第18話 人違いですよ?
世の中には鋭い感覚を持っている人がいて、神聖魔法の発動を肌で感じるようだ。
レンソルがその類いで、鈍いのはミリアルドである。
そもそも神聖魔法が使えるのは、女神の加護を持つ聖女のみだ。
つまり、加護持ち聖女であれば、神聖魔法には敏感となる。とくに高位聖女であればすぐに感じ取れる。彼女は低位聖女だから大丈夫だろうと思ったが、感覚が鋭いのだろう。
「それだけのお力があって、低位聖女だなんて信じられません! 何かの間違いです。猊下に掛け合われたほうがよろしいですわよ」
「え、どういうことでしょう。彼女が何かしてくださったんですか」
「女神の加護たるお力を行使してくださったおかげで、礼拝堂も綺麗になりましたし、私たちも活力を取り戻せたのですわ!」
「なんと、それは確かに凄い力ですね。我々も証言いたしますから、ぜひ次代の大聖女様になられてはいかがかっ」
「なんだったら、今すぐに報告してまいりますが!」
口々に告げてくる神官や聖女たちの圧が凄い。元気になってすっかり興奮している。
先ほどまでの死人のような姿よりはましだが、勢いがありすぎた。
詰め寄られて取り囲まれれば、恐怖を感じるほどだ。
カウネはすっかり気おされて無言で震えている。
「やめてください、礼拝堂は私たちが来たときからとても綺麗になっておりましたし、貴方たちが元気になったのは女神様の慈悲ですわ。それを私のお陰だなんて、おこがましいですわよ。それにこのような時期に大聖女様だなんて恐れ多くて…勘違いも甚だしいと叱責されかねない行為ですわ。私は一周忌が無事に終わることだけを願っておりますの」
ゆったりとした口調で話しながら、皆に鎮静とやすらぎをかける。
興奮が落ち着いてやすらぎを感じれば、思考も鈍ることは確認済だ。
穏やかでさざ波のような口調を心がければ、効果も増す。
「そうですか、とても残念ですわ」
「確かに大聖女様は偉大なお方ですから、低位聖女でなれるものではありませんわねぇ」
「確かに今、この時期に新しい大聖女様の話なんて出したら主教様ですら解任されかねないですしね。しかし、心地よい声です」
「ああ、ほんとうに気持ちがいいなぁ。なんだか貴女の声が眠気を誘います…」
「しばらくはここを掃除しているふりをしていただいてもよろしいですか? これまで頑張られてこられたのですから、しばらく休んでいても慈悲深い女神様も許していただけますよ」
「「「そうですよね~」」」
石の椅子に座り込み始めた彼らを見て、アリィは今日の一番の目的を口にした。
「誰かが確認にくれば、終わりましたと報告してくださって構いませんから。私、少し行きたい場所がありまして、ここから離れてもよろしいでしょうか」
「ええ、私たちはここの清掃以外は命じられておりませんから、確認が入るまではここにいますよ。自由にどこにでも行かれてくださいな」
「カウネはどうします?」
「わ、私もここにいます。ここはとても居心地が良くて、不安や戸惑いが落ち着きましたから」
全体に神聖魔法をかけたので、カウネも鎮静とやすらぎがかかっている状態だ。
今にも眠りそうな様子に、そのほうがいいだろうと判断する。
「では、時間が来たら部屋へ戻ってくださいね。ああ、そうだ。一つお聞きしたいことがありまして―――」
アリィは答えを得て礼拝堂を出ると、長い回廊を通り目的地に向かって歩き出した。
#####
戻ってきて一番悲しいのが、食事だ。とにかくパンがおいしくない。
聖都一おいしいと言われるパンを一年間食べ続けてきて、今更味を落とすだなんて信じられない。
だから、食事は誰が作っているのか聞いてみた。
すると、基本的には低位階梯の食事は当番制で作り、食堂で食べるとのこと。
高位階梯と中位階梯の食事は貴族であれば自分たちのお抱えの料理人がいて、平民なら食堂での食事を自室で食べるように配慮されているそうだ。
つまり、大聖女であろうとも平民出身であったアリィはここの食堂の食事を食べていたことになる。
その上冷めた料理なのだから、味も悪いに決まっている。
その話を聞いて、食事作りに取り掛かる前の食堂の厨房に乗り込んだ。ちなみに、場所は聖女たちの暮らす神殿と、大聖女のいる神殿と主神殿の真ん中にあるレンガ造りの建物だ。
「たのもーっ」
「はいはい、何のご用?」
食堂の扉をばあんと開けて、声を張り上げるとテーブルの上を拭いていた中年の女が顔を上げた。
食堂を取りまとめている女官だろう。青白色の女官服は中位階梯を示している。
