で立ち上がり、時に格闘術のような戦闘すら行うという獅子型の魔物、アサルトレオー。


 地下茎でひと繋ぎになった多くの幹を広範囲に露出させ、中に入ってきた獲物をその幹で全方位から串刺しにして仕留める竹林の魔物、バンブートレント。


 などなど、他にもこの辺りでさえなければそこら一帯のボスにでもなっていておかしくないような魔物が群れをなして生息している魔境。

 それこそが、クラウディアス侯爵領の隣に横たわっている魔物たちの領域、人呼んで『クラウディアス魔界』・・・


 いえ、たまに勘違いをされている方がいらっしゃいますが、この人外魔境は別に侯爵家の領地ではありませんからね?

 むしろここまで国土を開拓してきたご先祖様方が国からの命令を突っぱねてまでこれ以上東方面に開拓しないよう、頑として譲らなかったほど、と歴史書にも載っているくらいには周知の事実なはずです。

 ご先祖様方の忠告を聞き入れず、他の貴族家や王族が主導した開拓は人の手で木々を切り倒すことすらできずに魔物たちから壊滅的な被害を受けた、という黒歴史と共に。



 今では「悪いことする子はクラウディアスの魔界から怖~い魔物たちがやってきて骸すら残さず食べられる」と言って、子供の躾に使われる程です。



 ・・・・・・思うに、こんな広まり方をしているから色々と間違った認識のされ方をしているのではないでしょうか。




 まあ、考えても詮ないことです。


 さて、このように危険極まりない地域と周りからは思われている我らがクラウディアス侯爵領ですが、領民の生活は実のところとても安定しています。

 近くに生息する危険な魔物たちもこちらから何かをしなければ襲ってくることも、皆無ではありませんが滅多にありません。


 それでも襲われれば当然こちらとしても全力で抵抗します。

 国内でも精強で名高い侯爵家の私兵でも無傷というわけにはいかず、残念ながら死者が出てしまうこととてあります。

 しかし、倒す相手は全身が武器防具、装飾品から衣服までと様々な使い道のある希少な部位を備えていて、これらを時にそのまま、時に加工して他領に販売することでわたくしたちの侯爵領は大きな利益を上げ、それを命を懸けて戦って下さる兵士の皆様や領民の方々に還元しているのです。




 それに時折、生え代わりで抜けたと思われる角や爪、牙に鱗などが落ちていて、これは殆どの場合見つけた人のものにして良いことになっていますので、最前線であるはずの魔界を含んだ経路の巡回は兵士の皆様にかなり人気だったりもします。


 魔界と侯爵領の境目付近が魔物たちからはそうった古い身体の一部を捨てていく場所、言い方はよろしくないかもしれませんが、ごみ箱と認識されているからこそこういった恩恵に預かれているのです。


 これも一重に、これまでの積み重ねでお互いに住み分けができているからこそでしょう。

 まだその辺りが手探りだった頃などは人と魔物との争いが絶えなかったとも聞き及んでいます。


 このように穏やかな状態を造って下さったこれまでの侯爵家の皆様に心より感謝しなければいけませんね。



 それはともかくとして、このような事情から魔界側の魔物を積極的に討伐しているわけではないうえ(できないとも言いますが)、他へ販売することもありますので、領内で加工される数量というのはそれほど多くはありません。




 長々と前置きをさせて頂きましたが何故このようなお話をさせて頂いたかと申しますと、領内の変化について言及させて頂きたかったから。

 これです。


 どうやらここ2~3年辺り、魔物の素材を扱う職人さんたちが魔界産のものと思われる素材を扱うことが増えているというのです。

 しかし前述したような討伐や拾い物は増えていませんでしたし、巡回の兵士以外で誰かがこの付近で魔界に入った形跡も見つかっていません。


 侯爵家当主たるお父様は国内の他領や、果ては国外にまで調査の手を伸ばしていましたが、密かに集めているなどということも、領内以外では取り扱い量が増えたなんて噂もなく、原因の究明は暗礁に乗り上げました。


