その40 ヌクヌクダラ堕落
芸術的素養の薄い私からみると、もう本物の神殿にしか見えないのだけど、お兄様からみると、一応、神殿もどきではあるらしい。
でも、神が住んでいたのなら本当の神殿と言うべきなのではないだろうか。
でも、その神は偽物なわけで、だからもどき?
な、なんかすっごいこんがらがる!
もうこんがらがるって言葉がこんがらがる! こんらがらるって読み間違えそう!
「とりあえず、入ってみましょう」
「そうだな……ラウラ、しっかり捕まってろよ」
「いや、あの、もう降ろして貰って大丈夫ですのでお兄様! おんぶのままに神殿に突入するのはおやめください!」
もはやおぶられるのが自然の雰囲気すら出てきてしまい、お兄様はナチュラルに私を背負ったまま進もうとしてしまう。
コアラの親子じゃないんだから!
「ゆっくり降りろ。落下すると普通に危険な高さだからな」
「一メートルは一命取るというやつですね……よいしょっと」
私はお兄様の背を離れ、久しぶりに地上に戻ってきた。
揺れない地面に感動しつつも、一つの悲しい事実が私を襲う。
……いやひっくい!
地を這うような視点してるな! ラウラ・メーリアン!
改めてお兄様の顔見ると、なんか空高くある気さえするもの!
「ラウラ、どうかしたか?」
「いえ、己の矮小さに驚いていただけですので……」
「お前は大きな心を持っている。安心しろ」
「心も体もちっちゃい気しかしないのだけど、将来ここから私の背が伸びる確率ってどれくらいでしょう?」
「……それはゼロに近いかもしれん」
「分かっております! 分かっておりますとも!」
己のチビさに愕然としながら、全てを吹っ切って、私は神殿へと一歩足を踏み入れる。
神殿内部ではとても冷たい空気が漂っていて、厳かな雰囲気と共にそれは私の緊張を誘った。
「『一縷の輝きを我に与えたまえ。シャイニング』」
クールな詠唱に呼応して、お兄様の手に握られた黒い杖の先端がライトのように輝き始める。
魔法があれば懐中電灯いらずだ。
そのうち、スマホみたいな魔法も生み出されたりしないかな。
「大丈夫だとは思うが、一応、注意して進め」
「古い建物は単純に施設として危険な面もありますからね」
ジェーンはそう言うけれど、この神殿もどきは大変に綺麗な状態が保たれていて、まるで古さを感じさせない。
そういう魔法でもあるのだろうか。
しかし、このお堅い雰囲気。
足音が反響するこの感じ。
うう、なんか、怖いかも……。
バクバクと高鳴る心臓を押さえつけながら深く深く神殿の奥へ踏み行っていく。
真っ白な大理石の床はツルツルしていて、鏡のように私たちの姿を写した。
私の顔は珍しく青くなっている。
ホラー映画など視聴すればその日一日、何もできなくなるほどのノミの心臓を持つ私である。
顔も青く蒼く碧くなろうというものだった。
今にも神話的な生物が現れそうな、神々しいその空間を私たちは静寂を保ったままに突き進む。
しばらくすると、真ん中に部屋のような空間を見つけた。
そこには謎のオブジェが置かれていて、一瞬、その奇妙な影が目に映る。
すわ動く石像か!?と身構えていると……それはなんと四脚で温かな毛布を纏った机。
つまりはコタツだった!
「急に生活感!?」
「ラウラ、これが何か知っているのか?」
「えっ、お兄様ごぞんじない!?」
「私は分かります。コタツですよね。あの、この地方に伝わる防寒アイテムで、熱を内部に溜め込んでいるんです」
「なるほど、面白いな」
お兄様は驚いているので貴族感では流通していない様子だけど、この世界にもコタツは存在していたらしい。
いや、存在していること事態はそんなにおかしくないのだけど、神殿の中にあるのはおかしい!
景観が死んでるよ!
「恐らくナタ学院長が使用していたんですね……というか、もしかすると、コタツはナタ学院長が発明した道具なのかもしれません」
「あー、ありそう! ナナっさんこういうぐうたらグッズを魔法と合わせてひょいひょい生み出しそうだもん」
ナナっさんの魔法の力と知識があれば、コタツくらいのアイテムはちょちょいのちょいで作れそうだ。
仕組みはそれなりに単純だしね。
「しかし、神殿にこれを置くのはナタ学院長くらいでしょうね……」
「神殿に住んでた話だけど、本当にもう日常で住んでた感じなんだね……!」
分かっていたことではあるけれど、要するに神殿もどきはナナっさんの昔の自宅ということらしい。
うーん、ものすごーく住みづらそう!
そもそも石の家というのは寒すぎる気もする。
だからこそのコタツなのだろうか。
「どれどれ……なるほど、中が温かいぞ」
お兄様はコタツの中に手を入れると、サワサワと動かす。
何とコタツはまだ生きているらしい。
「これ置いたの大昔のはずでしょうに、まだ動くんですね!?」
「この神殿そのものに魔力が満ちているせいだろう。それで、足を突っ込めばいいのか?」
「あっ、はい!」
お兄様は初めてみるコタツに興味深々だった。
勉強熱心な方な上に好奇心旺盛でもあり、研究家でもあるのだから、未知なものに興味を示すのは当然の話。
というか、お兄様じゃなくても神殿にコタツが現れたら気にならない方がおかしいかもしれない。
私もすっごく気になる!
この時、私はあることを忘れてた。
そう、コタツには魔力があることに。
あっ、いや、そもそもこのコタツは魔法道具だから魔力はあるだろってことではなく、こう、人を引き込む魔力的な意味でね!
コタツに一度入った者は容易に出られない。
それは万物の掟であり、世界が違おうとも、その事実が変わることがない。
もはや運命なのだ。
そんなわけで数分後。
★
案の定、私たちはコタツでぬっくぬくにのんびりしてしまっていた。
三人でコタツに入り、もうだらんと机にもたれかかる。
に、日本って感じ!
「ぬくいな……」
「はい……ぬくいです……」
「お二人ともお顔が溶け始めていますよ!?」
コタツに籠絡されたメーリアン兄妹だったが、ジェーンはまだ正気を保っている。
地元の文化だけあって、慣れている様子だった。
私の前世の文化でもあるはずなのだけど、私はコタツに入った経験が実はない。
なのでこれがファーストコタツインプレッションだった。
そしてその感想は……天国と言わざるを得ない!
こんなものが家にあったら永久に家に篭り続けていただろう。
なんという天使のようで悪魔のような顔をした道具なのだろうか。
私の部屋にも一個欲しいかも……でも、堕落してしまうかもしれないし……うーん。
「しかし、お兄様も骨抜きにしてしまうとはコタツ恐るべしです」
「寒いのは苦手でな」
「うちの地方は学院方面に比べると少し肌寒いところありますものね」
やや北の方に位置するテルティーナ村は、当然の理屈として気温も下がる。
しかもここは山の上なのだから、もっと寒いわけで、コタツの力も増そうというものだった。
嗚呼、このままでは兄妹共々コタツに食われてしまう!
もう二度と出られないかも!?
「オハヨウオハヨウ」
「わっ!? えっ、なんです!?」
コタツによって魂が堕落の一途を辿りつつあるその時、どこからともなくカタコトな挨拶が聞こえてきた。
びっくりして体を硬直させつつ、振り返ってみるとそこには真っ暗空間に溶け込むように真っ赤な瞳がこちらを見ている。
つ、ついにモンスターが!?
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