その98 起きたら美形祭りだった件

 とても近いようで、とっても遠い。

 そんな不思議な感覚、そんな不確かな声が何処からともなく聞こえて来た。


「湖の乙女の傾向から言って、恐らく、数週間と言ったところじゃろうか。その間だけ、不思議な液体の効果であらゆる魔法は消える」

「代償の方はどうでしょうか?」

「同じ期間じゃとは思うが、詳しくは分からないのう……そこの剣に詳しく話を聞かねばならない。イブンよ、協力してくれ」

「お姉さんの為なら協力は惜しまない」

「すごい懐いていますわね」

「一緒に勉強した仲だからな」


 ガサゴソという音が聞こえて、ボソボソと何かを問うような声がそのあとに続く。

 そして少年の声から少年の声へと伝言ゲームのように言葉が伝えられた。


「ふむふむ、なるほど……大体分かったぞ。恐らく消えるものは記憶じゃな」

「どうして今の話で記憶だと断定できるんですの?」


 鈴のような可憐な声をした少女の声に、幼い声は、その幼さに似合わない老獪さで答えた。


「まず『取り返せる範囲』というのは新たに思い出を作っていけば良いという意味じゃと思う。そして……『デメリットを知ってしまうと効果が薄れる』と乙女が言っておるが、『本人の体でお試しする分には大丈夫』じゃとも言っておる。じゃが、これって変じゃろ」

「よく分かんねぇけど、変なのか?」

「まるで繋がりがない。むしろ、試せば試すほど普通は効果が薄れそうなものじゃ」

「それは確かに。薬なんかもだんだん効きにくくなりますからね」


 大変に耳心地の良い知的な声が少年の意見に同調する。

 話をこうして聞いているだけでも、少年の身分の高さが伺えた。

 一体、彼らはどういう集団なのだろう。


「では乙女の発言はどういう意味かと言えばじゃな……これは恐らく『デメリットそのものを忘れてしまうから効果が薄れることもない』と言っておるんじゃ」

「た、確かにそれなら矛盾はしてません!」

「もうなんか逆転の発想って感じになってんな」

「だが、これによってこの液体は記憶を失う液体だと推定できるわけか……」


 その後、少しの静寂が続き、私の意識もはっきりとしてくる。

 はっきりとはしてくるのだけど……あの、こ、ここ何処!?

 というか、私は誰!?

 性別って女子であってる!? それすら謎なんだけど!


 私は頑張って自身の過去を思い出そうとするけれど、全く出てこない。

あれ、まさかこれは、き、記憶喪失では!

 すごい! 記憶喪失なんてテンション上がる事象の当事者になれるなんて、わりとテンション上がる!

 しかもエピソード記憶が消えているタイプの記憶喪失だ! フィクションでお馴染みのやつ!

 なんか楽しくなってきたな!


 レアな状況にテンションを上げる私だけど、当然不安もあった。

 今話している人たちが謎すぎるのだ。

 すっごいイケボとカワボなのは分かるのだけど、それ以外が分からない。

 まあ、イケボでカワボってだけでも十分すぎる情報かもしれないけれど……一生聞いてられるくらい耳心地がいいもんな。


 グダグダ思考してても仕方ないので、目を開けて確認したいのだけど──どうにも臆病なのか、目を開ける度胸は湧いて来ず、私はずっと寝たふりを続けていた。

 どうやら私はかなりの臆病者らしい。

 む、無謀な勇者よりはマシかなぁ?

 

 しかし、いつまで目をギュッと瞑って寝たふりをするわけにもいかない。

 何処かで開けないといけないわけで……それは恐らく今である。

 先延ばしにすればするほどこういうのはやり辛くなる!

それは記憶がなくても分かるごく自然の理屈!

 

 私は覚悟を決めてうっすらと目を開けた。

 差し込んでくる光を眩しく思いながらも、やがて視界は光に慣れていき、視界もはっきりとしてくる。

 細目でチラチラと様子を窺ってみると、どうやら私はベッドに寝かされているらしい。

 そして周囲の白い空間を見るにここは医務室か何か──。


 ──いや! ちょっとまって!?

 微かな視界で部屋を見渡していた私は、信じられない光景を目の当たりにした。

 それはもう本当に信じられなくてとんでもなくてヤバすぎる光景だった。


 金髪の美男子や美少女、赤髪のイケメン、白髪と銀髪の美少年、そして好みのタイプドストレートな黒髪ウェーブの高身長イケメン。

 部屋にはそんなレベル99みたいな美形が所狭しと集まっていたのである。

 ナニコレ!?

 あまりにも謎な空間すぎない!?


 な、なんか、なんかなんかなんか、なんか、なんか顔の良い人が集結しているんですけど!?

 えっ、どういう状況!? 美男美女の博覧会が行われてるの? そんなことある!?

 そしてそんな中で寝かされている私は何なんだよ!

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