その41 噂は噂という噂

「ナンジャ・ガソージャガ!」

 

 はばたきの音を神殿に響かせながら、意図の読めない名状し難い言葉を吐き出しつつ、かの者は姿を表す。

 それは冒涜的な見た目を……してはいなかったし、逆に神々しさが行き過ぎて常軌を逸した見た目も……してはいなかった!


 現れたのはごくごく平凡なカラスさんだった。

 瞳が赤いのは珍しいかな?


「なんだカラスさんか……」

「いやラウラ、しゃべるカラスはおかしい」

「確かにぃ!?」


 お兄様は冷静にカラスを観察しつつ、愚かな私にしっかりツッコミを入れる。

 もうモンスターが出てくるとばかり思っていたから、カラスの姿を見て安心し切ってしまったけれど、言われてみればしゃべるカラスは普通じゃない!

 まあまあおかしいことはず!

 

 

「噂に聞いたことがあります。えっと、最初に話しましたよねしゃべるカラスの話。この子がそうだと思います。赤目のカラス、名前はフギン」

「そういえばそんな話もあったっけ」


 すっかり忘れてしまっていたけれど、山登り出発前にジェーンが語っていたこの村にある伝説的な噂、その一つがしゃべるカラスだった。

 鼻の長い妖精と伝説の剣に気を取られて、最後の一つをすっかり忘れてしまっていた。

 前二つのインパクトに比べて、ちょっと地味だったからつい……!


「ここにそのカラスがいるということは、やはりこの噂も学院長由来ということか」

「その可能性は高いですね……あともう一匹いるはずで、フギンは過去の出来事を、ムニンは未来の出来事を語るはずなのですが」

「すごいカラスだね!?」


 このカラスさん、過去を見通す力があるの!?

 しかも、もう一匹は未来を語る予言者……いや予言鴉だと言う。

 そう聞くと先程まで平凡にしか感じられなかったカラスさんが、急に貫禄があるように見えてくるから不思議だ。


 噂が本当だとすれば地味だなんて言ったのは大間違いだったかもしれない。

 過去と未来を知るカラスだなんて、神が持つべき二匹にすら思えるかっこよさだもの!

 神話にいそう!

 だからこそ神殿にいたのかな?

 いや、でも、神殿もどきのはずなんだけどな……コタツとかあるし。


「噂は噂なので真実かどうかはまだ分かりませんが……少なくともしゃべりはするようですね」

「しゃべるだけでも大概だがな。それで、噂によるとこのカラスがしゃべる言葉は過去の出来事ということか」

「ナンジャ・ガソージャガは大昔の呪文か何かでしょうか?」


 最初にカラスさんの言うオハヨウは分かりやすく挨拶だったけれど、その後に続く言葉は解読不能の不気味な何かである。

 正体不明とは最も恐ろしいもので、私は少し身震いする。

 これも過去の出来事だとすれば、一体過去に何が合ったと言うのか……!?


「あの、多分、なんじゃがとそうじゃがだと思います」

「なんじゃがとそうじゃがって……じゃがいもの種類?」

「えっと、ほら、ナタ学院長の語尾の……」

「ああっ! のじゃ言葉!」


 ナンジャ・ガソージャガは一見呪文に聞こえるけれど、これはただナナっさんの特徴的な話し方を一部切り取ったものらしい。

 そうなんじゃが!とかそーじゃが!?とかよく言ってるもんね。

 

 しかし紛らわしい!

 てっきり古の封印されし大魔法の呪文か、秘密の扉を開くための鍵となる言葉かと思った!


「単純に学院長の言葉を学習したカラスなんじゃないか?」

「はい、私もそう思います。噂は常に尾鰭はひれが付くものですから」

「ナンデジャー!」

「ぶふっ! ほ、本当にナナっさんが言ってるみたい!」


 過去視を全否定されたカラスのフギンが、タイミングよく言葉を発するもので私は面白くて吹き出してしまう。

 ナンデジャー!って言ってるナナっさんを想像するとちょっと面白すぎた。


 確かにこれはインコや九官鳥と同じで、人の物真似をするカラスさんなのかもしれない。

 インコは舌で、九官鳥は喉で真似するため実はちょっと違うのだけど。


 ナナっさんの言葉をよく発するということは、やはりナナっさんのペットなのかな?

 あるいは餌だけ与えていた野良カラスさん?

 飼いカラスさんがレアすぎて野良カラスさんという言葉の違和感がすごい。

 いちいちカラスさんに野良とかつけないからね。


「だが、過去を話すというのは間違っていないかもしれない。声真似は過去の出来事、それを言葉で発していると言える」

「なるほどー! では、噂は間違ってはいない?」

「詐欺スレスレだがな」

「うーん……いやさすがに詐欺だと私は思います」


 ジェーンのお言葉は最もで、確かにこれでは真実の噂とは言い難い。

 消化器を売りつけるために『消防署の方から来ました!』と言って本当に消防署方面から歩いてきた販売員と同じレベルの詐欺度を感じる。

 要するに嘘はついていないけれど、真意からは遠く離れてしまっているのだ。


「だが、噂の元となるものが存在している可能性は高くなった。少なくとも、火のないところの煙ではないらしい」

「つまり伝説の剣も鼻の長い妖精もそれっぽいものはあるということですか!?」

「そう言うことだな」


 お兄様は真顔でそう言うけれど、伝説の剣はまだしも鼻の長い妖精の元になるやつって何だろう……。

 天狗? やっぱり天狗なの?

 元々、天狗は流星が起源なのだけど、日本にその名が渡ってから最初の頃は木の精だったという話も聞いたことがあるし、可能性は高い気がする。

 でもこの西洋ファンタジーに天狗が現れたら違和感すごそうかな……ドラゴンVS天狗とかちょっとワクワクする響きだけど。

 

「なら、もしかするとこの噂も調べる価値ありかもです……『全てを洗い流す泉』」

「ものすごく洗濯に向いてそうな泉だね」

「あの、そういう物理的なものではなく! その泉に入ればかけられた魔法が消えていくらしいんです……」

「私に最も必要なものじゃん!?」


 自信なさげというか、申し訳なさそうな態度とは裏腹に、ジェーンはすごい噂を教えてくれる。

 魔法を消す泉!?

 そんな泉があるとすれば、みんな苦労することなく、『真実の魔法』問題が一発解決だ!

 まさに渡りに船で地獄に仏、闇夜の提灯で干天の慈雨、マイナージャンルに神絵師!


「ちょっと話がおいし過ぎるな。何か裏がありそうだ」

「はい、その、あります、裏が」

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