第14話
「確かに受け取りました。ではプレートを持ってきますので少々お待ちください」
軽くお辞儀をして受付を後にするリーナ。
まだ昼過ぎなのもあってギルドは大して騒がしくもない。食事を楽しめないのはやや残念ではあるが、一息つくには丁度いい塩梅だ。人もまばらで何なら昼寝も可能だろう。
「それではこちらプレートになります。手をかざしてください」
「これで良かったっけ?」
「結構です」
二度目の儀式ではあるが慣れないものだ。ほとんど二年ぶりだし慣れるはずもないのだが、ただ手をかざすだけだというのにこうも緊張するものかと思う。ランクアップはそれだけ心の底から嬉しいものなのだろう。
「登録できました。再発行には100リアかかりますからそのつもりで」
「りょうかい。そうそう、話は伝わってると思うけど、これからギルマスと少し勝負をするんだよね。それで話はなんだけど、競技場を使わせてもらえないかな?」
「できません」
即答。僕の言葉に被せんとばかりの即答だった。なるほど。これはあらかじめ用意しておいた答えなのだろう。そうでなければここまで早く返せるわけがない。人一倍頭を働かせている受付嬢であってもだ。
「そこを何とか頼むよ~。ねえこの通り」
両手を頭の上に懇願する。
「ダメなものはダメなんです」
「理由は?」
「ダメだからです」
「具体的には?」
「あなたを監視する人がいないからです。そろそろ私はお昼休憩ですし、リサさんは試験で外にいますし、ここに残るのは新人のノルザだけですからお願いは聞けませんね」
「至極まっとうな理由だね。ならなんでさっきは『ダメだから』なんて子供のようなことを言ったんだい?」
「あなたでしたらそれで納得すると思ったからです。服の着方も知らないような子供のようですから適当かと」
「……もしかして僕舐められてる?」
「いえいえ、そんなことありませんよ?自分の新たな力に自惚れて、思慮に欠ける行いをし、自分の無様な外見に気づかずに、その貧相な肉体を見せびらかすような自己陶酔がお好きな人なんてそんなことは思ってませんよ?」
「本音は?」
「あら、言わないと分かりませんか?」
「いや、結構だよ。十分に僕は自分の愚かな行動を自覚しているからね。生憎そんな安い挑発に乗るほど未熟な精神をしていないのさ」
「挑発だなんて、もしかして被害妄想も凄いのでしょうか?自己陶酔に被害妄想なんて一つあるだけでも甚大なのに、それを二つも持ち合わせているなんてそんな残酷なことがありますか?ああ。なんて嘆かわしいんでしょう。ねえ、グレンさん?」
「そうだね。まあ、欠点と言い切るにはいささか早計じゃない?伝記に出てくるような人は、いつだって自分に酔いしれているし、いつだって自分は悲劇のヒロイン、或いはヒーローだと思ってるじゃないか」
「私は欠点とは言ってませんけどね。それとも何ですか、自分は歴史に残るような大人物だと?」
確かに、欠点だとは言い切ってはいない。が、それでも悪い方の意味で言わんとしていたのは僕にも分かる。さすがにその言い訳は無理があるのではなかろうか。
「まあ、大人物だとは思わないけど、珍しい人間だとは思うよ?」
「そうですね。三年経ってようやくゴールドに上がる人なんてほとんどいませんからね。少なくとも私は初めて見ました」
「いやいや、そういうことを言ってるんじゃないよ。確かにその点で見ても僕は珍しいんだけど」
なんか今日のリーナはとげとげしいな。いつも毒を吐くのはそうなんだけど、いつにもまして毒の量が尋常じゃない。心当たりはないが、何かやらかしたのだろうか?
「それじゃどういう訳です?」
「そうだね。あくまで僕が読んだ本の範疇で、という訳なんだけど。僕はギフトを複数持つ人間を見たことがないんだよね。誇大妄想と言われたらおしまいなんだけど、僕は人類初になるんじゃないかなぁ」
「ほほう」
と。そうリーナがニヤリと口元を歪ませたところで僕は大きな過ちに気づいた。
「なるほど。そういうことでしたか。あの日からやけにギルドマスターが張り切っていると思ってましたが、そんなことが、ねえ?」
「い、いや、今のは…そ、そうだ!言葉の綾って奴で…」
「『そうだ!』って言っちゃてるじゃないですか。今更誤魔化しても遅いですよ」
「……」
「黙秘権を行使してもダメです。ウフフ。さてどうしましょうかねぇ。こんなすごい秘密、ついついどこかで漏らしちゃうかもしれませんねぇ」
「……」
「人にばらすなんてことは職業柄しませんけど、そうですねぇ、うっかり独り言を盗み聞きされる。なんてことはあるかもですねぇ」
「……」
「あら、もうこんな時間!お昼休憩がなくなっちゃいます」
「……」
「ではグレンさんごきげんよう。そうそう、話のついでで言いますけど、ギルドマスターはもう少し遅くなるようです。良かったですね。軽い食事ならとる時間はありそうですよ?」
「……分かった」
「何が分かったんです?」
「昼飯で手を打とうじゃないか」
「イマイチ要領を得ませんねぇ。なんで昼飯で手を打つ必要があるんです?」
「口封じ料だ」
「あら、そんなに信用がないですかね?口封じ料なんて物騒なこと言はなくても誰かにばらすことはありませんよ?」
「じゃあ、パフェもつけよう」
「よろしい!」
何がよろしいのかは甚だ不明だが、これ以上突っ込むまい。
「パチンッ」と指を鳴らし、今まで気味が悪いほどニヤニヤしていた顔を瞬時に消し去り、いつもの無表情に戻す。あの愉快な表情筋は一体どこにあるのだろうかと目を疑うばかりの豹変ぶりだ。さしもの怪盗だってここまでの変貌ぶりには目をむくに違いない。
「では行きましょうか?時間は有限なんですから」
「それには同意だね
だが、今までさんざん僕の口からの失言を得るために時間を浪費していた奴が言っていいセリフじゃないだろう。まあそれも慣れっこなことではあるのだが。
そう言えば、ここ最近の出費は中々のものではないだろうか?貯蓄が今すぐなくなってしまうということはないにしても、このペースだと早いうちに底が尽きるのは目に見えている。
(確かに、最近の僕は浮かれすぎだよなあ。ここはむしろ、秘密バレがリーナ一人ですんでよかったと考えるべきかな。勉強料としてはちょっと高い気もするけれど)
僕らの目指すオシャレカフェは中々人気店なようで、そこそこの行列が出来ていた。
リーナのご機嫌とりに僕はまた四苦八苦したわけだが、それも秘密が守られるならば、安い安い。
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