その45 怒らないでジェーンさん
「おかえりなさい! 大変だったでしょう? でもね、私たちもなかなか大変だったわ!」
お兄様に背負われて帰路につくこと数十分、ジェーン家に戻ると、疲れからか壁にもたれたジーナさんが私たちを出迎えてくれる。
私もそこそこボロボロだけど。ジーナさんのそれは私とはレベルの違う疲労が感じられた。
まず家の中がすごいことになっているのだ。
なんと新たな壁が生まれている。
しかも一個や二個ではなく何個も!
書斎から発掘されたであろう本たちが、壁と見紛うばかりに並べられ、強い威圧感を放っていた。
その姿はさながら本で築かれた万里の長城。
これをたった二人で積み上げたと思うと……ジーナさんとナナっさんの気の遠くなるような苦労が偲ばれた。
それにしてもとんでもない蔵書量……ジーナさんの
この世界に来て以降は、あまり本を読む習慣も無くしてしまった私なので、こうして改めてたくさんの本を見ると、まるで本屋さんに来た時のような胸のときめきが感じられて仕方ない。
電子書籍全盛の時代だったけれど、私は本屋さんに足を運び、自らの目で本を探すのが大好きだった。
未知の本を探し手にとる感触こそ、実本の醍醐味だと思っている。
この場所は、そんな本屋さんの空気に似ていた。
……まあ、もっぱら電子派だったんだけど!
だって実本持ってたら部屋が埋もれるから……。
電子は場所は取らないのが素晴らしすぎる。
「それでお母さん、日記は見つかったんだよね?」
「ま、まあ、見つかりはしたんだけど……」
「したんだけど……?」
「これ……」
ジーナさんは背中越しに隠し持っていた本を、おずおずとジェーンに差し出す。
差し出されたのはピンク色の装丁の、可愛らしい本だった。
幼き頃のジーナさんの可愛らしいさを思わせる大変に趣味の良い日記帳だ。
「読んでいい?」
「読めるならね……!」
「まさか……」
ジェーンは怒りに震えながら、そして指も振るわせながら、ゆっくりと日記を開き、ページをめくっていく。
果たしてそこに書かれていたものとは……。
「…………お母さん! 字が汚すぎ!」
「か、書けるだけすごいのよ?」
「それはそうかもだけどさあ! 見てくださいラウラ様!」
怒りのままにママの本を私に見せてくるジェーン。
人の日記を読むことにはなかなかの緊張感があるのだけど、少し目を通してみればその緊張は一気に吹き飛んだ。
そこにはニョロニョロとした何かが書かれていて。
「み、ミミズの絵?」
「ごめんなさーい! 私、その、字を習いはしたんだけど、適当にしか覚えてないのよね……!」
「まあ、この村の識字率は低い方じゃからな」
そ、そうかー!
誰でも字が書けるなんて、前世の環境と貴族の生活からくる思い込みだった。
この世界においては書けない人が普通であり、識字率はおそらく国全体を見てもさほど高い方ではないだろう。
むしろジーナさんは、子供の頃に多少なりとも字を覚えて日々日記を書いていたなんて、子供ながらかなりの才女ですらある。
でも、書けたとしても日常的にいっぱい書くわけではないから、上達もあまり見込めないわけで。
そもそも日記って自分だけの読み物だから、読みやすく書く必要もないんだよね。
「お母さん読めないのこれ?」
「お母さんも読めないわ……」
「自分で書いたものでしょ!?」
「昔は読めたのよ! でも、時が経つにつれて自分の字を忘れてしまったのね……もう絡まった糸にしか見えないわ。いやぁ、まいったわね!」
「まいったのはこっちのセリフだから!」
あっけらかんと笑うジーナさんのお顔は大変に美人で、思わず見惚れるけれど、そんな可愛いらしい母に対してジェーンの言葉は厳しかった。
身内のお茶目はどうにも辛いものなのはなんとなく分かるけれども! 優しくしてあげて!
「苦労して見つけ出したのに開いた時この字が出てきた儂の気持ちが分かるか?」
「……心中お察しします学院長」
割と本当に落ち込んでいるらしいナナっさんを、お兄様が慰めるという非常に珍しい光景が後ろの方で繰り広げられていた。
大変にレアなシーンだけど、努力が水の泡になったと思うと、ちょっと可哀想すぎて見ていられない!
せっかく本の城壁まで築き上げたのに!
「大丈夫! これでも一応文字! 解読はできると思うわ!」
「そ、そうだよね! 時間をかければ自分の文字なんだし、なんとか読めるよね……?」
「ええ、一ヶ月くらい時間を貰えばママがなんとかするわ!」
「新学期始まっちゃうよー!」
ジーナさんをポカポカと叩きながらジェーンはプリプリともう何度目かのお怒りを見せている。
ジーナさんがお茶目すぎるものだから、娘のジェーンとしてはもう恥ずかしくてたまらないらしい。
明るくて楽しくて、いいお母さんだと思うんだけどね。
「じぇ、ジェーン落ち着いて! あの、ゆっくりでも大丈夫ですの!」
「ううっ……ごめんなさいラウラ様、母がこんな感じで」
「大丈夫! めちゃくちゃ良いお母さんだから! 美人だし!」
「子供の頃から変わらんなジーナ……」
こうして、『真実の魔法』解除の一助となる予定だった日記の中身は、解読班(一名、本人)に回されることになった。
結果が出るのは、新学期が始まってしばらくしたころらしい。
うん、気長に待つとしよう……オタクは待つの得意な人種なはず!
予約から発送までの期間とか、アニメ化発表から実際にアニメ見れるまでの期間とか、すっごい長いから!
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