ハレルヤ!!! ~神様はドルヲタになりました~

山下若菜

神様の憂鬱

神様のハッピーエンド ~神様はアイドルヲタクになりました~


「僕の魂は枯渇してしまったのだよ、天使君」

出来る限りの物憂げな眼差しで僕は天使君を見つめた。

「はぁ?何言ってんすか神様。あ、あれっすね俺が昨日買ってきたマンガに影響されちゃったんすね」

「いや、そういうわけじゃ…」

「マンガの話はあとで存分に付き合ってあげるっすから、とっとと仕事してください神様」

天使君はそう言って僕の前にどっさりと書類の山を置いた。

「俺が内容を要約してくんで、今日中にこれ全部に神判子押して決裁してほしいっす」

「…今日も書類作業か」

ため息をつく僕に天使君は目も合わせてくれず

「仕方ないっすよ、神様が世界を創って幾星霜。変わりゆく時代に対応しようと様々な生き物から、こうしてほしい、ああしてほしいって言われるのは避けられない運命っす」

と淡々と答える。僕が毎日同じような愚痴を言うからさすがに呆れられてしまったのだろう。

「ねぇ、僕神様なのに避けられない運命ってあるの?」

「あるっすねー。神様にだって運命くらい」

僕はより大きくため息をついた。


昔はよかったんだ。まだ地上に何にもなかった頃僕は、山を作ったり海を作ったり命を作ったり。毎日がクリエイティブな刺激であふれていた。自分自身の存在意義というか、生きている喜びみたいなのを感じられた。だが今は「あなたが作った山を切り崩して街にしていいですか」「あなたの作った海を埋めて街を作っていいですか」「あなたの作った命に欠陥が見つかったので進化していいですか」など、ただ送られてくる意見書に目を通し、「はい」か「いいえ」を選ぶだけの毎日。それも最高決裁権を持つ僕の所ところまで上がってくる書類なんてのは口の出しようもないほど完成されたものばかりで、「はい」もしくは「はい」の実質一択。僕の仕事は書類に判子をつくことだけだ。


「はぁああああ。つまらない」

僕はため息と一緒に声を漏らした。

「最高権力者なんてそんなもんっす」

僕の秘書である天使君は、僕の手に無理やり判子を握らせてくる。

「ねぇ天使君」

「何っすか」

「僕の次の休みいつ?」

「え?えーっと…」

天使君は大きな革表紙の本を開いてパラパラとめくる。

「十年後っすね」

「え、超ブラックじゃないかい?」

「仕方ないんすよ。創世の神様って一人しかいないっすから、創世神様がお休みだと世界の全部が休みってことになっちゃいますからね」

僕は深く大きなため息をついた。

「もう僕頑張れる気がしないよ天使君」

僕は自分の頭の重さに耐えられなくなってデスクにべたりと顔を付ける。

天使君はそんな僕を見て小さくため息をつき

「そしたら神様今日のお昼ご飯、一緒に地上に買いに行くっすか?」

と提案してくれた。

「え!いいの?」

「仕方ないっす。神様しばらく…ざっと百年くらいですかね?地上行ってないっすよね?」

「うん。僕地上に降りると後光がさしちゃうからみんな眩しがっちゃうし、ひざまづいて涙流しちゃう。そんなのしてもらわなくていいのにさ」

「あーそれなんすけど、最近わかったことがあって」

「わかったこと?」

「ちょっと待っててくださいね」

天使君はそういうとふわりと飛んで、【天使私物:開封厳禁】と書かれたクローゼットからいくつかの衣服を持ってきた。

「これがネルシャツ、こっちがハイウエストのジーパン。非圧縮レンズの眼鏡、大きめの黒リュックサックに白だったけど見る影の無い履きつぶされたスニーカー」

「え?何これ」

「決まってるじゃないですか。神様のオーラを消すんですよ」

「オーラを消す?」

「はい。神様ほどじゃないっすけど俺も天使なんで、地上行くとそれなりのオーラ出ちゃうんすよ。最初は地上の人に崇められるのもよかったんっすけど、毎回崇められると正直しんどいっていうか、ハンバーガー一個買いたいだけなのに、俺のオーラにあてられた店員さんが涙しちゃって。それで俺「美しい君に涙は似合わないよ。最高のスマイルを見せておくれ」って言ったんすけど、店員さん「はい、スマイルですね…できません!私、ハンバーガーショップの店員失格です!」って大騒ぎになっちゃって」