エプロンをずっとつけているからすぐにわかると、礼拝堂の掃除の女官から聞いてきたから間違いない。白いフリルのエプロンが痛々しい。
「まだ食事作りの当番には早い時間だと思いますけど。あら、知らない顔ですわね。ああ、新しく来るっていう聖女様かしら。こんなところにどうしたのです。道に迷われたの?」
「あ、いえ。新しく来たのは合っているのですが、道に迷ったわけではなく、あの頼みがありまして。食事作りをできれば私に任せていただきたいのですが!」
あら、まあと頬に手を当てて、女官が困ったように笑う。
「昔から当番制と決まっていますから、一人でするには難しいかと思われますわ」
「いえ、当番の方にはぜひ手伝っていただきたいのですが、私の言う通りに作業をしていただきたいのです。それにレシピなどを提供したいのですわ」
力説しているところに、キビキビとした声が割り込んだ。
「サラント女官様、今日の夕食の食材が届いたようなのですけど、どこに置きますか?」
厨房から食堂のホールに顔を出した低位階梯の女官が、声をかけてきた。昔傍にいた女官もあんな話し方をしていたなと思いつつ、間の悪い彼女にイラッとした。今いいところだったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。神聖魔法をかけて言いくるめてまるめこもうとしたのだが、タイミングを逃してしまった。
そんな間の悪い女官を鋭く睨み付ける。
金茶色の髪に空色の瞳をしたショートボブの美人だ。そして、直談判しているアリィを見つめて固まる。
「え、だ、大聖女さ―――ふぐっ」
「やだあ、久しぶり。なんでこんなところにいらっしゃるの、驚いちゃったわ! ねえ、少しお話いたしましょう、ねえ、もうほんと、今すぐ、さあ!!」
彼女の細い首に腕をかけて、空いた方の手で口を塞ぐと引きずるように厨房の中を突っ切って、裏口から外に出る。パン屋で一年間修業したので、アリィの腕っぷしもこの一年で上がっているのだ。昔のひょろひょろの自分ではない。
ゼェーハァーと肩で息をしながらレンガ造りの壁に女官を押し付けて、両手で壁に手をついて挟み込む。パン屋で義父が、嫌がらせをしてきたチンピラを店の裏手で締め上げていた時にこっそり覗き見したのでやり方は合っているはずだ。
だが、ちょっとすぐには言葉が出てこない。
驚きすぎて呼吸が苦しい。
仕方なく、自分にも鎮静の神聖魔法をかける。
彼女の口からそっと手を離した瞬間、怒涛のように話し出した。
「大聖女様っ、こんなところで何をなさって…っていうか、生きてっ?! え、足、ありますよね、え、なんでこれ、夢じゃないっ!」
「え、人違いですよ。大聖女様は一年前に亡くなられたではありませんか」
「何言ってるんですか、そのわざとらしい惚け方! いくら女神様のご加護があるからって、神聖魔法を使ってもごまかせないことはごまかせませんからね。やっぱり大聖女様じゃないですか。そもそも大聖女様付きの女官やってた私が見間違えるはずがないでしょう。その髪に何度櫛を通したと思ってるんですか。また香油もつけずに。ズボラな貴女様のことですから髪を洗ってもきちんと乾かさなかったのでしょう。細くて絡まりやすいからあれだけ注意してくださいって頼んでも全然聞いてくださらないんですから。それに久しぶりってなんですか、ええそりゃあほぼ一年ぶりですけど。っていうか生きてるんだったら、どうして生きてるって言わないんですか。もうすぐ貴女様の一周忌が開かれるんですよ!?」
なんてことだ、神聖魔法がディスられてる。
いや、自分の使い方が悪いと言われているのか。これまでわりと上手くいってきた自負があるだけに衝撃が大きい。礼拝堂の時だって、完璧にやり過ごせたのだが。
いや、それよりも。
彼女の中では、大聖女の判断基準は髪なのか。
まさかの展開に驚愕した。
髪を切ればばれなかっただなんて、神聖魔法が可哀そうすぎる。
「ミーティ、文句が多いです。それと、普通は死を偽装した者が生きてるって言いませんよ」
「大聖女様が、お隠れになるのがいけないんじゃないんですか! わあああん、生きていてくださってよかったですううううっっ」
滅茶苦茶だ。
だが、がばりと抱き着かれて号泣された。
震えている彼女の細い肩を見つめて、アリィは何も言えなくなってしまった。
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