その93 動く畑

 ナナっさんという名のトラブルがありつつも、ジェーンという強力な助っ人の登場で本日の授業はつづがなく開始された。

 今までの三人があまりにも優秀過ぎたというのもあるし、そもそもジェーンはいきなり教師役に立たされるという不運もあったので、これまでに比べるとジェーンの授業はさすがに見劣りする面もあった。

 話が滞ることもあるし、板書が収まらずに困ることも多々あって、そのたびにジェーンは恥ずかしそうにしていたのだけど……だけども! 優等生たちとは違いイブンと同じ視点にたつ彼女の授業はとても分かりやすく、そして優しさに満ちていた。


 こんな先生がいたら誰でも勉強したくなること間違いなし!

 そんな感じの超好感度が持てる先生!


 これまでの三人を敏腕教師とするなら、ジェーンは教え上手なお姉さんで、生徒に愛される素敵な新任教師と言った趣だった。

 私の欲望としては家庭教師して欲しい……!

 おやつの時間にケーキとか一緒に食べて欲しいもん!


「はい、それでは休憩にしましょうか」

「えっ、ケーキタイム!?」

「申し訳ありませんが、ケーキはありません……」

「あっ、き、気にしないで! 妄言だから!」


 私が頭の悪いことを考えているうちに、気付けばもうお昼を超えて休憩の時間になっていたらしい。

 推しの顔を見てると本当に時間というのはあっという間に過ぎていくなぁ。


「植物学も面白い。マンドラゴラ抜きたい」

「そんなことしたら死んじゃうって習ったはずだよね!?」

「死ぬんじゃなくて発狂して死ぬが正しい」

「あっ、ちゃんと習ってる!」


 マンドラゴラ、それは根が人型になっている植物のことで、それを抜いた時、この世のものとは思えない叫び声をあげることで有名な存在である。

 その声を聞いたものはイブンの言うように発狂に至りそのまま死亡するという恐ろしい植物なのだけど……ちゃんと習っているはずなのに何でマンドラゴラを抜きたくなるのか不思議!

 気が狂っちゃったら大変なことになるよ!?


「一つ思いついたことがある。ゴーレムにマンドラゴラを抜かせよう」

「おー! それは普通に妙案かも」


 ゴーレムなら絶対に発狂しないし、そもそもロボット的な労働力として便利な存在なので相性も良い。

かなり合理的な発想に私は驚く。


「いや、むしろゴーレムの土の体にマンドラゴラを植え付けよう」

「それは奇妙案すぎるよ!」


 今度の驚きは先ほどの驚きとは真逆のものだった。

 最初のなかなかの素晴らしい案が、後の発言のせいで台無しになってる!

 ゴーレム×マンドラゴラって……誰得!?


 エネミーキャラとして現れたら、攻撃するたびにマンドラゴラが抜けてこちらに発狂ダメージを与えるとんでもなく厄介な存在になりそうだ。

 ……結構面白いかも。


「でも超効率的。自分の体で育ったマンドラゴラを抜くだけだから畑がそのまま収穫装置になるし、意思がないから死ぬこともない」

「あれ? もしかして特許が取れるレベルの画期的発想?」


 イブンの説明を聞くうちに、なんだか行けそうな気分にさせられる私である。

 相変わらずチョロい!

 でも、これは仕方ないんです。顔の良い人の説明というだけで説得力が五億倍くらい違うのだもの。


「とても面白い発想だとは思いますが、まずマンドラゴラの飼育には専門の許可が必要です。その考えを実現させるためにも、お勉強を頑張りましょう」


 ジェーンがニコニコと微笑みながら、丁度良い落としどころを見つけてくれた。

 なんて素敵な結論だろうか……とてもゴーレムでマンドラゴラを育てようとしているヤバい子に掛けている言葉だとは思えない。


「マンドラゴーレムで一財を築いて見せる」

「す、既に起業するつもりでいる!? しかも商品名まで決めて!」


 将来、マンドラゴーレムが世を席捲する日も近そうだった。

 


 ★



「それで、その瓶に魔法を消す何かが入っているんですか」


 食堂へと移り、三人仲良く昼食を取っていたところ、謎の瓶について話が回った。

 私はコツンと瓶を机の上に置く。

 中には透明な液体が入っているのだけど、あまりにも淀みのない液体なもので、逆にそれが不信感を誘う。


「多分、『全てを洗い流す泉』の一部だと思うんだよね」

「つまり代償はあると……試しに私が飲んでみましょうか」

「自分を大切してー!」


 これが主人公たる所以なのか、ジェーンはあまりにも自己犠牲精神が強すぎた。

 傷一つでも付こうものなら私の涙が止まらなくなるので自重して欲しい!

 お願いだから!


「本当に『真実の魔法』が消えたかどうかは、お姉さんがやってみないと分からない」

「そうですよねぇ……まあ、ナナっさんが言うには危険すぎるようなことはないそうですが」

「湖の乙女は基本的に善なる存在ですから、まあそうだとは思うんですが。ただ神聖な存在全てに言えるのですが、常識が違うので……」

「それも、そうなんだよねぇ」


 どんだけ善神だとしても人から見れば大迷惑を起こすのが天上の者というやつで、湖の乙女も神ではないものの、神聖な存在には違いなく、とんでもないことをやらかす可能性は十分に考えられた。


「まあ、とりあえず保留して様子を見てみる。今はイブンの方が大事だし!」

「そうですか……あの、困ったことがあったら何でも言ってくださいね」

「うん、もう何でも言うから安心して! というかそれしか出来ないから!」

「あっ……す、すいません」

「別にブラックなジョークではないからー!」


 久しぶりに『真実の魔法』特有のホワイトジョークが出てしまいつつも、結局瓶のことは保留という結論になった。

 とにかく無くさないようにしないと……。

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