その61 ど〜こ〜で〜も〜

 宙を舞うようにして描かれていく魔法陣は、やがて回転を始めた。

 それぞれの幾何学模様が歯車のように噛み合い、その赤さをどんどん増していく。

 そして回転が収束し、魔法陣の中に現れたのは……真っ赤な大きな扉だった。


「これぞ学院まで直通の『どこであろうとドア』じゃ!」

「危ない響きですね!?」


 どこかで聞き覚えのある名前!

 よくダミ声でモノマネされるやつだ!

 かろうじて赤色のドアで助かった……これでピンクだと言い逃れができないところだったかも。


 ちなみに、私はそのダミ声な猫型ロボットというものに馴染みがなく、もっぱら甲高く可愛い声しか聞いたことがないので、あのモノマネが本当に似ているかずっと謎に思っていたりする。

 きっと今の声よりマネしやすいからみんなこぞってするのだと思うのだけど。

 

「このドアを越えればそこはもう学院というわけじゃ。便利じゃろう?」


 ナナえもんは誇るようにドアをポンポンと叩く。

 もうどんどん誇っていいレベルの大魔法に私は大興奮を超えた大大大大興奮で手を叩く。


「便利すぎます! ヤバすぎます! すごすぎます! もしや貴方が神ですか!?」

「いや、神は黒歴史じゃからやめんか! 拗ねるぞ! 神が拗ねるぞ!?」

「あっ! すいません……!」 


 怒りつつも、結局、自分で神を自称してしまうナナっさんはお茶目だけれど、人に言われるのと自分で言われるのでは意味合いが異なるのは当然の話である。

 ジーナさんはごく自然体で神様と呼んでいるけれど、これは2人の関係性が特別だからこそなのだろう。


 尊い……! どう考えても私程度の存在が踏み入って良い空間ではない!

 自重しろラウラ・メーリアン!

 自重に自重を重ねて脂肪ハートデブエディションにならなくては……!


「ナタ学院長は本当に魔法だけはすごいです。大魔法使いと呼ばれるだけはありますよね」

「ああ、魔法だけはすごいな」

「神様、魔法だけはすごいわよねー」

「儂の取り柄魔法オンリー!?」

「ナナっさんはいいところいっぱいありますよ! まず顔です!」

「性格を褒めんか性格をー!」


 性格が良いのはもちろんのこと、私としてはナナっさんは顔が良くてお茶目で可愛くて顔が良くて大人な面もあって親身になってくれて顔が良くてすごい魔法が使える上に顔が良いという欠点がまるで見つからないスーパーショタなのだけど、それ故にみんなからはからかわれていた。

 見た目が本当に可愛い子供だから、ついつい、いじりたくなるみんなの気持ちも分かるけども……!

 当学院の学院長様ですよ!?


「もちろん内面こそ最も素晴らしいのは重々承知なのですが、どうしても私としてはその天使とニアイコールな顔に目が行ってしまって……! すいません!」

「ま、まあ、そこまで褒めるなら良いんじゃが……」

「チョロいわねー神様」

「うっさいわいジーナ! 解読が終わったら日記を取りに来るがお土産はないと思え!」

「いらないわそんなの。顔を見せに来るのが1番のお土産なんだから」


 ビシッと決めるようにそんなことを言うジーナさんは、臭いくらいのそのセリフがよく似合っていた。

 じ、ジーナさん、かっこいいー!


 最後の最後まで美人でイケママなジーナさんはひらひらと手を振り、私たちを送り出してくれる。

 本当に色々なことがあったテルティーナ村小旅行だったけれど、いつも楽しく過ごせたのはジーナさんのおかげに間違いない。

 将来の目標にしたいくらい素敵な人だった。

 目標とするにしてはあまりにも高すぎるけれども!

 エベレスト頭頂でも目指してるのかよ私!


「ジーナさん、本当にありがとうございました! ご飯美味しかったです!」

「いやぁ、私は我ながら失態が目立ったと思うわ! 名誉挽回のためにも解読頑張るから、期待しててね」

「解読っていうか、自分の文字読むだけでしょ」


 ボソリと母にツッコミを入れるジェーンはジト目で母を睨んでいる。

 レアな表情を見てしまい、私の心臓が一瞬止まる。

 かわいすぎてもう……。

 

「それが大変なのよ! ほぼ古代の文字解読と同じよ?」

「何歳のつもりなの。もう、じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃいジェーン、困ったことがあったらよく食べてよく寝るのが1番よ!」

「それはお母さんだけだから!」


 結局、旅行中はずっと、ジェーンはお母さんに刺々しい態度を取るけれど、むしろそれが思春期を感じさせて萌えて萌えて仕方ない。

 思えば、キュンキュンしっぱなしの旅行だったなぁ……めちゃくちゃ名残惜しいのだけど、新学期も迫っているし、何より学院に残ったみんなのことも気がかりだ。


 3人とも魔剣について調べると話していたはずだけど、果たしてどうなったのだろう。

 色々と気になることはあるけれど、なによりも……久しぶりにみんなの顔を浴びたい!

 推しの光を喰って生きています! オタクです!

 

「ありがとうございました」

「お兄さんも元気でね!」


 深々と頭を下げるお兄様が顔を上げた頃には、真っ赤な『どこであろうとドア』は開いていて、向こう側には豪奢な部屋が見えている。

 恐らくは学院長室だ。

 直通の場所を学院に作るならそこがベストだろうと思う。

 

 ナナっさん、私、ジェーン、お兄様の順にドアを越えると、涼しげな風は消え、室内の生暖かい空気が肌を包む。

 背後からバイバーイというジーナさんの声が途絶えたのをきっかけに振り返ると、ドアが閉じ、やがて姿を消していくところだった。

 なんともあっさりと、そしていとも簡単に旅行は終わり、私たちは学院に帰ってきた。


 うん、こうして帰ってみると、テルティーナ村の空気も美味しかったけれど、学院の空気には慣れ親しんだ愛着がある。

 なんというか、落ち着く雰囲気で、私はここが本当に大好きなのだなと実感させられた。

 耳を澄ませば、学生の声が聞こえてくるような気さえする。


 しかし、そんな風に和んでいる私の耳に届いてきたの……爆音だった。

 ドゴオオオオオオといいう激しい音は、校舎の外から聞こえてきていて、私はびっくりしてお兄様の腕を掴みつつ、窓の方へ視線を動かした。

 するとそこには……炎の柱が天を突くように伸びているではありませんか!


「な、なにごとー!?」

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