「天使君ってなんかすごいね」

「神様ハンバーガー好きじゃないですか。だから地上で結構苦労してんすよ俺」

「あ、なんかごめん…」

「いや地上楽しいんで別にいいんすけど。まぁ何が言いたいかって言うと、俺は地上でオーラを消す方法を開発したってことなんすよね」

そう言うと天使君は持ってきた衣類を僕に渡す。

「騙されたと思ってその洋服に着替えてみてください。そしたら神様オーラが消えて地上行っても人々に崇めたてられたりしなくなりますから」

「本当に!?ありがとう天使君!」

僕は天使君の渡してくれた衣服に早速着替えることにした。




「最強のハンバーガー売ってる店行くんで、余裕で30分は行列並ぶっす。神様は適当にその辺ぶらぶらしてきてください」

オーラ消失装備に身を包んだ天使君はそう言ってひらりと人ごみに消えて行った。

僕は天使君が買ってきてくれるマンガを毎週読んでいるので、なんとなく今の地上がどんな感じなのかはわかっていたつもりだったが、百年ぶりに降り立った地上は想像をはるかに超えた進化をしていたので、僕はきょろきょろとしながら高いビルのスキマを縫うように歩いた。


「すみませんお兄さん!今30分くらい時間ありませんか?」

季節はまもなく冬だというのに、着ているティシャツの色が変わるほど汗をかいている小太りの男に僕は呼び止められた。

「え?」

「お忙しいところすみません!あの!僕の担当しているアイドルがこれからステージで歌うんです!どうか聞いていってください!本当にいい子たちなので!」

小太りの男はそう言ってビルの前を指さした。そこには簡素な骨組みに支えられた小さなステージがあった。

「うちの子たち「スカーレット」っていう6人組のアイドルなんですけど、あ、えっと、これチラシです!」

男はてのひらにかいた汗のせいか、少しよれよれになった紙を僕に渡してきた。

「メンバーのプロフィールやこれまでの活動歴が載ってますので!ぜひこれを見ながら彼女たちのライブ!聞いていってやってください!本当に、本当にいい子たちなので!」

男の必死な姿に僕は小さく

「わ、わかりました」

と言った。男はこれ以上ないくらいの顔でほほ笑み

「ありがとうございます!「スカーレット」をよろしくお願いします!」

と深く頭を下げた。

僕は渡されたチラシを眺めながら男が指さしたステージに近づいていった。ステージの前には十数人の男性が先程の小太りの男が着ていたのと同じ「スカーレット」とかかれたティシャツを着て立っていた。皆、手には20センチくらいの棒を持っている。(あれは何だろう?武器…?)そう思って見つめていると、ティシャツを着た人は僕に小さく会釈をしてくれた。よくわからないがつられて僕も会釈する。ティシャツを着た人々は楽しそうに会話をしている人もいれば一人でぼんやりしている人、スマートフォンを眺めている人など様々で

「なんだか不思議な空間だな」

と僕はぽつりとつぶやいた。

その時音楽が鳴り始めた。周囲のティシャツを着た人々はそれが何かの合図であるかのように手に持っていた棒を振りかざした。棒はそれに応えるかのように光を放つ。赤、青、黄、桃、緑、紫。さまざま光る棒とそれを熱心に振る人々に僕が目を奪われていると

「スカーレット イズ 準備OK!」

音楽にのせて元気な少女たちの声が聞こえてきた。

「スカーレティア 準備OK?」

少女たちの声にティシャツを着た人たちは一斉に

「アイム OK!」

と大きな声を発した。人々のあまりの熱量に僕の胸はなんだかドキドキと音を立てる。少女たちの声でもう一度

「スカーレット イズ 準備OK!」

と鳴り響く。するとティシャツの人々は

「スカーレティア 準備OK!」

と声を合わせる。そしてその声に、人々が振る棒の光に呼び寄せられるかのように

「OK!レッツゴー!」

ステージの上に、光る棒に負けない輝きを放つ6人の少女が立っていた。





「神様お待たせしたっす。今超話題の神肉バーガー買えたっすよ~。…ってどうしたんすか?」

僕は目の前で起こった出来事があまりにも尊過ぎて、ステージの上から6人の少女が去っても、しばらくそこを動けず、じっとステージを見つめていた。

「ど、どうしたんすか?」

「天使君…地上は素晴らしいよ」

僕は天使君を見ることもできず、ただまっすぐステージを見つめていた。

「こんなに心が震えたのはいつぶりだろう。今日この瞬間を生み出してくれた全てに今すぐ感謝したい気持ちだよ」

「いや、この世界産み出したのアンタっすよ」

「ハレルヤ…」

僕は瞳を閉じる。一筋の涙が頬をつたう

「やばい!やばいっす神様!それはまずいっすよ!」

僕は天使君に抱えられ、光の柱を通って天界へと強制送還された。



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