 いえ、乗り上げたと思われていました。



「アル、その手に持った赤い物体はなんですか? 非常に物々しい気配がするのですが」


「靴にございます」


「それは見れば分かります。そういうことを聞いているのではありません。何故それをわたくしに向かって差し出しているのか、とか。どうして靴がこんなにも威圧感を放っているのか、とか。そういうところを聞いているのです」



 そう、この使用人。



「先日お嬢様にもお伝えしたではありませんか。お嬢様のたおやかなおみ足をお守りする靴でございますよ」


「絶対にそうでしょうと知りつつ、もしかしたら違うかもしれないという淡い期待を込めて聞きましたけど・・・見事に期待を裏切られましたね」


「いつも、期待の一歩上行く働きを心がけておりますので」


「せめて上ではなく前に進んでください。何故上空に向かって踏み出しているのですか」


「大人の階段を登るため、でございましょうか?」


 そうやって存在すら謎の階段を登り続けた結果として今のあなたがあるのなら、一度転げ落ちて子供からやり直すことを勧めます。


 いえ、そんなことよりも。

 そもそもどのようにして集めたか定かではありませんが、彼こそが領内のあちこちで魔界産の素材加工を依頼していた犯人だったのです。


 ・・・真実を知ってしまった今となっては「あぁ、やっぱり・・・」という感想しか浮かんでこない面白味の欠片もないオチでした。


 ちなみに聞いたらあっさり答えてくださいやがられました、この人。



「と、いうよりもですよ。先日あなたから伺ったお話しをわたくしは止めたと思うのですが?」


「はい、ワイバーン皮はお嬢様のお眼鏡に叶わぬようでしたので別の素材でお作りしました。元の予定よりも丈夫にできたと自負しております。さあ、こちらをお履きになられてカモン、Let'sダンス!致しましょう」


「もうどこからツッコんで良いのか分かりませんが、あなたはわたくしにその靴を履いてダンスをせよ、と言うのですね?」


「御意にございます。なにせダンスシューズでございます故」


「どこがシューズですか、シューズに謝ってください。誰がどう見てもグリーブ、どんなに甘く採点してもブーツ以下にはなりませんよ、そのやたらゴツゴツしい靴は」


 と、いうか。

 本当に靴なのですか、それは。

 形だけ見るのなら確実に靴であるにも拘らず、まるで今にも襲いかかられるのではと思ってしまうほどに圧力を感じるのですが。


「いえ、珍しい材料があまり形が崩れないままの状態で手に入りましたので、小さくしてしまうのも勿体ないかと思いまして」



 そういえば、ワイバーンの素材で作るよりも良いものができたと言っていましたね・・・

 ワイバーンの時点で大概と思っていましたが、いったい何を使って作ったのでしょうか?




「ドラゴン皮にございます」


「ドラ・・・っ」



 やはり彼はどこかに拘そ・・・もとい、幽へ、いえいえ。

 見張りを付けねばならないかもしれません。


 しかし・・・



「い、いったいそんなもの、どうやって手に入れたのですか」


「実は最近初めてお会いした方との既知を得まして。その方から快く譲り受けました」


「ドラゴンの皮などという一財産になるようなものをですか・・・? どこのどなたが、そのような豪気なことを」


「旦那様より雇われている身で大変申し訳ございませんが、ご本人の希望もありますのでお名前を明かすことはご容赦ください、お嬢様。無用な混乱を避けるためにも、どうか」



 ・・・そうですね。それだけのものをポンと初めて会う、しかもアルのような常々頭の作りを疑われる人に渡してくださるのです。

 それをできるだけの財か、もしくはお力を持たれているお方なのでしょう。

 ですが、そのような方のお噂は耳にしたことがありません。



 きっと何かしらの理由があり、あまり人前に出ることを良しとされていないのでしょう。


「それなら、仕方ありませんね。でもせめて、どのような御仁なのかくらいは知りたかったですね」


 わたくしとて人の子。

 こういった謎めいた話題は気になるのです。
























「ふむ・・・彼はそのくらいでとやかく仰られるほど、狭量な方ではありません。先日初めてお会いしたばかりですからあまり多くは語れませんが、少しくらいでしたらお話しできるかと」



「まあ。やはり、心が広いお方なのですね」



「では・・・そうですね、まず彼のことは仮に、野良ゴンとでも呼称致しましょう」




 ・・・確実にドラゴン。

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