その83 眠りの冠
「だがどれだけ予防できても予防は予防。完治させなければ意味はない」
「完治ですか……もちろん、必須だとは思うのですが、遠い未来な気がしてしまいますね」
「いや、一つ、思いついた方法があってな。イブンの件が終わったら試してみたい」
『真実の魔法』への対策に最も積極的なのは間違いなくお兄様だけど、性格は慎重極まりない人なので、そのお兄様がここまで言うのは珍しいことだった。
ヘンリーも何かを企んでいる様子だったけれど、なんとお兄様も企んでいたとは……。
しかも、これまでの予防策と違い、完治を前提に置いた方法とは?
「な、何かすごいことを思いついたんですか?」
「確認が取れるまでは何とも言えないが、上手くいけば……『真実の魔法』そのものが完全に消え去る」
「完全に!? ぎゃ、逆に不安になります!」
完全って、もう本当に元通りになるってことだと思うけど、そんなあっさりと消えるとむしろちょっと怖い!
しかもそれを言っているのがお兄様とのが説得力があり過ぎてヤバかった。
責任感の極みであるお兄様が言うからには、それはかなりの確率で実現可能ということ……。
まさかいつの間にかそこまでの策を思いついていたとは!
さすがはお兄様! 私たちにできない事を平然とやってのける!そこにシビれる憧れるゥ!!!
……と言いたいところだけど、みんなが頭を悩ませても結局長期的な予防策しか思いつかなかったというのに、こんなに急に全てが上手くいくことなんてあるだろうか。
いくらスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(表現できないほど素晴らしいの意)なお兄様でも、あくまで学生にすぎない。
ナナっさんに……神とも呼ばれたあの学院長にすら不可能だった『真実の魔法』解除を本当に可能なのだろうか。
色々考えていると、胃がキリキリとしてくる。
ううっ、推しを疑うと胃が痛くなる!
慣れないことはするべきじゃないな……!
「十分に気を付けて行うつもりだ。まあ、そもそもラウラには万が一でも危険は訪れさせない。兄としてな」
「き、危険なんですか?」
「それもまだ分からないが……まあ、なんにせよ手は色々と打ってあるということだ」
そう言いながらお兄様は私の頭をポンポンと撫でる。
その少し優しげな声で私は察した。
お兄様は私を元気づけたくてこの話を始めたのだと。
私としては日々をお気楽に過ごしているのだけど、きっと、廊下の隅で一人ぶつぶつと呟く私の姿は不憫で、頼りなく見えたのだろうな……。
き、筋肉付けないと!?
「お兄様! くれぐれもお無茶の方だけはならさないように!」
「生来のビビりでな。無茶など出来ない」
「お兄様がビビりだったら私はビビり通り越してビリビリですよ!」
ビビり&ビビりでビビり二乗!
略してビリビリである。
或いはビビビビ……それはビンタの擬音では?
「そろそろ授業に戻るか。イブンも十分寝ただろう」
気付けばそれなりの時間が経っていて、あたりも少し夕焼けに染まってきている。
お兄様の言う通り、これ以上の雑談はおさぼりになりかねない……色々気がかりなことはあるけれど、イブンのお勉強が今が第一だ。
「あっ、で、ですね! 美美美美な人を起こしにいきましょう!」
何やら少しの不穏を残したままに、廊下での会話は終わり、私たちは教室に戻る。
そして一秒でも惜しい時間の為に即座にイブンを起こす……ことはできなかった。
何故なら──イブンの寝顔が天使すぎたからだ!
私は眠り姫を起こした王子を尊敬する。
私には……私にはこんな幸せそうに寝ている美しい子を起こすなんてできない!
「この世の物とは思えないものがあるんですけど!!!!! そ、そういう抱き枕? いやいや、これがベッドにあったら逆に寝られませんよ! 安眠妨害甚だしいです! むしろ興奮で死んじゃいますからね! ん? だったら永眠するわけで安眠出来ているということに……? じゃあ、イブンの抱き枕カバー裏はこっちを見つめている仕様はアリってことですか!?」
「おはようお姉さん」
「うん、そりゃあ起きますよね! すいません!!!!」
起こすまい起こすまいと思っている私だったが、これだけ騒げばそれは誰でも起きようというものだった。
ミイラでも起きるよこんなの!
「ごめん、寝てた」
「いや、むしろ無茶なスケジュールでよく頑張ってる方だ」
ばつの悪そうな顔をするイブンだけど、お兄様の言うようにイブンは超頑張っている。
どちらかと言えば心配になるくらいだったので、こうして居眠りをする姿を見て安心したくらいだった。
それに眼福だったしね。
視力上がり過ぎて透視とか出来るようになったかもしれないな……。
「ここから取り返す。全てを」
「謎にかっこいい言葉!」
「その調子で頼む」
再び開始した授業はやはり順調で、イブンとお兄様の相性は世界一と思われた。
というか、私とも相性が良いというイブンなので、メーリアン兄妹との噛み合いが抜群なのかもしれない。
昔は違ったのだけど、今となっては口下手なお兄様と口煩い私という一見反発しあう私たちのどちらとも相性が良いなんて、なんだか不思議な話だった。
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