その91 バリトンボイスでセクシーな剣
イブンはまるで聞こえているかのように剣に耳を向けると、すらすらとその内実まで口にして見せた。
確かにエクシュはすっごい低音のバリトンボイスなイケボ……!
すごい、何で分かったんだろう!?
なかなか当てずっぽうではエクシュのこの見た目でイケボであることは察し辛いところがある。
どちらかと言えばもっとマスコット的な声がしそうに見えるからね。
そう、言ってしまえば大谷育江系!
そんな見た目に惑わされずに、中田譲治系と当てることが出来るなんて!(そんな当て方はしていない)。
もうこれは聞き取れているとしか思えない!
「イブン! エクシュの声が聞こえるの?」
「聞こえる……というか、元々意思がある存在の心は全て聞こえてくる」
「あっ、そうか!」
言われてみれば当然な話に私は得心する。
そうだった! そもそもイブンは意思を読み取ることが出来る能力を持っているのだった!
その能力は別に人間に限定されたものではなく、思考のベースが自身と似ているものなら何でも読み取ることできる。
故にイブンは人並みの……いや人並み以上の思慮を持つエクシュの声も聞き逃すことはない。
だから会話も成立するんだ。
「実はずっと聞こえてた」
「言ってくれればいいのにー!」
「何が話しているのか分からなくて……幽霊か何かかと思ってた」
「あ~! 声が聞こえてきても剣が話しているとは普通思わないか! なるほどなー」
今初めてエクシュの存在に気付いたかのように、私の腰の方をジッと見つめているイブン。
そんな彼の姿を見て、私は自分の常識がズレていたことを察した。
そうだよね……イケボが聞こえてきてもこのコミカルな見た目の剣が話しているなんて思うわけないよね……いや、こんな見た目じゃなくても、剣が話してるなんて思うわけがない!
自分の腰付近が見られていると思うと気恥ずかしいものがあるけれど、思えばイブンは本当に今までエクシュの存在を認識出来ていなかったのだと思う。
私とナナっさんの会話を聞いて、ようやく『剣が話していたんだ!』ということに気が付いたんだ。
それまではエクシュの声も謎の幽霊の声だったし、その姿も私の腰にぶら下がっている謎の剣程度のものだったと……なるほど認識とはかくも不思議なもんだなぁ。
「剣が話すのって、普通のこと?」
「ううん、異常なこと」
「まあ、レアではあるのう。しかし、イブンの能力は剣にまで通用するのか」
エクシュの声を聞くイブンの姿には、さしものナナっさんでも驚いていた。
「じゃが、これで夢の様子をえくしゅかりばーから聞くことが出来るのではないか? それさえ聞けば瓶についてもはっきりするじゃろう」
「そうですよね! えっと、イブン、エクシュが瓶について何か言ってないかな?」
ナナっさんの言うように、いちいち調べなくても、夢の中で私と一緒にいたであろうエクシュに聞けば大体分かるはず。
私は期待を込めてイブンとエクシュをきょろきょろと見つめる。
逆にイブンはエクシュをジッと見つめて、何やら深く頷いていた。
「……うんうん、なるほど、そうだよね。同じレベルの知能ならそうなるよね」
「ど、どう? どうだった?」
焦る私とは違い、冷静なイブンはエクシュから何かを聞くと、私に振り返り、困ったように首をこてんと傾ける。
そのきゃわいい動作はなに!?
「まずえくしゅかりばーさんは人と同レベルなんだよね」
「うん、というか私より頭いい気がする!」
「ということは、ほぼ人間なわけで、お姉さんに起こりえることはえくしゅかりばーさんにも起きるってことなんだよ」
「……い、イブン? 嫌な予感がしますが、つまり、結局、とどのつまり、結論としては何なんですか?」
イブンの迂遠な言い方に私は背中に冷たい汗をかいた。
私に起こりえることはエクシュにも起こるってことは……。
「うん、えくしゅかりばーさん、夢の大事なところを忘れてるみたいだよ」
「やっぱりそうなっちゃいますかー!?」
イブンの言い方から察していたけれど、私と同じようにエクシュも忘れてしまっていたらしい。
いや、まあ、同じレベルなら同じことも起きるだろうけど、こんな都合悪いことある!?
もはや逆ご都合主義!
「というか、湖の乙女が意図的にやってるかもしれないって」
「ニムエさん何やってるんです!?」
「なるほど、察するにそのニムエとやらはどうあってもその瓶を飲ませたいらしいのう。しかも、何も知らない状態で」
「その何も知らないって言うのが一番怖いんですよ! えー、どうしたらよいのでしょうか?」
何もかもいたずらなニムエさんがどうやらこの不都合な事態を作り上げているらしい。
最終的には飲むしかないのかも……だからと言って、そう易々と飲むわけには!
軽挙に謎の液体を飲んではいけないと前世で私は重々習っているんだよ!
「でも、えくしゅかりばーさんが言うにはその瓶の中の液体は一定期間魔法を消す効果があるとか」
「えっ、の、飲もうかな」
「先ほどの恐怖はどうしたラウラウ」
目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように軽挙に瓶に惹かれてしまう私だった。
だって、魔法消せるなんて超すごいから……!
夢みたいな話だし……いや、夢の話なんだけど!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます