その82 イブジョも嫌いではないのだけど……

「──よって同様に確からしいと言えるわけだ。ここまでで分からないことはあるか?」

「ない」

「では続ける。次に1・1・1・2・3・4の6つの自然数を並べて自然数──」


 気付けば授業は初歩的なところから遠ざかり確率について話している。

 ここまでお兄様はもうまるでイブンを気遣う様子がないというか、難関高校もびっくりな高速筆記と高速詠唱で授業をガリガリとこなしている。

とろい私などは写しが間に合わないほどなのだけど、驚くことにイブンはこの1.5倍速再生みたいな状況に付いていけていた。

どころか、追いつき追い越す勢いですらある。


 こんなスパルタカスもびっくりなハードレッスンをまさか平然とこなすなんて!

 イブン恐ろしい子!

 

「い、イブン、よく付いていけるね!?」

「うん、お兄さんは言葉にするのは苦手だけど、頭の中ではきちんと補足出来てるから」

「あっ、確かにお兄様ってそういう感じかも」


 イブンの説明を聞いて私は得心した。

 なるほど確かにお兄様は口下手なだけで、常に先々まで考えている深慮遠謀なお方だ。

 それを思えば頭の中は今教えている授業内容のことでいっぱいのはずで、そこからお兄様の真意を読み取れるイブンはきっちり学習をものにしたということなのか。


 つまり……ジョイブ(ジョセフ×イブン。お兄様は受け意見が界隈では強いけれど身内の意見としては断固として攻めです。異論は認めない)がかなり来てるってこと!!!!!

 二人の相性がこんなに良かったなんて!

 こうやってみんなの新たな一面を見ることが出来るのがこの世界にいる役得というもので、もはや良さみが深すぎる……!


「無口なお兄様とその意思を読み取れるイブン……あれ? 最高の組み合わせなのでは?」

「さほど無口でもないつもりだが」

「私の前ではそうですが、普段のお兄様は沈黙の皇帝って呼ばれてるじゃないですか!」

「そんなあだ名を貰っていたのか……」


 兄妹の間柄であってもさほど口数が多いと言えるお兄様ではないが、それが身内外ともなれば、もはやその口は石のように閉ざされている。

 尊大、そして静寂。そんなお兄様の姿は周囲に畏怖されると同時に、尊敬もされていた。

 まあ当然だよね! だってかっこいいもん!


 お兄様とイブンはその後もつつがない完璧なコンビネーションで授業を続け、もうこれは盤石な大勢かと思われていたけれど……コンビネーションが良くても他の問題が存在していた。

 ついにというべきか、やはりというべきか、何処かイブンがうつらうつらと集中力に欠けた顔をしているなと思っていると……彼はそのまま机に突っ伏してしまったのだ。

 すやすやと寝息を立てながら、イブンは夢の中へ旅立った。

 後には戸惑う私と冷静にイブンの姿を無言で見つめるお兄様だけである。


 思えば家でも宿題と予習に励んでいるというイブンなので、むしろ今日まで居眠りしなかったのは不思議な方だったのかもしれない。

 ホムンクルスと言えども万能ではない……休息も必要だ。

 お兄様もそれが分かっているのか無理に起こそうとはせずに、無言でそっとコートをイブンの肩にかける。

 いや、エモすぎるな!?

 心臓にドカンと杭を打つような光景に感動して打ち震える私に、お兄様は静かに語りかけてきた。


「授業の進みも良いし、今日は寝かせてあげるとしよう」

「はい! あと私がうるさくして起こしても悪いので廊下に立ってます! 悪い子なので!」

「相当な良い子だと思うが……」


 私はイブンの熟睡を守るべく、お口が暴走する前に廊下へと飛び出した。

 王様の耳はロバの耳というわけでもないけど、私もあれくらい叫びやすい穴が欲しい!




「やはり不便だな。その魔法は」


 外に出て廊下の隅の方でブツブツと呟き不気味に心の欲求を発散していると、心配してくれたのかお兄様がやってきた。

 すっかり慣れ切ってしまったこの『真実の魔法』だけど、お兄様はメーリアン家の人間として長兄の責任感があるのか、今でも深く気にしているようだった。

 

「もう慣れましたから! それに元の全く人と話せない私と比べればまだマシでもあります」

「だが学校が開始されれば、これまで通りというわけにもいかないだろう」

「そ、それはそうかもですねぇ……慣れたと言っても皆さまの優しさあってのことですし」


 推しはみんな、優しさと愛にあふれているから助けてくれるし気を使ってもくれる。

 けれど、誰もがそんな風に生きられるわけでもないし、それが永遠に続くわけでもない。

 どこかで推しの助けを受けずに生きられるようにならないと、私は永遠に推しの重しになってしまう。

 それはまったくもって本位じゃない……一秒でも早くこの魔法を解かないといけないのは確かだった。


 というか新学期始まって他のみんなとも接するようになると単純に迷惑な気もする!

 うるさすぎるもの!


「ただかなり予防は出来ていると思う。以前よりコントロールが効くようになっている」

「それはありますね! 心の表層にこれから話す言葉を持っていくのがコツです」


 もはや『真実の魔法』への心理的対策も覚えてしまった私である。

 これ以外で役に立つ気がしない無駄な技能……!

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