任意の作家の文体を真似(正田崇)
そこは暗く、そして昏い。言うならば聖地という概念の対極に位置していた。光は乏しく、凶の気配はむせ返る程に濃い。空気は淀みに淀み、空間は二重の意味で闇を帯びている。善や陽の要素を持つものは影も形もない。夜の墓地ですらもう少し居心地はいいだろう。
常人が立ち入れば恐怖と嫌悪で心が圧迫される。気を失ったとしてもなんら不思議ではない。ならば、逆説的に──ここで平静を保てる者は左道、即ち黒の魂を有していることになるだろう。
「今代の鍵の出来はどうだ?」
問いかけた男の体は無傷だった。纏っている服も清潔そのもの。にも拘らず、強烈な血の匂いを放っている。血液が入ったバケツを頭からかぶっているかのようだ。果たして何人の命を奪えばこうなるのだろうか。加えて莫大な熱量を秘めている火山のような、あるいは研がれた刃のような剣呑さも帯びていた。端的に言って、近寄り難い人物だ。
「悪くないですよ、ベルナック」
答えたのは長身の優男。目はやや垂れ気味で表情は花のように柔らかい。
「悪くない……か。
ベルナックが言葉を切る。次の瞬間、凄まじい殺意が体より噴出した。
「結果何が起きたか、まさか忘れた訳ではあるまいな?」
「ええ、ええ。一時たりとも忘れたことはありませんよ」
砲撃の如き怒気を叩きつけられても尚、
「ですが、前回の破綻の原因は鍵のみにあらず。彼女は確かに至上とは呼べない出来でしたが……平均よりは断然優れていました。上の下といったところでしょうか。紅星の干渉さえなければ、滞りなく
「…………」
憤怒がゆっくりと霧散していく。
「まあいい。鍵はどこまで成長した?」
「つい先日、霊層に至りました」
「ほう……」
ベルナックは喜悦の相を浮かべる。彼が何を思っているか、
「ベルナック、遊ぶのは構いませんが……」
「みなまで言うな。命さえ繋いでいれば文句はないだろう?」
「はい。分かっているようで何よりです」
それを聞くとベルナックは即座に踵を返した。最早用はないと背中が雄弁に語っている。後ろ姿を眺めながら
「本格的に幕が上がるまで、まだ多少の刻を要する頃。ならば……私も一つ、好きに動いてみますかね」
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