その130 大混乱大暴走

 目を覚ますと私は──地獄にいた。

 世界は荒れ果てており、地は焦土に、木々は炭となり、空には煙が立ち込め、ひび割れた地面からは火が溢れ出ている。

 それはまさに地獄絵図であり、鬼がいないのが不思議なくらいだった。


 あれぇ!? さっきまでイブンの試験を見守っていたのにここはどこ!?

 えっ、死んだ!? 私、死にました!?

 ラウラ・メーリアン急死!? 原因はやはりキュン死ですか……?

 というか、地獄に行くほどの悪党だったかな私!?

 いや、天国に行けるとも思ってないんだけど、地獄とも思いたくないよー!


「起きたわね~」

「うわっ、に、ニムエさん! ニムエさんも地獄に落ちましたか!?」


 横に控えるように座っているのは何故かボロボロのニムエさんだった。

 その表情はにこやかだが、周囲に広がる地獄とは少し不釣り合いである。


「すっごい失礼~!」

「あの所業は確かに相当な悪事だったと思うけどもな」

「あれお兄様まで地獄に!? というか、何故そんなに離れているのです?」


 何故だかぽつんと遠くでこちらを見ているお兄様は、蜃気楼によって少し歪んで見えた。

 しかし、お兄様が地獄にいるなんて、そんなのは天地がひっくり返ろうともあり得ないことだ!

 私が地獄に落ちるのはまあ百歩譲って良いのだけど、お兄様が地獄に落ちるのは百億歩譲ってもなお譲り切れない!

 私の推しは全員大天国に決まっているでしょうが!


「ラウラ、ここは地獄じゃない」

「では煉獄? 或いは辺獄?」

「まず死んでないわよ~」

「じゃ、じゃあ……私が寝ている間に世界は滅び、世紀末になったという事ですか!? モヒカンの人が闊歩し、棘付きの肩パットを身に着けるように!? 世は末法となり、魔法使いならぬまぽう使いが!?!??」

「主、いくらなんでも混乱し過ぎであるぞ」

「記憶を取り戻したばかりだから仕方ないわね~」


 なにせ起きてみれば地獄の真っただ中である。

 こんな状況で冷静でいられる人なんて……人なんて……この世界には結構いそうかも。

 ヘンリーなんて冷静に状況分析していそうなものだしね。

 私も推しを見習わなくては……!


「えっと、状況説明をお願いします!」


 ヘンリーの冷静さを思い出しつつ、何とか平静を保とうとする私だが……それは無理だとその後、分からせられた。

 出てくる情報がどれも酷いのだ。


「まずここは私の世界~、夢の世界よ~」

「つまり……ここってあの森と泉のあった場所なんですか!?」

「そしてこの地獄は主が生み出したのだ」

「私が!?!?!?!??!??!?」

「なんだったか……『暗条光球』だとか言っていたぞ」

「なんですかその中二ワードは!」


 どうにか一端落ち着いたと言うのに、すぐに更なる混乱が私に襲い掛かって来る!

 じ、地獄を生み出したの!? 私が!?

 そもそも地獄って生み出せるものじゃないからね!

 特に私のような魔法も使えぬ弱者中の弱者、キングオブ弱者にはそんなこと不可不可能!

 いつもフワフワした脳内のフカフカ脳なんです!


「そして貴女は世界を救わないといけないのよ~」

「世界を救うんですか!? 今、地獄を生み出したって話なのに!?」

「救うも壊すも表裏一体というわけであるな」

「あっ、えっ、そういう話なんです?」

「ところで、そろそろ近付いていいか?」

「じゃあ私は下がるわねぇ~」

「何故下がるのですか!?」


 もはや何一つとして理解できていない私である。

 じ、地獄を生み出したのが私で世界を救わないといけないのも私で、お兄様が近寄るとニムエさんは下がるんですか?

 どうして! 何故!? どれ一つとして答えが見つからないのですが!


 こんな混乱した脳内でお兄様に近寄られると、当然私の舌も黙っていられない。

 というか、なんか、お兄様の顔を久々に見た気がする。

 久々だから、更に更に更にかっこよく感じられて仕方がないー!


「あーーーーーーーーーー! 涼しげなお兄様の瞳と美しい顔立ちがこの地獄に清涼な風を生んでいる気がします! というか、お兄様、鬼ファッションも似合いそうじゃありません? おでこから角生えていたら萌えポイント大量生産できてしまいますよ! なんたらの冷徹感が出そうです! そうなったら私もお兄様ではなく鬼ぃ様と呼ばせていただこうと思いますが、いかがでしょう!? あっあっ、近寄るにつれてなんだか緊張感が増してきて……分かりました! ニムエさんはお兄様がイケメンすぎてはなれていったのですね!?」

「それはそうね~」

「当たってるー!?」


 暴走する口で変なことを言っていたら、何故か当たってしまっていた。

 ほ、本当にイケメンなせいだった……。

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