2012年の激突
青白い月光が洲崎峰幸と一本の木を照らす。辺りに人の気配はない。風も吹かず、音もなく。世界と切り離されているかのような静謐が、そこにはあった。
──柚之辺の丘に、一本の木が生えている。
──その木の下で告白が成功したカップルは、永遠に幸せになれる。
この街に伝わる噂話だ。峰幸もまた、木の下で人を待っていた。待っているのは思い人ではなく友人だが。
丘からは街が一望できる。美麗な眺めにしかし、峰幸は心を欠片も揺さぶられない。彼の関心の矢印は別のものに向いていた。待ち遠しい。来たる唯一無二の友との死合が狂おしく待ち遠しい。全身全霊で持ちうるもの全てを自分にぶつけてほしい。
幕が上がろうとしている決戦の舞台が生涯最高の時になることを峰幸は既に確信していた。どんな戦いになるのか、妄想するだけで魂が高揚する。これから行うのは殺し合い。当然、どちらか片方は命を落とすことになるのだが──その事実に峰幸は微塵も頓着していない。
「…………!」
此方側に向かってくる人の気配を峰幸は感じ取った。唇の両端が吊り上がる。顔に浮かぶは喜悦の相。恋人との逢瀬を待ち望む乙女よりも儚く、戦場を這いずり回っている兵士よりも凄絶な表情だ。
──そして。
「待っていたよ、錬也」
訪れた友に、晴れやかな笑顔で感謝を告げた。
「…………」
峰幸とは対照的に、仙國錬也の表情は暗かった。目は伏せており、指の先が震えている。戦いを望んでいないという思いがそのまま表に出ていた。
「なあ、峰幸」
おずおずと、錬也が話を切り出した。
「なんだい?」
「やっぱり……やめないか。もうこの街の戦いは終わった。ナインを討って事件は解決したじゃないか。俺達が争う理由なんてどこにもない」
「理由?理由ならあるさ。去年、僕達が初めて出会った時のことを覚えているかい? あの時僕は魅せられたんだ。錬也……君の在り方に。君の輝きに。君を磨き抜き、そして磨き終えた暁には全力で戦いたい──僕はそう言った筈だよ」
「峰幸………」
錬也は悲しげに俯く。
「君と出会うまで、僕は運命というものをまるで信じていなかったが……今は違う。僕は錬也と出会うために、そして錬也と戦うためにこの世に生を受けたんだと確信できるさ。ああ、ごめん……話が逸れちゃったね。僕は錬也との死闘を、この世の何よりも望んでいる。それだけで理由は十分だろう?」
錬也は答えなかった。無風だった丘に、一陣の風が吹く。それは二人の間を別つかのように通り抜けた。
「知っていると思うけど……君の祖父である仙國剛三も。父である仙國秀も。兄である仙國玲一も。師である内谷雅弘も。皆この木の下で友と殺し合ったことがある。ならば僕達の戦場としてここよりも相応しい場所はないだろう。さあ……見せてくれ錬也、君の力を。魅せてくれ錬也、君の全てを!」
「やるしか、ないのか……」
ぎゅっと、幼子のように錬也は目をつぶる。数秒後、開かれた瞳からは躊躇いが消えていた。
「分かった。峰幸、それがお前の望みなら……俺は友達として、全力で応えよう」
「ふ……ふふふ…………ふふふふふふふ! いい、いいよ錬也! その表情、その決意、その覚悟……すごくいい。やっとやる気になってくれたんだね!」
爆発する歓喜。全身の血液が沸騰し、脳髄が深紅に染まる。峰幸は法悦に呑まれながら最終決戦の火蓋を切った。
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